22限目 痛み


 Dear my friend.

 Oh, why didn't I go see you? Why am I...




 *****



 あっという間に冬休みが明けた。

 冬休み中は咲希たちと年末のカウントダウンや初詣に行ったり、映画やショッピングを楽しんだりした。誘われる度に毎回遊びに行っていたら、遥香に「秋元と別れた」と事実無根のレッテルを貼られてしまった。


 元々付き合ってもないんだけど……。


 秋元の話題を出されても前と同じように「分からん」「知らん」と返事をしていたけれど、たぶん吉田のことで頭がいっぱいなところがあったからか返事が素っ気なかったのかもしれない。


 そんな態度を破局と捉えられてしまったようだった。



 冬休み明けのテストをこなし、通常授業が始まる。

 学校は良い。やることがあるし、人と関わることもそれなりにあるから吉田のことを考えずに済む。それが良いのか悪いのかは分からないけど、悶々とした気持ちから少し遠のくことが出来る。


 そうして3週間があっという間に過ぎる。吉田のことは少し考えることはあるけど、あまり考えないようにしていた。でも、いつまでもこうしている訳にはいかない。秋元と吉田に会いに行かなくては…と思うけど、やっぱりそのためには答えをちゃんと見つけないといけないわけで。


 悶々としながらも表面上の平和な日々を過ごすなか、それは突如として起きた。


 いつも通り終礼を終え、帰りの準備を整えていたところ1人の生徒がクラスに入ってきた。

 背が高く、茶髪のくせ毛の少し目立つ生徒──秋元がなんの前触れも無く私のクラスにやってきて、私の席の前に立っていた。


 学年でも目立つ秋元の登場にクラスが少しざわめく。見上げた秋元の表情はいつものような余裕はなく、何かを言いたげに切羽詰まったかのように見える。


「斎藤、来てくれ」


 呟くような言葉が耳に届いたと思った瞬間、秋元は私の腕を掴む。突然の事で驚きが隠せないが、いつもと違う様子に胸が大きくざわつく。自分のカバンを持ち、秋元につれられて教室を出る。


 後にした教室が少しざわめきたった気がしたが、今はそれどころでは無い。腕を掴む秋元の手の力が無意識なのか強く、口にしない思いを表しているようだった。


 下駄箱に着く前に秋元は私の腕をそっと離す。掴まれた腕にはまだ秋元の体温と力強さの名残を感じる。


 私たちはそのまま無言で靴を履き替え、当たり前のように隣を歩き、日常となっていた道のりを進む。

 この道を何度も秋元と歩んできたが、そこには会話の花が咲き、笑い声もあった。それなのに、今は全く別の道を歩んでいるかのように静かで暗い。


 どんな時でも冗談を言ったり、「日常」を過ごしていた秋元の今の表情と空気に、私は否が応でも覚悟をせざるを得なくなる。


 久しぶりに来た病院は変わらず無機質で、どこか暗い。こんなに色あせていただろうかと思うほど、病院の雰囲気も空気も重苦しい。秋元の後に続き病院に足を踏み入れ進んでいくが、それは私の知っている道順ではなかった。


 踏み入れたことの無い場所へ行くことは怖い。

 どこに向かっているのか、その先に足を踏み入れていいのか。


 嫌なドキドキを抱えながら私は友達の後に続く。



 そうしてたどり着いたのは、ICU──集中治療室だった。その場所の名前を見ただけで、今の現状はすぐに想像ができる。


 変わらず秋元は無言で進み、面会に必要な手続きを淡々とこなす。インターホンでのスタッフとのやりとり、必要な書類の記入など……あまりにも淡々とスムーズにするべきことをする。



 そうしてたどり着いた吉田のもと。



 秋元の態度やICUという場所から想像はできたし、ある程度の覚悟も固めていた。

 それでも……。



「吉田」



 たくさんの機械や薬に繋がれた姿を目の当たりにする。全く開くことの無い瞼、規則的に聞こえる機会の音、時にアラームも鳴り響く──なんとも異様な景色がそこにある。


「3日くらい前から急にこうなった」


 秋元と私は吉田が横たわる部屋の前の扉の前で吉田を見ている。


「肺炎やけど、抗がん剤のダメージもあるから……」


 呟くように現状を話す秋元の声がか細くて、初めて聞くその声に胸が締め付けられる。


 クリスマスのライブ後、体調の変化もなく吉田はいつも通りの予定で抗がん剤治療をしたらしい。そして免疫力などが一気に下がったタイミングで、肺炎を発症し全身状態が急変した。


 全身管理や治療のためICUに入ったのが3日ほど前だという。


「ほんまはここ、家族しか面会入ったらあかんねん。でも、おばちゃんらが俺と斎藤はさしたってくれって病院の人に許可くれてん」


 押し殺す声に、秋元の言葉に胸が押しつぶされそうになる。

 無機質に機械の音が響き渡り、吉田の瞼は開く気配がない。点滴だけではなく、口からも管が繋がれる様子は見ていて心苦しい。


「秋元くん、来てたん。斎藤さんも」


 病室の入口から1歩も入れずにいる私たちに、吉田のお母さんは声をかけてきた。


「友達が来てくれたんやから、はよ良うならなあかんな」


 少しやつれた様子の吉田のお母さんはそう言い笑う。吉田を取り巻く何もかもが緊迫し、私は何も言えずに吉田を見ることしか出来ない。



 少し前まで一緒に座って笑いあっていたはずの吉田が、今は目の前で必死に今この瞬間を生きていた。

 ライブであんなに楽しそうにしていた秋元と吉田がここにいるのに、今はもう苦しいだけの時間がここにあった。



 どうして私は1ヶ月ちかく、ここに──秋元と吉田の元に行かなかったのだろう。


 たった1ヶ月、それなのに目の前の景色がどうしてこんなにも違うのだろう。


 ごめん、吉田。

 私はもっと早く来なくちゃいけなかったし、自分の気持ちがどうとかを差し置いて行かなくちゃいけなかった。

 謝ったところでどうにもならないけど、ごめん。


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