第一章 魔王の娘(2)
校門前で余計な時間を喰ってしまったけど、どうにか指定の時間前に入場の列に並ぶことができた。
はあ、間に合ってよかった。
「随分慌ただしいな、もっと時間に余裕をもって……」
新入生の列に走って滑り込んだ私たちに、先生がお小言を言おうとして途中で言葉を飲み込んだ。
ん? と思って先生を見ると、開いた口がワナワナと震え、顔が真っ青になっている。
「オ、オクタヴィア王女殿下!? こ、これは、無礼な口を聞いて申し訳ございません!!」
先生はそう言うと、頭頂部が見えるくらい頭を下げた。
途中で言葉が途切れたのは、走ってきた中にヴィアちゃんがいるのを見つけたからだったか。
あれ?
でも、この学院って……。
「頭をお上げください先生。アールスハイド高等魔法学院は身分に関係なく完全実力主義。王族への忖度もしないはず。父も学院在学中は、当時担任であったマーカス学院長から厳しく指導を受けたと言っておりました。どうぞ、私にも同様に接してくださいませ」
そうそう、高等魔法学院に身分は関係ないから王族でも叱られるときは叱られるってパパが言ってた。
特に、当時の担任で今の学院長であるアルフレッド=マーカス先生はオーグおじさんにも公平な態度で接してたらしい。
この先生は、王族の生徒を相手にするのが初めてなんだろうな。
まあ、王族が入学するのはメイお姉ちゃん以来だっていうから、それ以降に教師になった人なんだろう。
ちなみにこの身分関係なし、っていうのは、生徒はみな平等、平民が王族や貴族に馴れ馴れしくしてもいいよ……って意味じゃない。
この学院での優劣は魔法の実力のみ。
例え王族や貴族であっても忖度しないよ? っていう意味。
その証拠に、パパの同級生にはヴィアちゃんのお父さんであるオーグおじさんがいたけど、首席入学も首席卒業も平民のパパで、オーグおじさんは次席だったらしい。
パパさえいなければ、オーグおじさんがアールスハイド王族始まって以来の天才として入学も卒業も首席だっただろうって、ヴィアちゃんのお母さんであるエリーおばさんが悔しそうに言っていた。
そんな完全実力主義の学院だからこそ、アルティメット・マジシャンズなんてものができたんだろうな。
ヴィアちゃんからお言葉を貰った先生は「は、はは!」と返事をして頭を上げた。
「え、えーと、それでは……コホン。オクタヴィア王女殿下も君たちも、間に合ったからいいものの、本当に時間ギリギリだ。息を切らせ汗を掻いて式に参加するつもりですか?」
『う……』
先生の言う正論にぐうの音も出ない。
「我が校の入学式には陛下も御臨席なされる……オクタヴィア王女殿下も、そんな姿を見られたくはないでしょう?」
「……先生のおっしゃる通りですわ。申し訳ございません」
「あ、いえ、分かって頂ければいいのです。次からは気を付けて下さい。それじゃあ、もうすぐ入場だ。合格発表のときに通知したクラス順に分かれてくれ」
ヴィアちゃんの反省の弁を聞いた先生は、そのあと生徒全員に向かって整列するように言った。
なので、私たちも事前に知らされていたクラスごとに分かれる。
「入試のときの順位は覚えているか? その順で整列してくれ」
入試の順位ね。オッケーオッケー。
私たちが整列すると、先生が私を見て驚いていた。
え? なに?
「……お前がウォルフォードだったのか」
Sクラス最前列に並んだ私に、先生がそう言った。
「あ、はい」
え? なに?
「入試ではやらかしてくれたな。教員の間で噂になってたぞ」
おお、入試の実技試験のことが噂になってるんだ!
パパと一緒だ!
「えへへ、それほどでも」
「褒めてない! 父親を上回る結果を出すとか言って無茶苦茶な魔法をぶっ放しやがって!」
「えー? でも、魔法練習場壊れなかったよ?」
「魔王様が御好意で防御魔法を張り直してくれていたからだ! それがなかったら壊れてたわ!」
「おー、あれ、パパが防御魔法張ったんだ。さすが!」
「さすが、じゃねえ! 教師も一緒に受けた他の生徒も吹っ飛んで大変だったんだぞ!」
「あ、あはは。そうでした」
「ったく……もう入場だから、大人しくしてろよ」
「はーい」
なんか、ヴィアちゃんに対する態度と全然違うなと思いつつ、先生の言う通り大人しく列に並んでいると、後ろから溜め息が聞こえてきた。
なんとなく気になって後ろを振り向くと、初等学院時代からの友達であるアリーシャちゃんがジト目でこっちを見ていた。
ちなみに、私の後ろはヴィアちゃん、マックス、レイン、アリーシャちゃんの順に並んでいる。
「シャルさん、貴女ねえ……入学早々殿下を振り回してるんじゃありませんわよ」
「私のせいじゃないよ! 頭のおかしい男子が悪い! ねえヴィアちゃん?」
「そうですわねえ。さすがの私も時間を忘れて唖然としてしまいましたもの。シャルのせいではありませんわ」
「男子?」
アリーシャちゃんはそう言うと、目の前に並んでいるマックスとレインに視線を移した。
話を振られたマックスとレインは、なんのことか分かっていないのかアリーシャちゃんを見ながら首を傾げている。
男子二人に見つめられたアリーシャちゃんは、ポッと頬を赤くして視線を逸らした。
「で、殿下がそうおっしゃるのでしたら仕方がありませんわね。次からは気を付けなさい」
「いや、だから、私のせいじゃ……」
「ウォルフォード、お前、いい加減にしろよ?」
「ひゃわ!?」
結局、なんでか私のせいになりそうだったのでアリーシャちゃんに抗議しようとすると、後ろから先生の低い呟きが聞こえてきた。
なんで私!?
