夢の潰え

きょうじゅ

 ロマノフ朝ロシア帝国の崩壊は歴史に大きな余波をもたらした。これから語る短命なる一つの国家、即ち極東共和国(1920~1922年)の物語もまた、そのうねりの中に消えた小さな波濤である、と言うことができる。


 これより始められる物語の主人公はアレクサンドル・ミハイロヴィチ・クラスノシチョコフ、極東共和国の初代の指導者である。彼を理解する上で重要なキーワードは四つある。その全てが、20世紀と21世紀の人類史を理解する上で不可避のタームであるから、列記しておこう。


 彼はウクライナ出身である。彼はチェルノブイリで生まれた。彼はアメリカに亡命した。そして、彼はユダヤ人であった。


 極東共和国について、大抵の歴史記者は多くの項を割く必要を認めない。ロシア革命政権を打倒すべく日本がシベリア出兵を行ったが、レーニンの率いるボリシェビキ政府はこれに対抗するため、極東地域に傀儡政権を樹立、極東共和国として名目上の独立を与えた。日本がシベリアから兵を退くとともに極東共和国は存在意義を失い、再びソビエトに併合された。以上が主だった事実である。これでも多くを語っているくらいで、存在そのものを黙殺したところで極東通史を語るに足らないということはない。


 レーニンによって極東共和国の首班に任命されたクラスノシチョコフはしかし一年あまりで国内の支持を失い失脚、その後モスクワに呼ばれてソ連の経済政策を担当したが、スターリンのために粛清、銃殺されて生涯を終えている。


 ある人は言う。彼はただのレーニンに尻尾を振る、ボリシェビキの下っ端に過ぎなかったと。またある人は言う。彼は極東に合衆国を建てようとしたのだと。またある人は言う。彼は清廉であったが、またあまりにもナイーブであり過ぎて、政治家には向いていなかったのだと。いずれが真実であろうか。或いはそもそも、これらの中に真実はあるのだろうか。


 では、これより語っていこう。極東に儚く消えた共和国の物語を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る