第18話 召喚
ファーランド帝国 西部地域
ここを支配しているのは、帝国でも指折りの 大貴族、ビスマルク大公である。彼はユウジに殺された皇帝の弟である。
彼は以前はユウジが反乱を起こして帝国をのっとった後も、頑強に抵抗を続けていた。
「メアリーよ。まだ真の勇者は召喚できぬのか?」
「ごめんなさい。お父様。私も頑張って、なんとか異世界の扉をあける魔法は身につけたけど、勇者を探し出す魔法がうまくいかないの」」
そうういってため息をつくのは、銀髪のツインテールお姫様である。彼女はメルの従妹で、彼女に良く似ていた。
「うむ。情けない話じゃが、いまや魔王以上の脅威となった奴を倒すには、新しい勇者を呼ぶしかないのじゃ。もちろん、同じ轍を踏まないように。新しい勇者には礼を尽くそう。メアリー、場合によっては、お前を犠牲にしなければならぬかもしれぬ」
「うん。覚悟しているよお父様。たとえどんなブサイクな人がきても、きっと仲良くなってみせる。帝国の為だもん」
メアリーの顔には覚悟が浮かんでいた。
しかし、自室に戻ったメアリーは深いため息をつく。
「……新しい勇者の召喚かぁ。私にできるんだろうか?メルお姉さまみたいな天才じゃないし。間違って変なおじさんとかきたら」
脂ぎった太ったおじさんに嫁がないといけなくなる状況を想像して、メアリーの体に鳥肌が立つ。
「考えてもしょうがないよね。こうなったら覚悟決めるか。どうかカッコいい王子様が召喚されますように」
メアリーは星に祈ると、ベッドにもぐりこんだ。
気がつけば、メアリーは豪華な城の一室にいた。
「あれ?ここはファーランド城?なんでこんな所にいるんだろう」
以前、帝国が健在だったころ、メアリーは何度もこの城に来たことがあった。
しかし、大勢いるはずの家臣や使用人の姿が見当たらない。
「これは夢なのかな?それにしてはやけにリアルだけど……」
「ふふ。夢といえば夢ですが、ただの夢ではありませんよ」
いきなり綺麗な声で話しかけられる。
振り向くと、ニコニコとした金髪の美少女が立っていた。
「メルお姉さま!」
「メアリー。久しぶりです。大きくなって……」
従姉妹同士は抱き合って再会を喜ぶのだった。
「ここはどこ?お姉さまに会えるなんて、夢なのかな?」
「ま、まあ夢といえば夢ですけど。あなたの心をこの場所に呼び寄せたのです。勇者召喚魔法を教えるために」
その言葉と同時にメルの頭から光の触手が出て、メアリーの頭に接続された。
脳の中に勇者召喚魔法の『呪文(プログラム)が書き込まれていく。
「メアリー。私たちを呼べるのはあなただけ。アスティア世界を救える真の勇者は必ず現れます。がんばってください」
「うん。お姉さま。私がんばるよ!」
メアリーはにっこりと笑ってメルに抱きつく。彼女の意識は再び薄れていった。
「はっ……夢?じゃない?」
目が覚めたメアリーは、今までわからなかった勇者召喚魔法を完璧な形で理解していることに気づく。
「わかったよお姉さま。私は真の勇者を召喚してみせる」
こうしてメアリーは準備にかかるのだった。
新ファーランド王国
二人の少年がにらみ合っている。
「ファイヤーエクスプロージョン!」
一方の少年が巨大な炎の玉を発射すると、もう一方も同じような炎の玉を打ち返す。
二つの火の玉は中央でぶつかるが、最初に放った少年の玉のほうが強く、あっという間にもう一人の少年は炎に包まれた。
「な、なら氷の魔法だ!ダークエクスキューション!」
炎に包まれた少年が闇の氷魔法を打つが、すぐに同じ魔法で相殺されてしまう。
「くそっ!極大混合魔法オールクリア!」
すべてを消滅させる魔法を放つが、相手の少年に軽くあしらわれた。
「『魔法反射(リフレク)』
簡単に反射され、魔法を放ったほうが消滅しそうになる。
「ま。待て、タンマ!とまれ。コピーユウジ停止!」