そう思って後ろを振り向くと、ヴィアちゃんを始めアリーシャちゃんもおすまし顔で素知らぬ顔をしていた。
「う、うらぎりもの……」
変わり身早すぎない!?
あ、私だけ後ろ向いてたから先生の接近に気付かなったんだ。
お、おのれ……。
「殿下たちもちゃんと見ていましたよ。本当に静かにしてください」
「あら、バレてしまいましたわ」
ヴィアちゃんはそう言うと、ペロッと舌を出した。
可愛いな、くそぅ。
王国一の美少女と言われているヴィアちゃんがそういう態度を取ると本当に可愛い。
王女様なのに気取ったところがないし、傲慢な振る舞いもしない。
誰にでも気さくに接し、悪戯がバレるとこんな顔もする。
こんなヴィアちゃんに絆されない男がいるだろうか?
現に先生も、デレっとした顔をしている。
先生なのに……と思ってジト目を向けると、焦ったように「コホン!」と咳払いをした。
「と、ともかく、もう入場ですので……」
『それでは、新入生の入場です』
先生がそこまで言ったところで講堂から魔道具で拡声された声が聞こえてきた。
「よし、行くぞ」
なにごともなかったように先生がそう言うと、目の前の扉が開かれ大きな拍手が聞こえてきた。
在校生と保護者の皆さんだ。
その盛大な拍手の中を先生のあとに続いて中に入っていく。
っていうか、この先生が私たちの担任なんだ。
簡単にヴィアちゃんに絆されてたけど、大丈夫か?
そんなことを思いつつも席に到着したので大人しく着席する。
私たちSクラスに続いて、Aクラス、Bクラス、Cクラスと入場していき、全員が着席し入学式が始まった。
パパの元担任だったという学院長、現生徒会長の挨拶が終わり、新入生代表挨拶の番になった。
『新入生代表、シャルロット=ウォルフォード』
「はい!」
新入生代表挨拶は、入試首席が行うと決められている。
たとえその年の新入生に王族がいたとしても、首席が取れなければ挨拶はできないのだ。
私は緊張しつつ、壇上へ上がった。
緊張を解そうと、一つ大きく息を吐く。
そして、新入生、在校生、保護者の席をゆっくりと見渡す。
あ、パパとママがいた。
二人は超有名人だから、学院に着くなり特別室に連れて行かれたんだよね。
なんだか心配そうな顔をしているので、安心させるためにニッコリと微笑んだ。
余計に不安そうな顔になった。
なんで?
なんか腑に落ちないけど、ちょっと緊張が解れたのでいい感じで挨拶できそう。
『春の暖かな日差しの中、この名門アールスハイド高等魔法学院に入学できたことを心から嬉しく思います』
『私は、父も母も兄もこの高等魔法学院の卒業生です。なので、私もこの学院に入学することが幼いころからの夢でした。特に、父と母が在学中に成したことは私よりも皆さん……特に保護者の方々の方がよく知っているかもしれません』
保護者席から頷きとクスクスという笑い声が聞こえてきた。
パパとママを見ると……あれ? 二人揃って俯いてる。
『そんな生徒の自主性を重んじるこの学院だからこそ、私はずっと入学したいと思っていたのです。そして今日、その夢は叶いました』
今度は新入生たちが頷いている。
皆も同じ気持ちなんだね。
『しかし、この学院に入学することがゴールではありません。むしろここからが本番だと思っています。今回、私は首席で入学することができましたが、皆さんこの学院に入学できるほど優秀であるので今後も首席でいられるとは限りません』
敵を作らないためにも、謙虚に振舞わないとね。
『しかし、父や兄がそうであったように、できれば私も首席で卒業したいと思っています。なので、その座を明け渡すことのないように努力していきます。皆さん、共に切磋琢磨してまいりましょう。そして、今のところ学院の黄金世代は父と母のいた世代だと言われているのを覆してやりましょう!』
私がそう宣言すると、在校生も含めた生徒のいる辺りがザワッとした。
笑った、というより苦笑が漏れたって感じ。
なんで?
『と、とにかく、この魔法教育における最高学府で指導が受けられることをとても楽しみにしております。なので、先輩方、先生方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。新入生代表、シャルロット=ウォルフォード』
なんか最後微妙な感じになったけど、失敗せずに挨拶を切り抜けられた。
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