14限目 帰り道
Dear my friend.
I didn't talk much with you. But that time on the way home was our conversation.
*****
秋元と共に吉田の病室へと通うなか、季節はすすんでいく。最初は朝晩だけが涼しく、昼間は強い日差しだった気候も気づけば昼間も爽やかで過ごしやすくなっている。放課後に吉田の病室へ行き、暮れるのが早くなる太陽を感じながら私と秋元はいつも帰り道は歩いていた。夕方になると肌寒くなるが、それでも私達はずっと歩き続ける。
初めて吉田のお見舞へと行ったあの日から、私と秋元はずっと同じ経路を同じ速度で歩いている。病院から私の家までの帰り道を送ってくれるのだが、その間に私達の間に会話は一切ない。信号で立ち止まるのも、どこかで右や左に曲がるのも、そういうことにさえ私達はお互いに声をかけずに、お互いの行動に注意しながら相手に合わせて行う。
学校や病室では明るく笑い、常に人が周りにいるような秋元からは想像もできない静かさだった。けれど、そんな秋元に私はなにも言うことはなかったし、秋元から話しかけてくることもなかった。
学校でも、病院に行く前のバスでも私達が二人きりのときはいくらでもあるが、そういうときにも私達は適当な雑談や冗談を言い合って笑い合っている。
それなのに病院からの帰り道だけは違った。
淡々と静かに歩くけれど、不思議と私はその沈黙が心地よかった。秋元と吉田と過ごす時間は楽しくて楽しくて仕方がないが、それでも暗い影を感じて考えてしまうこともそれなりにある。
そういうわだかまりを静かに消化していくような、受け入れていくような沈黙の時間が少し好きだった。一人きりだと考え込んでしまうようなことも、隣に秋元がいることや、街中の雑踏や車の往来音、人とのすれ違い、吹いている風を感じたりすることで気が紛れて良い意味でやかましくて心地が良いのかもしれない。
そうして秋元と私はいつも沈黙の帰り道を歩いていた。
吉田のお見舞へと行ったある日、いつものように黙ったまま歩く私と秋元がいた。吉田のお見舞へと行くようになり三週間ほど経っていた。お見舞いへ行くといっても、吉田の体調や検査結果によっては面会ができない時期もあり、実際に会うということは多くはなかった。でも、三人で過ごす時間がずっと前から続いていたのではないかと思えるほどの感覚があった。
もはや日常のようになった私達の帰り道は変わらないものだった。道路には家路を目指す車がヘッドライトで道を照らし、街路樹が変わらずたっている。少し冷たい風を感じながら隣の秋元の息遣いを感じる──何の変哲もない帰り道だった。
「斎藤」
暗くなりつつある街中を歩きながら、初めて隣で歩く秋元に名前を呼ばれた。聞き間違いかと思い秋元を見ると、秋元は変わらず私の方を見ることなく行先だけをまっすぐ見ている。だが、こちらを見ないだけで秋元は私の視線を感じながら更に口を開いた。
「俺な、今でもこれが夢やったらなって思うねん。悪い夢みたなって笑って
前を見据える秋元の瞳はあまりにも淡々としていて感情が読み取れない。私も再び視線を行先へと戻し、隣にいる友達の息遣いを感じる。
秋元の絞り出した言葉に私は何を返したら良いのだろうと考えるけれど、なにも言葉が出てこない。
「たぶん一番それ思ってるんはトシやねんけどな」
私よりもずっと吉田のことを友達のなかで一番近くでみていた秋元だからこそ、吉田の気持ちを汲み取り、吉田の前では明るくいるのかもしれない。
「俺、こんなんなるまで俺もトシも死ぬんは、ヨボヨボの爺ちゃんになってからやと思ってた。でも、そんなんいつとか分からんし、俺も斎藤もそれがもしかしたら明日とかかもしれんねんなって」
今まで帰り道で口を開くことのなかった秋元が、
「そのいつかが、ずっと先やったらええよな」
祈るように、つぶやくように秋元は言葉を口にする。
冷たくなった空気を吸うと季節の切ない匂いを感じ、先程までいた病院独特の匂いが異質であったということを自覚させてくる。
「秋元は強いな」
吐き出すように言葉を口にした友達に、私は率直な言葉を返す。
ずっと思っていた、秋元は強いと。大事な友達が病気になって入院して、それでもそばに居続けている。信じたくないことも、受け入れたくないこともありながら、今という現実を吉田とともに生きている。
私にはきっと同じように出来ない。きっと、逃げ出して、見て見ぬふりをしてしまう。どうすれば相手を傷つけないか、どうすれば自分が傷つかないか・・・そんなことばかりを考えてしまうだろう。
秋元は大変な現状の吉田をそばで見守り、冗談で笑わせ、共にバンド活動を続けている。当たり前の日常を当たり前のように送っている。たぶん、私の知らない吉田の苦しみも見てきているはずなのに、秋元は当初言っていた「大丈夫やと思ってる」を貫いている。
秋元は学校では友達にも囲まれ、傍から見ても充実した学校生活を送っている。だからこそ、放課後のあの病室の静かさが際立ちそうなのに秋元はどちらでも明るく笑っている。どちらでも何もないように、その時その時を当たり前に笑って過ごしている。
どうしたら秋元のように強くなれるのだろう──弱い私はいつしかそう思っていた。
私の言葉に秋元が驚いたようにこちらを見たのを感じたが、私は秋元の方を見ることができず変わらず行先を見据える。
私にとって秋元は頼りになるし、面白い人ではあるが、時折その強さが眩しすぎる。
秋元は私の言葉に何かを返すことはなく、私もそれ以上何かを言うことはなかった。私の言葉を最後に再び私達は沈黙に守られながら暗くなった街中を歩く。
先程までの秋元の言葉を何度も胸の中で反芻しながら家までの道を進んでいく。
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