異世界転生したら死ぬ直前!? ~お淑やかさゼロのトンデモ聖女に心臓を分け与えられて超絶強化! 常識外れの相棒と最強デュオで成り上がります~

阿澄飛鳥

1章

①ハートブレイク・トゥ・ハートブレイク

 人間の体は本当に脆い。


 奇跡的に隕石が頭に当たれば死ぬし、偶然トラックに轢かれても死ぬ。まぁつまり運さえ悪ければ簡単に死ぬということだ。

 


 それは街中だろうが山中だろうが一緒だった。

 


 たまたま足を滑らせて、落ちた先にちょうどいい太さと鋭さを持った枝があればほら――心臓にぶっ刺さる。


 まさか現在社会のストレスから逃れるために大自然へと来たのに、こんな死に方をするなんて。


 潰れた心臓が最後に一度だけもがくように脈打って、止まる。そうして俺の意識は途絶えた。

 

 

             ◇   ◇   ◇

               ・   ・

             ◇   ◇   ◇



 

 という前世の記憶を思い出したのは、次の人生でも同様のことが起こった瞬間――つまり心臓が同じようにぶっ刺されたときだった。


 きっかけを今際の際に寄せ過ぎだ。これじゃ【強くてニューゲーム】が瀕死で始まるようなもんじゃないか。

 

 

 俺はユーリ・コレット。十六歳、冒険者で格闘士。現在進行形で心臓を貫かれて死にそうになっている。


 

 発端という発端はない。冒険者の仕事などすべてが命がけなのだから、それこそ運が悪かったとかそういうレベルだ。


 馬車に乗ったご令嬢を隣町まで護衛する。それだけの仕事だった。普段は獣すらめったに見かけない安全な道を通って、やけに金払いのいい依頼人から金貨をがっぽりもらって家路につく! ……はずだった。

 

 

 それがどういうわけか化け物に襲われた。


 

 その化け物は食べるためでなく殺すために殺す獣――忌獣という。


 姿かたちは色々あるが俺の目の前に出てきたのは巨大カマキリを一つ眼にしたようなやつだ。それがめっぽう強く、他の冒険者の首やら胴体やらがポンポン飛んでいく。


 そりゃあ誰も彼も逃げるだろう。


 まぁ、それは理解できる。だが仲間の冒険者たちはあろうことか依頼主の馬車をおとりに逃げやがった。


 俺にも連中と同じように自分の命を優先する度胸があれば助かったかもしれない。けれど、俺は依頼主の少女に少しだけ情が湧いてしまっていた。


 妹と同じくらいの少女だったからかもしれない。

 

 

 俺は彼女を逃がそうとした。

 


 手を引いて馬車から引っ張り出し、化け物とは反対の方向へ突き出す。

 

 そのドレスの手触りの良さに、一度でいいからこんな服を妹に着させてやりたかったと思った。しかし、折れた剣を片手にぼんやりと抱いた憧れは、すぐさま打ち砕かれる。


 華奢な彼女の背中を押したところで、俺の胸からは凶悪な脚が飛び出していたのだ。

 

「ごはっ……」



 

 ――そうして、俺は前世で日本という国で二十数年を生きた記憶を取り戻す。


 だが心臓が貫かれてからでは、現代社会の一般教養程度の知識では逆転は不可能だろう。

 

 脚が引き抜かれると俺の口から盛大に血が噴出した。それが悲しそうな目でこっちを見る彼女のドレスを汚してしまって、俺の胸は痛みよりも虚しさを感じた。


 そのまま走って逃げればいいのに、銀髪の彼女は崩れ落ちる俺の体を受け止める。


 前回の死に方にくらべれば数千倍マシな死に方かもしれない。俺はそう自分自身を慰めた。

 

 ひんやりした腕に抱かれながら俺は死を待つ。カマキリはこちらに迫ってきて、もうすぐ俺は二度目の人生の幕を下ろすことになるだろう。


 薄れゆく意識の中で、俺は願った。


 

 せめてこの子だけでも助けたい。


 

 震える右腕をカマキリに向けて、魔法を撃つ。


「【風鋭槍撃ケイセル・ランシア】……!」

 

 こんなこと無駄だとはわかっている。けれど、やらないよりはマシだ。そう思い、目を開けた瞬間――。


 

 ――カマキリの頭がなくなっていた。


 

 ……おかしいな。目の錯覚かなにかか?


 しかし、まばたきしても目の前の光景は変わらない。試しにちょっと周囲を見回してみると、ちょうど道の茂みにカマキリの頭っぽい物体がどさりと落ちるところだった。

 

「アンタに決めた」


 声が聞こえる。


 視線を上げると銀髪の彼女が俺の顔を覗き込んでいた。


 俺のくすんだ黒髪と違って、艶のある綺麗な髪だ。いい香りもする。何が起こったかわからないが俺はもうすぐ死ぬ。だがこの子が助かったならいいのかもしれない。

 

「残念だけどアンタ死ねないわよ」


 ……なんだって? こちとら心臓が潰されるのは二回目なんだ。血圧ゼロの人間がここから盛り返すのは無理なことくらいわかるんだよ。


「だいじょぶだいじょぶ。アタシの心臓半分あげたから」


 半分あげた……? ていうかなんでさっきから会話が出来て――。


 と、自分の胸を見た瞬間、俺は飛び跳ねた。


「うお!?」

 

 

 彼女の手が俺の胸に突っ込まれていた。



 それもだいぶ深くまでいっている。前腕の半分くらいまでズップリいっている。

 

「暴れないでよ。痛くないでしょ? どうどう」

 

 彼女はペットを落ち着かせるみたいに俺を宥める。


 たしかに痛みはない。むしろ胸からは血ではなく微かな光があふれ出ていて、じんわりと熱を感じた。


「な、なにやって……?」


「言ったでしょ。心臓をあげたの。さっきの魔法もアンタの願いがアタシを介して星に届いた結果よ。アタシたちは今、星から見たら一つの存在なのよ」

 

 得意げに語る彼女の顔に、俺はいつの間にかに見惚れていた。気がつくと、貫かれたはずの心臓が強く高鳴っている。


 

「アタシの名前はセレスティルーナ・ノヴァ・シュタリア。聞いたことある? 一応、この国で聖女やってるんだけど」


 

 それが、その後の相棒となる聖女様との出会いだった。

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