第8話 真田美穂と聖清さやか

「くそっ!くそっ!」

病院で、武と望は親子仲良く並んでベッドに横になっている。望のほうは軽症だったが、武は崖下に落下した時に車から投げ出され、顔面から木に激突して重体だった。

「あの小僧、妙なことしやがって!退院したら絶対に殺してやる!」

そう息巻く望だったが、医者から警察が来ていると告げられる。

「刑事さん!あの餓鬼を逮捕してくださいよ!あいつが何か自動車に細工をして、事故を起こしたんだ!」

望はそう訴えるが、刑事は冷たかった。

「お前は事故の現場検証のときもそういったな。一応調べたが、自動車にはお前が自分でした改造以外何の異常もなかった。その神埼徹という男性はただタクシーに乗っていただけだ。証拠も運転手の証言もある」

刑事は顔色も変えずに言い放ち、さらに別な書類を見せた。

「警察に情報提供があり、お前の自宅パソコンを調べた所、違法サイトの運営、クレジットカード情報の不正取得、現金引き出しの実行犯の元締めである証拠が見つかった。退院を待って逮捕することになる。観念するんだな。お前が上納していた山内組にまで捜査の手が及ぶだろう」

それを聞いて望は真っ青になる。警察に捕まるだけではなく、上部組織である組にまで迷惑をかけたら彼の人生は終わったも同然だった。

「ちくしょう!全部あの糞餓鬼がわるいんだ!武があんなやつにかかわらなければ!」

そういって悔しがるが、もはや彼にできることはなかった。

その後、望は逮捕され、今まで不正に貯めた財産もすべて被害者に差し押さえられる。保護者を失い一文無しで社会に放り出された武は、潰された顔を整形することもできず、一生笑いものにされ続ける人生を送るのだった。


弥勒学園でトオルの所属していたクラスの女子リーダー、真田美穂は、自分がやっていたトオルいじりの証拠動画を晒されたことが原因で彼氏に振られて以降、ずっと復讐を誓っていた。

とはいえ、強制的にトオルや自分の味方であるクラスメイトと会える「学校」という場はもはや無く、彼の居場所もわからない。仕方ないので、同じくトオルを弄っていたクラスの女子と陰口を叩きあうことで憂さ晴らしをしていた。

「ほんっと、神埼ってきもいよねーーーー」

「そうそう、空気をよめないというか、ちょっと弄られた程度てあんなことするなんてーあんな陰キャラだからみんなに嫌われるのよ」

お互いにトオルをこき下ろしあって、連帯感を強める。

「あいつってさ、卒業してもずっと孤独なんじゃない?」

「そうそう、友達なんてできないよ」

実際に孤独を感じているのは、彼氏に振られた美穂のほうだったが、彼の悪口を友達と言い合っている間だけはそれを忘れられた。

「一生童貞確定だよねー。ざまぁみろって感じ!」

「大学にもいけなかったみたいだしね。何年かしたら同窓会を開いて笑ってやろうよ」

そう言い合って余裕ぶっていたが、数日後最悪の知らせが来る。

「……弁護士が訴えるって?しかも大学の推薦入学も取り消し?」

自分に反撃が及んできたことで、美穂は今更ながら慌てだす。

慌てて友達に相談したが、数日前とは打って変わってつめたい反応だった。

「…もう電話してこないで」

トオルの悪口を言い合って仲間意識を高めていた友人は、そういって電話を切ろうとする。

「待ってよ!一緒に弁護士や大学に弁解してよ!私はいじめなんてしてないって!」

「……そんなことして、私になんのメリットがあるの?」

友人はいきなりそんなことを言ってきた。

「え?どういうこと?友達でしょ!」

「……たまたまクラスが一緒になったから、仲良くしていただけでしょ。あんたが神埼をいじめたせいで、こっちにまでとばっちりが来たのよ!」

友人の声には怒りが浮かんでいた。

「私はあんたたちと違って、がんばって勉強して一般入試で大学に合格したのに、弁護士から苛めの件を通報されちゃったの!神埼と示談できなかったら、入学取り消しだって!……ううっ」

