156. ぬふう

「し、失礼します!」


 騎士の一人が部屋へと飛び込んできた。何故か鼻血を垂らしている女騎士が。

 

「どうした。何があった」

「ヴィットーリア様! バ、バルドルが、バルドルがこちらに向かってきます! 手勢を連れて!」

「!!」


 なんとバルドルが攻めてきていると言う。一体どうして。ネイたち母子が脱獄したのがバレているだろうが、逃げた先まで発覚するにはあまりにも早すぎる。

 

「数は! アリーナはいるか!?」

「わ、分かりませんが、百は超えていないかと。それと、何故かアリーナ様の姿はないようで……」


 素早くネイが情報を求めると、騎士は鼻をおさえながら答えた。

 

 彼女の情報を元にネイは戦力評価をし始める。強靭なカルドの戦士が百。対し、こちらは十と少し。普通ならば負けは確実。しかしここに純花が加わるとなると話は変わる。正直余裕だろう。

 

 ただし今の彼女が戦えばオーバーキルは間違いなく。元同僚たちを物言わぬむくろに変えるのは流石に抵抗があるし、バルドルが死んでしまえばそれはそれで困る。


 どうするべきか悩むネイ。そんな中、目をつぶって考え込んでいたヴォットーリアが口を開く。

 

「……一番まずいのはフィガロ様が見つかる事だ。旗印たる御方が捕まればもはやどうしようもなくなる。皆、付き合ってくれるか」

「「「はっ!」」」

「ネイ、もはやぐずぐずしてはおれぬ。我々がおとりになるから、お前はフィガロ様と共に王墓に行け。不確定要素の多い計画だが、こうなっては仕方あるまい。ネロの事も……頼む」


 重々しい雰囲気の言葉。覚悟が感じられる言葉であった。


 王族を、そして父と子を逃がすために犠牲になる。まさに騎士のかがみたる姿だ。剣を持ち、騎士たちを引き連れて行くヴィットーリア。なんと勇ましくも尊い姿か。ネイは「母上! お待ちを!」と止めつつも尊敬の気持ちを抱いてしまう。

 

「「「ぬふうっ!?」」」


 が、その騎士たちが扉を開けた途端。彼女らは鼻血を出してふらつく。

 

 一体何があった。ネイは驚きつつも駆け出し、警戒しつつも扉の横から外の様子を伺う。するとと……。

 

「フッ。困るなヴィットーリア君。こんな反逆みたいな真似をしでかすなんて。フィアンマが悲しむだろう?」


 扉の向こう。そこには仁王立ちしたバルドルがいた。ブーメランパンツのみ纏った。スーツの下に隠れていたピッチピチの肉体を惜しげもなくさらしている姿は、カルドの女にはあまりにも刺激が強かった。

 

「な、何故服を……」

「鍛え上げた肉体の前には鎧など不要なのだよ。むしろ動きを阻害するかせにしかならない」


 鼻血を抑えながらのヴィットーリアの問いかけ。バルドルはフフンと気障な笑みを浮かべた。

 

 それと同時に十人くらいのマッチョが後方から出てきた。それをだらしない顔で見ている数十人の女兵士たちも。


 大変な状況。だがヴィットーリアは別の意味でも困っているようだ。見なければならない。だが見てはいけない。けれど見たい。そんな葛藤にさらされているようだ。イルマや他の味方たちも同様である。

 

「さて……フィガロ君」

「ッ!」

「そこにいるのだろう? 困った子だね。囚人を脱獄させるなんて」


 バルドルの言葉。どうやらフィガロの事もバレているようだった。フィガロがぶるぶると震えて怯えている。ベールの下は青い顔になっている事だろう。

 

「全く、王弟おうていだからと甘えすぎじゃないかな? これからは新しい時代だ。男だから許されるなんて真似はこの僕が――ぶげっ!?」


 瞬間、バルドルが吹っ飛んだ。吹っ飛ばしたのはレヴィア。いつの間にか外に飛び出ており、顔面に飛び蹴りを放ったのだ。

 

「ざけんなカマ野郎が!! なーに裸で色仕掛けなんてしてやがる。男なら顔と男気で女を惚れさせるべきだろーが!! このナルシスト野郎が!! きめーんだよカス!! 死ね!!」

「ひぎっ! やっ、やめっ……」


 倒れたバルドルを蹴りまくるレヴィア。顔を重点的に。流石のマッチョとて顔までは鍛えられないようで、バルドルは必死に腕で防御している。その所業に周囲のマッチョはおろおろとし、後ろにいる女兵士たちは「なんて奴」「男を足蹴にするなんて」とドン引き状態だ。

 

 さらに一通り蹴り終えたレヴィアはギンッと周囲のマッチョたちを睨みつける。「次はお前だ」と言わんばかりに。マッチョたちは「Oh……」「Danger Girlデェーンジャガール……」と言いながら後ずさりをした。

 

「……はっ! いかん! バルドル様をお助けしろ!」


 あまりの所業にしばし止まっていた兵士たちだが、いち早く正気に戻った隊長らしき女が叫んだ。その号令で周囲の兵士たちも気を取り戻し、こちらに迫ってくる。お姫様扱いされる喜びに目覚めたとはいえ、やはりカルドのつわもの。男を助けるべしという意識は高いのだ。


「ううむ、恐ろしい女よ……。だが、助かった。ネイ! 早く行け! ここは俺たちが抑える!」

「は、母上。わ、分かりました! レヴィア、もういいからこっちに来い!」


 同じくドン引きしていたヴィットーリアだが、こちらも気を取り直した模様。腕で鼻血をフキフキしつつ剣を構える。ネイはレヴィアの手を引っ張り、仲間やフィガロと共に裏口へと向かう。


「バ、バルドル様! 大丈夫ですか!? いま治療師を……」 

「ひい、ひい……! う、うぐぐぐ……! き、貴様ら!! あの女を捕まえろ!! 絶対に逃がすな!!」


 そして顔がぼろぼろになったバルドル。彼は辛そうにしながらもマッチョ及び兵士たちへと号令を放った。よほど痛かったのか声が震えている。

 

 その命令に従う兵士たちだが、ヴィットーリアが立ちふさがって妨害。味方の騎士たちもだ。

 

 ネイたちは裏口から出て、裏通りへと逃げ出す。そして再び秘密の通路を通り、王都の外まで逃げ出すのであった。

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