小さな焦り 3
(リシャール様にプレゼントしていただいたこのコート、本当に暖かいわ)
白いもこもこのコートを羽織り、レナは王都の南にある川沿いの公園にやって来ていた。
王都には朝からはらはらと雪が降っていて、木や屋根の上などをうっすらと白く染めている。
この時期、流れの緩やかな王都の南の川には、鴨や白鳥が渡来するのだ。今日のレナのお目当ては、その鳥たちである。
クラウスは鳥が好きなので、鳥たちをスケッチしておこうと思ったのだ。あまり外出したがらないリシャールにも見せてあげられるし、次の絵の題材にもなる。
レナは川の近くのベンチに腰を下ろすと、スケッチブックを広げた。
はらはらと空から落ちてくる雪をもろともせずに、せっせと夢中になって鳥たちをスケッチしていると、ふと、川べりを歩く男女が多いことに気がつく。
(今日はやけにデート中の人たちが多いわね)
寒いからか、ぴったりと寄り添うようにして歩いている男女ばかりだ。
(……クラウス様に会いたくなってきちゃった)
仲良さげな恋人同士がたくさんいるからか、無性にクラウスが恋しくなる。
(みんなお洒落だなぁ)
デート中だからだろうか、目の前を通り過ぎていく女性たちはみんな可愛らしい格好をしていた。
(パーティーのときとかはクラウス様が下さったドレスを着るけど……普段は適当だものね、わたし)
この白い可愛いコートの下も、暖かさ重視でえんじ色の流行とは程遠いようなデザインのドレスを着ている。
オレリーの件があったからだろうか、そんな自分に無性に不安を覚えてきた。
何も、クラウスとの釣り合いは身分だけではない。見た目だってそうだ。レナは特別美人でもない平凡な外見なので、せめて服や化粧に気を配らなくては駄目ではなかろうか。
(デミアンと婚約していたときも、派手な格好と化粧をしろって散々言われていたものね)
派手さはともかく、格好にはもっと気を付けるべきかもしれない。
(帰りに明るい色の普段着のドレスでも買って帰ろうかしら……)
レナがこっそりため息を吐き出したとき、視界の端っこに、妙な二人組を見かけた。
一人はシルクハットをかぶった見るからに金持ちそうな貴族の男だったが、彼が話している相手はその真逆で、つぎはぎだらけの汚れた服を着た男だった。貧民街で暮らしていると言われても頷けるような格好である。
(……どういう関係なのかしら?)
あまりにチグハグな二人だった。外見で人を判断すべきではないと思いつつも、顕著すぎる違いは胸に違和感を落とす。
シルクハットの男が、汚れた服を着た男に金を渡すのを目撃したレナは、スケッチブックのまっさらなページを開くと、その二人のスケッチをはじめた。
(気のせいならいいけど、何か変な感じがするわ)
スケッチしたからと言って、何かの役に立つかどうかはわからないが、念のため残しておきたい。犯罪に関係があるとは思いたくはないが、そのくらい不審な二人だった。
レナはスケッチを終えると、男たちに絵を描いたことが気づかれる前にベンチから立ち上がり、ドレスを買うために仕立て屋に向かったのだった。
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