19時限目 color
Dear my friend.
My heart won't stop pounding.What a wonderful day to hear your music.
*****
いつもなら溶けるように過ぎていく時間が、今日の今に関しては一呼吸、ひと瞬きをする時間でさえも驚くほどゆっくりに感じられる。心臓の鼓動を痛いほど感じて、なぜだか緊張して手足の指先が驚くほど冷たくなっている。
私のステージではないのに、何故か自分のことのように緊張してたまらない。
張り裂けてしまいそうな鼓動の胸を抱えていると、時計の針が始まりのときを刻む。
会場の座席はすべて埋まり、後ろの方には立っている人もいた。吉田の体調のこともあり開催決定は本当に数日前だったというのに、よく病院内でこれだけの人が集まったと思う。
ライブが開始時間となり、吉田とギターを手に持った秋元が現れる。少し緊張した面持ちのようであったが、堂々と現れる姿にどこか安心する。
2人は軽く自己紹介とライブ開催の経緯を話し、吉田のカツラで笑いまでとって会場をあたためた。堂々とした姿や変わらない物言いに、2人だからこそ作ることの出来る空気を感じずにはいられない。
会場をあたためた2人はその後、マイクとギターのチューニングをして準備を整える。
吉田と秋元は互いを見て、静かに頷く。
静まり返った会場の中に、秋元のギターが1音だけ響く。たった1音だけなのに、空を切り裂き凛とした音の波が私たちの元を駆け抜ける。
覚醒──とでもいうのだろうか、今まで聞いてきた秋元の音とは一線を画した音が今ここに響き渡った。吉田の病室で聞いた秋元の奏でた曲の録音でも、学校の選択Bの教室で聞いた音でもない。初めて聞く秋元のその音が私の中を駆け抜け、春一番が駆け抜けたような力強さと圧倒的な波を感じてしまった。
初めて聞いた秋元のその音はたった一音なのに身体中がざわめく様な衝撃だったが、不思議とこれが秋元の本来の音なのかと納得する自分もいた。
秋元は少し最初の1音の余韻を残してから、こちらの反応を伺いみながらギターを弾いて音を生み出す。軽快で転がり落ちるかのような早いリズムにも関わらず、どの音も鮮明で丁寧に奏でられ、その軽快で明るいリズムに会場が一瞬であたたまる。
どんなに早くても秋元の音は丁寧で、ひとつひとつが生きているかのように跳ねて、飛んで、転がって、そうして私たちの周りを彩るようだった。
この先どんな音を奏でてくれるのか、どんな音を聞かせてくれるのか、どんな世界を作り出してくれるのか──秋元のギターの音だけなのにワクワクが止まらない。
そんな胸が高まるなか、吉田が大きく息を一吸いし歌い出す。その声は秋元の音以上に凛としており、こちらに届いた瞬間に落雷を受けたかのような強く、痺れるような衝撃を受けた。その衝撃で思わず息をすることを忘れるほど、吉田の歌声は私の身体というかもっと深くの──いわゆる魂というものを揺さぶるほどのものだった。
よく伸び耳や身体にすんなり馴染むように入ってくる吉田の歌声は、普段耳にしていた吉田の声ではあるのに……なぜだかいつもと違った。耳馴染みのある声なのに、秋元のギターの音と合わさったそれは異様なほど私を惹き付け、二人の世界にあっという間に引きずり込まれた。
今まで、NIKKUをはじめとする北高の数あるバンドの音楽を沢山聞いてきて、生演奏や生歌も聞いてきた。みんな上手いな、すごいな、楽しいなとは思うことはあったが、それでも私はどこか俯瞰的にそれらを見ていた。ライブや音楽を楽しみながらも、何故だかそれに引き入れられることはなく、周りの観衆の反応や存在も当たり前のように感じたり見たりしていることばかりだった。
それなのに、秋元と吉田のバンド──colorだけは違った。周りの存在も、声も、反応も何もかもが気にならない──気にする暇もないほど、2人の作りあげた世界にどっぷり浸かる。
秋元のギターの音が奏でる旋律が変わるとページがめくられたかのように世界が変わり、吉田の声がその世界を丁寧に時に強く、そして優しく世界を彩っていく。秋元が音で世界を作り出し、吉田は言葉のひとつひとつを丁寧に歌い世界を彩る。
二人の織り成す世界で、世間の冷たさに胸が痛くなり、何気ない日常の温かさにホッとして、見知らぬ土地の惨状に唇をかみ締め、恋の切なさに少しキュンとしたり……。本当に目の前の場面が次々と変わり、そのひとつひとつの世界に没入していく。
音の、歌の織り成す世界でこんなに心が動かされることなどあるのだろうか。
二人がめくり、作り上げていく世界はどれも圧倒的でありながら優しく、そしてなにより
次々と見せられる世界に、どんどん私も魅せられていく。どうしてこの世界を、この音を、この声を私は知らなかったのだろう。
こんな世界、知らなかった頃になんてもう戻れない。