とうとう彼女は泣き出した。

「苛めなんかするんじゃなかった!あんたの幼稚な苛めについつい同調してしまったせいで、私の努力がふいになりそうなのよ!これ以上関わらないで!」

元友人から電話を切られる。慌てて折り返しても、着信拒否されていた。

「ふ、ふん。何よ。あいつにびびっちゃって!情けない。いいわよ。友達なんていくらでもいるんだから!」

美穂は気を取り直して、別の友人に電話を掛けるが、すでに着信拒否されているのが半数で、もう半数も同じような反応だった。

「死ね!あんたのせいで迷惑しているのよ!」

「絶交だから!二度と電話してこないで!」

「しつこく電話してくるなんてきもいのよ!もう卒業したんだからあんたとは他人!」

そんな罵声を浴びせられて、美穂はますます孤立していく。

さらに、家族からも冷たくされはじめた。

「……近所の人にもアンタの苛め動画が送られてきたんだって。外を歩くたびにヒソヒソ噂されるのよ!」

「このまま悪い噂が広まり続けたら、商売を畳まなくてはいけなくなるかもしれない。とにかく一刻も早く示談をしなければ……くそっ!なんでつまらん苛めなんかしたんだ!お前のせいで!」

コンビニを経営している両親も、美穂のことを責め立ててくる。

しだいに彼女は部屋にひきこもるようになるのだった。


弁護士事務所

「本当に申し訳ありません!」

真田美穂の両親が土下座している。二人の隣で美穂はトオルを

暗い目で睨んでいた。

「お前も謝れ!」

無理やり押さえつけられ、床に頭を擦り付けられる。

しかし、美穂は無言でその屈辱に耐えていた。

「いくらご両親様から謝られてもね。肝心の美穂さんからの謝罪が無い以上許すことはできませんね」

トオルは冷たく突き放す。その様子は教室にいたころのオドオドとしたものとは違い、別人のように堂々としていた。

「美穂さんがみんなをけしかけて行った数々の誹謗中傷、恐喝行為。そのせいで私はまともな高校生活を送れませんでした。その損害をどう賠償されるおつもりですか?」

「おっしゃる通りです、娘の教育を間違えました。これは弁償金と慰謝料です。どうかお納めください」

両親は卑屈に頭を下げて封筒を差し出す。

しかし、それを見た美穂はぽつりとつぶやいた。

「なんだ。あんた金がほしいんだ。結局私たちと同じじゃん」

「なんだって?」

トオルから睨みつけられても、美穂は平然としていた。

「たしかに私はみんなと一緒にあんたをバカにしていたわよ。小遣いを巻き上げていたわよ。でも、あんたも同じことしているじゃん。変な動画を拡散したり、近所に噂をばら撒いたりして私をいじめているじゃん。しかも脅して金を巻き上げようとしているんでしょ。私とやってることは同じじゃん。何で謝らないといけないのよ。私が悪いことをしたっていうなら、あんたがやっていることはなんなのよ!」

自分のしたことを棚にあげてトオルを責め立る美穂に、両親は必死に黙らせようとしているが、その前にトオルが口を開いた。

「何を被害者ぶっているんだ?先にお前が俺を苛めてきたんだろ?それに俺がしているのは苛めじゃなくて反撃だ。勘違いするなバカ女」

「……」

トオルからそう諭されても、美穂は悔しそうに睨みつけている。

「……埒があきませんね。示談はなしということにしましょう」

「そんな!」

両親は悲鳴を上げるが、トオルは相手にしない。

「なっがーい裁判でもしようか。世の中舐めているお前に現実ってものを教えてやるよ」

「やれるものならやってみなさいよ!どうせ悪口とたかりくらいじゃたいした罪にもとわれないでしょ!私はあんたごときに負けたりしないんだから!」

美穂は憎しみをこめてトオルを睨みつけるのだった。


三人が帰った後、トオルは弁護士から諭される。

「示談したほうがいいですよ。どうせ裁判をしても悪口程度じゃ恐喝罪にならないし、せいぜい名誉毀損罪程度ですね」

「結果はどうでもいいです。罪を裁判記録に残すことが大切なんですよ。告訴してください。ちゃんと弁護料は払いますので」

「仕方ないですね……」

弁護士はしぶしぶ裁判を起こす。裁判では美穂側は争うことなくあっさり罪を認め、罰金50万を払った。

「ふん。この程度のこと、なんでもないわ!」

美穂は開き直るが、すぐにそれだけじゃ済まないことを思い知らされる。

美穂のいじめ動画を拡散されたことにより悪評が広まって、両親の経営するコンビニは倒産。逃げるように別の土地に引越ししても、すぐにそこでできた知り合いに動画や裁判の記録が配信され美穂の悪い噂が伝わる。

「あの子って、前科があるんだって。それで逃げてきたのよ」

近所のおばさんには、常にヒソヒソと噂される。

「キミってあの有名ないじめ事件の加害者なんだ。悪いけど辞めてもらうよ。ウチは客商売なんだ。変な人を働かせて悪い噂をひろめられたらこまるからね」

せっかく雇ってもらったバイトでも、すぐに首になる。

「なんなのよ!しつこいのよ!」

どんなに逃げ回っても昔の悪業がついて回る現実にうちのめされ、美穂は一歩も家からでられなくなるのだった。

数十年後、実家に引きこもったままの美穂は、親が死んだ後も家にこもり続け、やがて貧困の中で餓死することになる。そのころの彼女は学生時代の可愛い容姿とはまるで別人のようなやせ細った姿だった。