劣勢になっていた少年が叫ぶと同時に、世界のすべてが停止する。なにもかも動かなくなった中で、少年-トオルは力なくへたり込んだ。
「……やっぱり付け焼刃じゃだめだなぁ。同じ魔法でも相手の方が威力が強いし、戦い方も慣れている」
トオルが戦っているのは、夢を通じて盗んだ個人データから作り出されたユウジのコピーである。
彼の魔法を盗み取って互角の力を身につけたつもりだったが、魔王を倒したレベルマックス勇者のユウジとレベル1勇者のトオルだと勝負にならなかった。
「まあ、仕方ない。弱い俺でもあいつに勝てる方法を考えよう」
こうしてトオルは電脳世界でシュミレーションを繰り返す。何千回もの試行錯誤の末に、やっとユウジを倒す方法を編み出すのだった。
数日後
部屋でくつろいでいたトオルの周囲が、いきなり黒い闇に包まれた。
「いよいよだな……」
「ええ。ファーランド帝国を取り戻す戦いが始まります」
トオルの胸ポケットに入れてあるスマホから声がする。この日のためにできる限りの準備を整えていた。
もって行くスマホの中には戦いに有利になるようなデータを入れてあるし、手動式充電器や各種サバイバルグッズも準備してある。
さらにユウジを確実に倒せる作戦も用意していた。
「あいつに勝てるかな。シミュレーションだとうまくいったんだけど」
「大丈夫です。私の勇者様ならきっと世界を救ってくれます」
スマホから聞こえてくるメルの声がトオルに勇気を与えてくれる。
彼の姿はそのまま黒い穴に吸い込まれていった。
「真の勇者様。ようこそおいで下さいました……ってあれ?きゃぁぁぁぁ!」
穴から出ると同時に、目の前にいたメルにそっくりな銀髪ツインテール美少女が叫び声をあげた。
「じ、邪悪勇者ユウジが来るなんて!どうして?どこで間違ったの?」
トオルは混乱する少女を慰めようとした。
「落ち着いて。俺は奴と違……」
「邪悪勇者ユウジ!覚悟せよ!」
玉座に座った男が焦って周りを固める騎士に命令する。
騎士たちはハッとなると、全方位からトオルに襲い掛かっていった。
「まずい。『絶対防御』!」
トオルはユウジから学び取った防御魔法を展開する。騎士たちの槍はトオルの体に突き刺さらず、跳ね返された。
「やはり邪悪勇者!おのれ!勇者召喚を利用して我らの中に入り込んだのか!」
玉座の男が絶望の声を上げる。銀髪の美少女はトオルの前で、恐怖のあまりへたりこんでいた。
「だ、大丈夫?」
思わず手をさしのべるが、少女はますます怯えてしまう。
誰もが動きを止める中、少年が持つ薄い板から声が響きたった。
「皆様、落ち着いてください。この方は勇者ユウジではありません。彼を倒すためにアスティア世界に現れた、もう一人の勇者、トオル様なのです」
その言葉とともに、薄い板に金髪の美少女が浮かび上がる。
「……メルお姉さま?」
それを見た銀髪の少女は、驚きのあまり言葉を失うのだった。
「いや、勇者トオル様、勘違いして申し訳ありませぬ。私はファーランド帝国公爵、ビスマルクと申します」
ひげを生やした王様みたいな男が、深く頭を下げる。
しかし、その隣にいた銀髪ツインテール美少女は、ぷいっと顔を背けた。
「信じられない。あいつの兄だなんて。嘘ついているんじゃないの?」
そんな彼女にむかって、スマホの中にいるメルは優しくたしなめる。
「メアリー。失礼ですよ。トオル様は世界を救うために、わざわざ安全な現実世界から来てくれたのですから」
尊敬する従姉妹に叱られ、メアリーも矛を収めた。
「わかった。でも私はこんな人に嫁ぐのは嫌だからね。脂ぎって太った不細工なおじさんのほうがまし!」
そういって牽制してくる。
「嫁ぐって何のこと?」
意味がわからずトオルが首をかしげると、メアリーは思い切り嫌そうな顔をした。
