王城にて

 

 城内へ入った二人は、アーチの柱が特徴的な廊下を抜け、空を舞う竜の姿が描かれた扉の前についた。

 竜の間だ。

「ここが竜の間だ」

 カインがその扉を開けると、彼の存在に気づいた者たちの喜ぶ声が鳴り響いた。

 その声をよそに、一人の治癒師がカインたちのもとへやって来た。

「あぁ!カイン様!生きておられましたか!」

 涙を溜めて、カインの生還を喜ぶ治癒師。

「心配をかけた。感動の再会と言いたいところなんだが、彼女に負傷者を治してもらうためにここに来た」

「……彼女とは?」

 治癒師は、レイの存在に今気がついた、という反応だ。

「……この娘が、治せると?」

 治癒師は怪訝な顔をする。

 無理もない。何せ彼らは、王国屈指の治癒師として活躍する者たちだ。

 そんな彼らの前に、この状況を変えられるという、どこの者かも分からない人間が現れたのだから。

 それも若い娘だとなれば当然の反応だろう。

「ああ」

「正気ですか!我らよりこの娘が勝ると!」

 治癒師は、尊厳を踏みにじられたと言わんばかりに怒りを露わにした。

「そうだ。私の傷を治した彼女なら力になってくれる」

 カイン鋭い目つきで治癒師を見た。

「…っく。分かりました。カイン様を信じましょう」

 カインの目を見た治癒師はその圧に負け、自省する。

「(団長さんって相当な権力があるのね)」

 二人のやり取りを、はたで冷静に聞いているレイ。

「レイ殿、頼めるか」

 カインがレイに聞く。

「ええ。入らせてもらうわね」

 そう言い、レイは竜の間の真ん中へ足を進めた。


「(軽症者の方が多いわね、重傷者は後で個別に治した方が効率がいいわね)」

 レイは、状況を素早く把握する。そして、

「(ここにいる軽症者を一気に治すイメージで)―癒しの力ヒール

 彼女がそう唱えると、竜の間全体が負傷したカインを癒した時の同じ、優しい光に包まれた。


「……今ので軽症の人たちは治ったと思うのだけれど、重症の人はどれくらいいるの?」

 今の、広範囲に渡る癒しの力で治った軽症者たちは、治せたようだ。

「今の癒しの力は、なんだ……」

 カインと話していた治癒師がつぶやいた。

「彼女ならこの状況を変えられると言っただろう」

 戸惑いを隠せない治癒師に、カインはどこか得意げに言った。

「え、ええ。あれほどの数を一気に治すとは。相当の魔力の持ち主ですね」

「彼女の力はこれだけではない」

「と言いますと?」

「まぁ、見ていれば分かる」

 竜の間の入り口で二人は、会話を交わす。


「重症の人は順番に治していくから、居場所を教えて」

 レイはいたって冷静に事を進めていく。

「重症者はこちらにおります!」

「すまない!こっちもだ!」

 彼女の声に、竜の間のあちこちから声がかかる。

「(結構いるわね。)奥から順番に行くわ」

 助けを求める声に、きりが無いと感じたレイは、そう言って奥へ進む。

「治癒師様。こいつ、右腕を損傷して、そのせいで熱が下がらなくて……」

 重傷者の傍にいた騎士が状況を説明した。

「……ひどいわね」

「こいつを治せるのでしょうか」

 レイに声をかけた騎士は不安そうに聞いた。

「これくらいなら何とかなるわ。……久しぶりに使うわ」

 レイは、治癒魔法を使うために集中する。

「―生体蘇生リバイバル。―癒しの力ヒール

 彼女がそう唱えると、損傷していた騎士の右腕が優しい光に包まれると瞬く間に再生した。

 癒しの力のおかげで熱も下がったようだ。

「……っ!貴女は聖女様ですか?」

 聖女とは、この国において最高峰の癒し手の治癒師を指す言葉である。

「聖女?そんな訳ないじゃない。ただ治癒魔法を使っただけよ」

 レイは、当たり前のことをしただけなのに何を言っているのと言わんばかりに、不思議そうな顔をした。


「うっ……」

 たった今、治癒魔法をかけた騎士が、目を覚ました。

「おい!気が付いたか!」

「……っく、ここは……」

「痛むところはある?」

「いや。君は?」

 声をかけたレイの存在に気づき、問いかける騎士。

 今の状況がよく理解できていない様子だ。

 それもそうだ、たった今まで死の淵を彷徨っていたのだから。

「ならいいわ。私は別に名乗るほどじゃないから、気にしないで」

 レイは冷たく突き放す。

「お前を助けてくれた、治癒師だ」

 代わりに、隣にいた騎士が答えた。

「あぁ。俺は、生きて戻ってこれたのか……。ありがとう、助けてくれて」

 騎士は、死に際から戻ってこれたと嬉しさのあまりに、涙を流す。

「体力は回復できてないから、しばらく安静に」

 そう言ってレイは、次の重傷者の手当てに向かった。


「彼女は、女神だ……」

 ―そんなことを言われているとは知らずに。

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