11限目 再開
Dear my friend.
Hey, it's been a while. How have you been?
*****
秋元と選択Bの教室で会った翌日、授業はいつものように行われる。テスト範囲の課題が追加され、みんなの気分はどんどん下がっていく。さらに高校二年生の秋となるため、受験のこともチラついてくる。夏休み明けにあった模試を思い出し、さらに気分が落ち込む。
けれど、私は学校のテストや勉強、これからのことよりも今日このあとのことが妙に気になって仕方がない。秋元の音を聞いて秋元と話したそのときから、今まで忘れていた何かを思い出したかのように、どこか自分の中が活気づいているような気がする。
それにしても、吉田のことを口にしたり思い出したのも久しぶりだった。去年はもう毎週のように顔を突き合わせ、お互いに押し付けられた放送委員に愚痴をいいながら仕事をしていたのに。機械類にめっきり弱い私とは違い、放送室にある機械について一度説明を聞いただけで飲み込み操作類はすべてやってくれていた。放送の合間にお菓子を食べたり、課題をしたり、テスト勉強をしたり、どうでもいい雑談をしたり・・・本当に懐かしい。
放課後のことを考えると緊張もするし、少しワクワクもする。授業に当てられたことも、体育で陸上の計測があったことも、そういうことが気にならないほど心が浮足立っている。
でも、なんで急に誘われたのだろう?
吉田の話も出ていたし、みんなでどこか行くのだろうか?
よく分からないまま、やがて時間は過ぎていき放課後になる。咲希には今日は先約があることを伝えており、咲希もちょうど辻本と予定があり課後デートらしい。遥香はテスト前最後の部活へ、早織は物理の補習へと、それぞれが自分の予定に向かって解散する。
カバンを持って靴箱で靴を履き替え、正門へと向かうとすでに秋元がいた。昨日は椅子に座ったままだったから分かりにくかったが、立っていると背の高さを感じる。
秋元は黒いギターケースを背負っており、背の高い秋元がさらに目立つ。しかし軽音バンドの溢れている北高においてギターケースは物珍しいものではない。
「はやない?」
ホームルームが終わって割りとすぐに来たのに秋元はそれよりも早い。授業時間やホームルームなどは基本的に同じなので、同着くらいになるかと思っていた。
「女子は待たせたらあかんやろ」
にやっと笑ってそう言う秋元に私も思わず笑ってしまう。
「秋元、絶対そういうタイプちゃうやん」
昨日の最後、重苦しい空気となったため少し秋元への接し方に迷っていたところがあった。触れてはいけないなにかがあるのかもしれないと。
「俺のこと分かってへんなー、斎藤」
飄々と笑いながら秋元が歩き出し、私はついていく。
歩きながら秋元は自分と吉田とのことを話す。実は秋元と吉田は二人でバンドを組んでいること、私が遭遇していなかっただけで選択Bの教室で一年生のころから練習していることを知った。練習日時は秋元のきまぐれなので、私がそこに遭遇したのは紛れもなく偶然だったという。
「斎藤、文化祭のステージ最前線で見てたやろ」
秋元と私は学校の近くにあるバス停へとやってきていた。私がいつも使っているのとは違う路線のバス停であり、こちらを使ったことはなかった。バス通学の生徒の多くは私と同じほうを使っており、今いるところに北高生徒は私達しかいない。
「秋元も見てたん?」
「俺は教室から見てた、びっくりしたわ。えらいええとこにおるやんって」
どこか懐かしそうに文化祭のことを思い出しながら語る秋元の横顔が少し切ないように見えるのは、夕日によるものなのだろうか。
他愛のない話をしながら秋元のことを知っていっていると、バスが到着する。秋元に続きバスに乗り込み、空いている席に座る。
乗ったことのない路線のため少しワクワクするが、秋元の表情から余裕が消えているのに気付く。
「秋元」
名前を呼びながらも、その先の言葉を言って良いのだろうかとためらってしまう。踏み込んではいけないような、でもきっと秋元は私の踏み込むべきか悩んでいることを口にしようとしている。
重苦しい空気を抱えたままバスは揺れながら進んでいく。他に乗客は離れたところに座っているおばあさんくらいで、人がほとんど乗っていない。
「斎藤」
名前を呼ばれ秋元の方をみると、秋元はまっすぐ前を見据えたままだった。こちらを見ることなく遠くを見つめたままの秋元は真剣な表情で、思わずその空気に息が詰まる。私が返事をするよりも前に秋元は次の言葉を続ける。
「トシ、入院してんねん」
こちらを一切見ることなく冷たく現実を見るような瞳で、秋元は前を見続けている。けれどその声は少し震えており、ことあるごとに飄々とした態度をしていた姿を見てきただけに秋元の感情を声色に感じ取れてしまう。
バスが大きく揺れ、とっさに手すりを掴みながら秋元の言葉に耳を疑う。
「え・・・?」
突然の秋元の言葉に私はそう言葉を発すので精一杯だった。何から聞けばいいのか、何を言えば良いのか分からない。
秋元のことはほとんど知らないが、吉田が骨折で入院しているみたいな状態だったらもっと冗談めかして言うような気がする。
「1年終わりから入院してんねん。このバスは学校から病院まで行くんにちょうどええんや」
