11-2

 フォシアは半ば呆れ、少し反発を覚えた。自分が応じると確信していたのだろうか。

 ――けれどなぜか恐怖や不快感はなかった。


 用意のいいことに、外には既に馬車が止められていた。

 フォシアはグレイの手を借りて馬車に乗った。向かい合わせで座る形になったが、馬車が動き始めても会話らしい会話はない。


 居心地の悪さにフォシアが身動ぎし、軽率についてきてしまったことを少し後悔すると、やがて馬車は止まった。


「ここは……?」

「見て頂いたほうが早いですよ」


 思わず問うたフォシアに、グレイは皮肉でもなく淡々と答えた。

 馬車を降り、手を伸べてくる。フォシアはためらいがちにその手を借りて降り立った。


 思わず周囲を見回すと、賑やかな住宅通りから少し離れた土地にあるのか、喧噪はなく、広い邸をぐるりと白い柵が囲み、よく手入れされた色とりどりの花壇と庭園が見えた。何者かの邸宅であるらしかった。


「私の別荘です。つまらない場所ですが、息抜きぐらいにはなります」


 敷地内を進みながらグレイが言い、フォシアは虚を衝かれた。

 ――グレイの別荘。

 そこに招かれたことの意味を考える前に、グレイは広い前庭を少し横に逸れた。花のアーチや噴水の中に、白い四阿あずまやが見える。


 四阿にはテーブルと椅子があり、フォシアはそこへ座るよう促された。

 促されるままに腰を下ろすと、向かい側にグレイも座った。どこからともなく現れた執事が、茶器と茶菓子を静かに置いて下がる。

 あとには二人だけが取り残される。


 フォシアはふいに、自分がグレイという異性と二人きりで、しかもその異性の邸の内に飛び込んでしまっていることに気づいた。

 そうするととたんに落ち着かなくなり、居心地なく視線をさまよわせる。グレイはいったいどういうつもりで――。


「庭を見てください」


 フォシアをこんな状況に放り込んだ当人が、そんなことを言った。

 フォシアは数度、目を瞬かせる。――私を見て、と言われたことはあるが、などと言われたことはない。

 ためらいながらも、素直に周りを見回した。


 蝶がひらひらと優雅に視界を横切っていく。

 四阿を色とりどりの花が囲み、鮮やかな色彩の絨毯をつくりだしている。だがそこには統一感が感じられた。

 方角ごとに色でわけられているのだ、とフォシアは遅れて気づいた。北は黄色、東は橙色、西は緋色、南は紫というように。


 色でわけられながらも決して厳格なわけではなく、同じ色でも濃淡が違い、花の形も違う。それが不思議なモザイク模様になっていた。


 見事な統一感を持ち、それでいながら主張しすぎることのない花園は、フォシアに不思議な印象をもたらした。

 美しさに目を引かれるが、決して見せびらかす意図を感じない。

 言うなれば――丁寧に手入れされた、という表現になるだろうか。


「……綺麗です。なんだか、とても……安らぎを感じます」


 フォシアは素直な感想を述べた。


「……それはよかった。少しでも息抜きにならなければ、私はあなたを強引に自分の邸に連れ込んだ不埒者になってしまう」


 グレイの声に、ほんのわずかに安堵がまじったように聞こえた。

 フォシアは驚いて前に顔を戻す。だがグレイはカップを傾け、フォシアと目を合わせない。


(……息抜きのために、わざわざ私をここへ?)


 フォシアは驚いた。


 目を合わせないまま、グレイは続けた。


「他に適切な場所が思い浮かびませんでした。私も、騒がしい場所はあまり得意ではないので」


 ぱちぱち、とフォシアは長い睫毛で瞬く。どうぞ、と茶をすすめられ、フォシアはとりあえずカップを持った。茶は豊かな香りがして、上質な葉のものとわかったが、それを味わう余裕はなかった。


 しんとした沈黙が落ちる。


 フォシアはますますグレイの意図をはかりかねた。

 ――口下手なヴィートを除けば、フォシアと相対した異性はほとんどが饒舌で、その内容も外見への賞賛であったり、こちらの興味を惹こうと種々の話題をまくしたてる者が多かった。


 フォシア自身、それに慣れてしまったのもあり、自分から何か話題を振るということができない。

 気詰まりに感じていると、グレイがかすかに息を吸う音がした。

 それから、


「――あなたに、謝罪したいのです」


 短く、そう言った。

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