「どうせあいつと同じで、勇者を倒してやるから女をよこせって言うんでしょ。それなら可愛くて高貴な姫である私を真っ先に要求するはずだよね!嫌らしい。私はあんたなんか嫌いなんだからね!」
「自意識過剰だな」
トオルは喚くメアリーをばっさり切り捨てる。
「なんですって!」
「残念だけど俺は三次元の女に興味ないから。女は二次元に限るよ」
トオルがスマホの中のメルに視線を向けると、彼女はポッと顔を赤らめた。
「あ、ありがとうございます。トオル様……」
「ムキー!メル姉さまに嫌らしい目を向けるな!」
怒るメアリーと、彼女に関心なそうなトオル。
二人を見て、ビスマルク大公はほっとしたような残念だったような思いを感じていた。
(ううむ……娘を要求されなかったことは親としては嬉しいが、ではどうやって彼を懐柔すればいいだろうか)
そう思った大公は、話を持ちかけてみた。
「では、勇者ユウジを倒した暁には、国中の美女を集めたハーレムを……」
「興味ない」
トオルは首を振る。
「では、広い領土を……」
「そんなものもらっても意味はない。俺はユウジを倒したら、さっさと元の世界に戻るつもりだから」
軽くあしらわれ、大公は困ってしまう。
「では、金銀財宝では?」
「……そんなものもらっても、金に換える手間がかかるだけだしなぁ。いらないよ」
今のトオルは電脳世界を通じていくらでも金を稼ぐことができる。金銀財宝など必要なかった。
「……では、何が望みなのでしょうか?」
ビスマルク大公の眉間の皺はますます深くなっていく。ただで働いてくれる都合のいい勇者など存在しないことは、ユウジの件で痛いほどわかっている。同じ轍を踏まないためにも、なんとかして先に報酬を決めておきたかった。
「望み……か。ユウジを倒すことはただの復讐だし、欲しい物といわれてもな……」
困るトオルに、スマホの中のメルが助け舟を出す。
「では、魔石ではどうでしょうか?」
「何それ?」
トオルの疑問にメルは答える。
「魔力を蓄積できる石です。それを身に着けていれば、空中に魔力が存在しない現実世界でも魔法が使えるようになれるかもしれません」
「それはいいな。じゃあ報酬は魔石ということで」
トオルの返事にビスマルクとメアリーはほっとする。魔石はアスティアではありふれた物質で、いくら渡しても惜しくはなかった。
「では、トオル様が邪勇者ユウジと戦っていただけるということで……」
「ちょっと待った。俺はあくまで協力するだけだ。あいつと戦うつもりはないぞ。残念だけど俺の力は弱い。まともに戦ったら負けるだろう」
そういわれてビスマルクは慌てる。新たな勇者に任せておけば、どうにかなると思っていたのである。
「そ、それではどうすれば……?」
「あくまで戦うのは君たちアスティアの人間だ。そうじゃないと意味がないだろ」
トオルが意地悪そうに言うと、メアリーが激昂する。
「それができれば最初からやっているよ!私たちじゃどうにもならないから、君を頼っているんだよ!」
「こらっ!メアリー!」
メルに叱られて、メアリーは不満そうに口を尖らせる。
「だってお姉さま……」
「トオル様はちゃんと作戦を考えてくださっています。勇者に頼らず、全力を尽くしましょう」
メルはそういうと、トオルの考えた作戦を話す。
それを聞いた公国軍の間に動揺が広がっていった。
「しかし……それは、かなりの犠牲を払うリスクを伴うかもしれん」
渋るビスマルクに、メルは活をいれる。
「叔父様!トオル様に頼りすぎてはいけません。この世界のことは私たち住人で解決しなければ、いつまでも同じことが繰り返されるでしょう」
メルの言葉に、ビスマルクとメアリーたちも覚悟を決める。
「仕方ない。勇者とは我々が戦おう」
こうしてユウジ討伐作戦が開始された。
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