日本で生徒たちが次々と復讐されていたころ、元生徒会長の聖清さやかはアメリカの大学に留学していた。

「ハーイ。さやか。パーティにいかないか?」

「ジョージさん。大変失礼ですが、勉強がありますので」

軽薄そうなアメリカ人男性生徒の誘いを断り、一礼して去っていく。

その姿を彼らは欲望にまみれた目で見つめていた。

「オリエンタルビューティ……一回やってしまえば、俺たちの雌奴隷にできるな」

「ああ、東洋の女はちっこくてかわいいし、一度躾けたら従順な雌猿になるって聞くからな。隙を見て……」

さやかが去った後、彼らはそんなよからぬ相談をしていた。

さやかはそんな彼らの会話など知る由もなかったが、なかなかこの大学にはなじめなかった。

(急な留学で仕方なかったとはいえ、あまり環境のよい大学とはいえませんね。誰もが私をいやらしい目で見つめてきて。早く日本に帰りたい)

日本に帰りさえすれば、父親のコネでたいていの大学に進学できるし、後ろ盾も存在するので安心できる。

しかし、ここは遠く離れた海外の地である。知り合いなどもおらず、徒手空拳で一から人間関係を築いていかなければならない。お嬢さん育ちの彼女はこの大学の生徒が肌に合わなかった。

もっとも、それは大学のせいではない。あまり知られていないが、アメリカの大学は自由どころか生徒への締め付けが厳しく、勉強も日本では想像できないほど厳しい。そのストレスから、弱い者を苛めて鬱憤を晴らしたり、麻薬などに走る生徒もいる。そういう生徒にとっては、保護者が近くにいない日本人の女など垂涎ものの獲物だった。

ちゃんとした友人でもできれば環境も変わるのだが、女子、特に自分の金で進学する人間が多い二流三流のアメリカの大学の女子生徒は、自分の社会的地位をあげるため、上のランクの男性と出会うために必死に生きている。それぞれ自分の生活で精一杯だから留学生に親切にする余裕もない。

甘やかされてきた彼女にとっては、耐えられる環境ではなかった。

「……寂しいですわ。そうだ。お友達に電話しましょう」

孤独を感じている現在から逃避するように、生徒会長としてちやほやされていた過去にすがりつく。さやかは元生徒会メンバーに連絡を取ろうと国際電話をかけた。

「……あれ?なぜ誰も出てくれませんの?」

片っ端から電話するが、誰ともつながらない。

何人にも掛け続けた結果、ようやく会計をしていた男子生徒に電話がつながった。

「お久しぶりです。お元気でしたか?そちらでは今どうなっているのでしょうか?少しお話したいのですが……」

日本の状況を確認しようと話しかけるが、電話の相手は焦った様子だった。

「それどころじゃありません。今こっちでは大変なんです!神崎のやつが、遺書をのこして自殺しました」

「まあ!」

あやかは一瞬驚くが、すぐにこれで日本に帰れると笑みを浮かべる。

「そうですか。それはお可哀想ですね。では私も日本に戻って、葬儀に参加を……」

「そんなことをしたら大変なことになります!遺書には私たち生徒会メンバーから恐喝されていたと書かれていて、その証拠も弁護士に渡っています」

「えっ!」

それを聞いて不安になる。

「で、ですが、依頼人である神崎さんが死んだのだから、問題ないのでは?」

「彼の遺言を託された弁護士たちは、何かあっても告訴をつづけるといっています。会長が日本に帰れば、逮捕されるかも知れません」

「そんな!」

日本に帰れないとしって、さやかは絶望の声を上げる。

「……わかりました。もうしばらくここにいることにします」

さやかは真っ青な顔で電話を切ると、深くため息をついた。

「まったく。あの庶民はどこまで私たちに祟るのでしょうか。私を日本にいられなくして!」

死んだと聞かされたトオルに恨みをぶつける。

「でも、どこか会計さんの声とは違ったような……お父様に確認してもらいましょう」

スマホで父親に連絡を取ろうとしても、なぜか通じない。スマホだけではなくて固定電話でもである。

「仕方ありません。また明日確認しましょう」

さやかは布団を被ってふて寝する。

そんな彼女を、ひそかに監視していた存在が笑っていた。


「さて、恐怖の一夜を楽しんでもらおうかな?」

ネットを通じて彼女のスマホに潜みこみ、会計の男子生徒になりすまして自分の死を偽装したトオルは、さやかを追い詰めるための策を実行するのだった。

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