一瞬たりとも秋元は私の方を見ることはせず、淡々と言葉を口にする。バスの行き先掲示には、確かに市民病院も表示されている。
「吉田、大丈夫なん?」
思わずそう聞いてしまうが、大丈夫ではないから入院しているのだろうと聞いてから後悔する。けれど、思わぬことに何が何やら分からなくなる。一年生の終わりから・・・?ということは、まだ一緒に委員会活動をしていたころにはすでに入院しなければならない状態だったのだろうか。
小刻みに揺れるバスに身を委ねながらも、私はその外を見ることも出来ず友達の横顔を見るしか無かった。
「大丈夫やって俺らは思ってるけどな」
表情を変えることなく秋元の言葉を聞くことしかできず、何も言えなくなる。
「トシ、白血病やねん」
何も言えない私に秋元は淡々とそう告げる。秋元の目は冷たく、その声は少し震えながらも凛としている。どんな気持ちで、どんな思いで今ここにいて口を開いているのか──私の想像なんかでは推し量ることのできない覚悟や思いがあるのかもしれないとしか言えない。
「・・・」
突然の同級生の予想だにしない言葉の数々に何を口にするべきなのか、どう反応を示すのが良いのか完全に分からなくなる。ただ、呆然と秋元を見るしかない。
「悪いな、斎藤。ほんまは昨日、選択教室でお前に
淡々と語る秋元は心や感情を押し込めるように冷たく言葉を口にしていく。色んな感情も、気持ちも、何もかもを押し込めるその
「でも、
そう言い、秋元はこちらを見て表情を少し崩す。あの冷たく感情を強く押し殺した表情から、少し私の知っている秋元へと変わる。
「せこいやろ、俺」
少し力無く笑う秋元に私は静かに首を横に振るしかなかった。今自分がどんな表情をして、どんな目で秋元を見ているのかも分からない。
何を言えばいいのか迷う私とは反対に、秋元はさらに言葉を重ねる。秋元とは机越しにメッセージを綴りあい言葉を重ねてきたが、こうして面と向かって話すことはなかった。
「トシ、斎藤との放送委員は楽しかったみたいやで。今でもたまに放送委員のときの話してんねん。せやから、ちょっと
真っ直ぐとこちらを見つめる秋元の瞳は強く、そして不思議と暖かい。秋元が何を見て、何を感じてきたのかは分からないが背負っている何かを瞳の強さから感じ取ることが出来る。
「うん、ええよ」
吉田のことには驚いたし、たぶん今も何も気の利いたことは言えない。何にどこまで踏み込んでいいのかも分からないし、私が何かをできるのかも分からない。分からないことだらけだが、それでも私は吉田に会いたいと思った。
吉田が楽しかったのと同じように、私もあの日々は楽しかった。思い出しただけでも、あの日々が色鮮やかに思い浮かび、あの時の感情が沸き立つ。
バスの揺れに身を任せ、私たちはそれ以上言葉を交わすことはなかった。隣同士に座り静かにお互いの存在を感じながら、私たちは言葉を交わすことなく目的地に着くのを待つ。
やがて、バスは目的地の市民病院へとたどり着く。今まで市民病院に来る機会は全くなかったし、今日もここへ来るなんて思いもしていなかった。病院の建物が威風堂々とそこにあり、その大きさに少し圧倒される。夕方のため人の数は少ないように見えるが、それでも患者や家族と思われる人の影は多い。
緊張しながら秋元について病院の中に入る。受付で面会用紙なるもの記入し、面会証をつけて私たちは先へと進む。普段の日常には無い病院特有の空気感と匂いに、少し気が引ける。
目的の病棟にたどり着くと秋元離れた様子でナースステーションに声をかける。馴染みなのか、顔を見ただけでスタッフが秋元に笑顔で話しかけてる。
「秋元くん、こんにちは。今日はお連れさんおるやん」
「こんにちは。同級生の斎藤です、トシの調子はどうですか?」
「大丈夫やで、でも長居はちょっとやめといたほうがええかもね」
「わかりました。斎藤、こっち」
秋元は慣れた様子で病棟を進み出し、私は会釈して秋元についていく。病院独特の消毒液や何かの匂いに、気分は少し悪くなる。気持ち悪いとかではなく、そういう匂いや空気が否が応でもここが病院で、私の普段の生活とは違う場所なのだと意識せざるを得なくなる。
廊下を歩けば白衣の看護師たちが忙しげに行き交い、甲高いアラーム音やナースコールが耳に入ってくる。すれ違う患者のなかには点滴棒を押して歩いている人もいており、私の「いつも」では見ることのない景色ばかりが広がる。これが吉田と秋元がみてきている「いつも」の一部なのだろうか。
廊下を進み、ひとつの病室の前で秋元は立ち止まる。そこには「吉田 俊明様」と見慣れた名前が病室内に掲示されており、そこにあの吉田がいるのだと現実がつきつけてくるかのようだった。
「あ、これ」
はっと秋元は何かを思い出し、カバンの中から個包装されたマスクを手渡してくる。
「今は面会も出来て大丈夫みたいやけど、風邪とかうつしたらあかんからな」
秋元は慣れた手付きで自分用のマスクも取り出し、開封して装着する。そしてドアをノックし、病室の入口に設置されているアルコール消毒で手の消毒をして中に入る。私も見様見真似でマスクと手の消毒をし、心の準備なんてものができないままついて行くしかなかった。
「トシ、元気かー?」
いつもの秋元の声と口調が病室内に響き渡る。
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