会場が沸き立っているのか静まり返っているのか、他の人がどんな反応でいるのかなど気にとめる暇もないほど本当に楽しくて、嬉しくて、ワクワクしてたまらない時間が過ぎる。
秋元も吉田も汗をかきながら、私たちを見て、自分たちをみて、この瞬間の時間を生きて奏でて歌う。どの曲でも二人は互いの様子を必ず要所要所で確認し、そして2人で世界をつくりあげている。
そういう姿を見て、妙に納得した。
秋元なくして吉田の歌声はないし、吉田なくして秋元の音もない。
二人はたぶん、そういう関係なんだろう。
秋元だからこそ吉田の声を活かすことができ、吉田だからこそ秋元の音を最大限に引き出すことが出来る。
二人は友達であり、たぶんそうそう出会うことのない相棒なのだろう。
そんな抜群な相性の二人が作り出す音の世界にも、終わりは訪れる。
あっさりと最後の曲を終え、2人のライブは終了してしまう。二人は終わりの挨拶をし、深々と頭を下げる。
自分がなにかした訳でもないのに、私は何故か不思議と心地よい疲労感と達成感をおぼえていた。そしてライブが終わり、名残惜しい気持ちもとても強くあった。でも、2人の圧巻のライブに呆然として立つことも出来ずに座ったまま、ただ深く息をすることしか出来なかった。
「アンコール!」
誰が始めたのか分からないその声は、あっという間に広がり会場中の熱気が一瞬でひとつになる。
「アンコール!」
あの音の世界を、ふたりが織り成すその世界をもう一度体感できるのなら……これ以上のことはいらない。
そう思え、気づけば自分でも知らないうちに立ち上がってほかの人たちと一緒に声を上げていた。
しばらくコールが続き、その熱気は覚めることは無かった。
終わりの挨拶をした二人は驚いたように私たちをしばらく見ていたが、その熱気と声に応えるかのようにお互いを見つめ頷き合う。
「みなさん、ありがとうございます。時間がほんまないんで1曲だけ」
吉田は少し困ったような、でもとても嬉しそうに笑ってそう私たちの期待に口を開く。会場中がその言葉に喜びの拍手を添える。
二人は拍手がおさまるのを少し待ち、そして互いに顔を見合せ頷く。
アンコールの熱気とはかけ離れた、とても穏やかな音が奏でられる。どこか切なく、暗さを感じられる音とリズムを奏でながら秋元は静かに吉田を見据える。その瞳はたぶん、この会場など一切見ていない。
吉田も吉田で秋元しか見ず、その穏やかなリズムにどこか切なく胸を掴まれるような歌声を響かす。この会場の熱気を一気に鎮めるような、穏やかで、何故かどこか言いようのない苦しみを表すかのような曲が流れる。
曲の歌詞を噛み締めるかのように、丁寧に、そして己の感情を重ね合わせて吐露するように吉田は歌う。その歌声は秋元に向けられ、その感情や言葉をぶつけているようだった。
秋元は丁寧に世界を作り出し、私たちの感情を掻き立てるかのような切なく、どこか悲しく、そして少し息苦しくなるような音を次々と生み出す。
この曲は二人の感情や思い出、そして今現在の思いそのものも映しているような気がする。
今までのライブの楽曲では秋元がたまに少しハモる場面があったくらいだったが、この曲では掛け合いの場面があった。それぞれの担当する歌詞を歌い、二人は常にお互いしか見ていない。
二人のその世界に、その感情に胸が鷲掴みにされるような苦しさを覚える。
ただの歌なのに、ただの曲なのに……どうしてこんなに苦しくなるのか。どうしてこんなに切なくなるのか。
自分の息の仕方さえ忘れてしまいそうになるほど、二人が今作り出す世界に引きずり込まれ、そのなんともいえない感情の渦に飲み込まれる。
悲しくて苦しい中、二人は掛け合いながら強く優しくお互いを見て歌い、その世界に暖かさを添える。その小さな希望のような感情をそっと抱きながら静かに曲は終わり、二人の作り出した世界は幕を閉じる。
アンコールを始めた頃の熱気はすっかりと冷め、深々と頭を下げる二人に私を含む観客は何も反応ができないほど、私たちはみんな自分の感情を抑えるのにいっぱいだった。
なんだろう、この感じ。
アンコール前の熱気はとてもワクワクしていた。けれど、今はさっきの曲を聴いて気分は落ち着き、感情はブルーに近い。
それなのにこれが不快だとも思わないし、この感情を捨て去りたいとも思えなかった。
言いようのない悲しみとか苦しみのような感情なのに、すごく自分の中で大切にしたいという気持ちになる。
気付けば私は2人を真っ直ぐと見つめ、拍手をしていた。このかけがえのない時間に、こんなに楽しくて仕方のないライブに、この掻き立てられた名も無きたくさんの感情に──あげればキリがないほど二人に贈りたい感謝はたくさんある。
拍手の波は一瞬で広まり、会場中から惜しみのない暖かい音が贈られる。アンコールの熱気とは違う、落ち着きいた暖かい空気は穏やかに優しく二人だけのバンドに注がれる。
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