赤い箱庭
日暮マルタ
紅葉
いつも通りの学校からの帰り道、急に吐き気がした。というのも、突然ピークの車酔いのような気持ち悪さに襲われたからだ。平衡感覚が狂い、その場に倒れてしまう。私はどうしてしまったんだろう、と思いながらコンクリートの冷たさを感じていた。次第に意識が重くなる。遠のいていく。まずい、救急車、と思いながら、そんな思考も霧散していった。
目が覚めるとそこは赤い紅葉の美しい神社の境内だった。鳥居の内側で起き上がる。見覚えは全くない。
「ここは……」
呟く声に返答がある。
「ここは主様の庭」
幼い声のする方に目を向けると、現代には似つかわしくない鮮やかな和装の子供がいた。
「庭……?」
「サヤカ。あなたは招待された。あなたはここで生活する権利を得たのよ。光栄に思うがいいわ」
言われた言葉の半分も理解できない。私は家に帰ろうとしていたのだ。
「どうして名前を? お嬢ちゃん、何かの冗談? 私、帰り道がわからないの。人がいるところを教えてくれない?」
「ここに人はいない。さあ、こちらへ」
私は強引な少女に手を引かれ、神社の中へと連れていかれた。混乱していて、とにかく大人の誰かに会いたかった。
「主様、サヤカです」
神社の境内の奥に屋敷があった。古びてはいるが、立派な造りをしている。その屋敷の縁側に、奇抜な格好の白い長髪の男性が座っている。少女はその彼に主様と呼びかけた。彼は煙管を口にしている。紫の煙がゆるゆると立ち上る。彼は私を見るとにやりと笑った。
「ようこそ、我が庭へ。貴様は二度とここから出られない」
よく見るとその彼の頭には大きな角が生えている。
(この人……人間じゃない!)
彼は異様な雰囲気を纏っており、心の奥底が怯えて震えるような感覚が私に流れた。足がすくんで動けない。
「どうした。何か言うことでもあるかと思ったが。それか聞きたいことでもあれば、今なら特別に答えてやろう」
内にある恐怖を何とかこらえ、唾を飲み込んだ。
「……二度とここから出られないって……なんでですか」
「ふむ。その問いには答えられない」
答えてくれるって言ったのに! 男は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべている。
「じゃあじゃあ、ここはどこなんですか。あなたは誰……なんで私の名前を?」
「ここは我が庭。サヤカ、これからの貴様の居住地にもなるな。我は……かつては人に祀られし時もあったが、今ではただの妖よ。もう我に名はない。好きに呼ぶことを許す。そして最後の質問だな……サヤカのことは何でも知っている。これでも元神だ。ずっとお前を見ていた」
「どうして……」
情報量の多さにまた混乱が強くなる。
「ずっと見てたって……」
「ああ。見ていたぞ」
この話には触れない方がいいかもしれない。なんだか怖い。
「私! 帰らなきゃ。親が家で待ってるし、学校にも行かなきゃいけないんです」
「却下だ。お前は二度と現世には帰れない。我がサヤカに飽きたら、別の話だがな」
そろそろ連れていけ、椿。と男が少女に指示をした。静かに控えていた椿と呼ばれた少女は、私の腕を掴む。暖かな体温が伝わる。
「この屋敷を案内するわ」
「それは……えっ私本当にここで暮らすの!?」
「ええ。主様の命令は絶対。あなたの暮らす部屋ももう用意してある」
「もう用意されてるの!? なんで!」
「なんでって。主様が歓迎してくださってるのよ。あなたが来るのをずっと待ってたの」
「……怖いよ……」
「慣れればここもいいところよ。主様のご機嫌を損ねなければね」
こうして私の異界暮らしは始まった。
広い屋敷の中を歩き回って、疲れた頃にお風呂に呼ばれた。こういう異界で食事をとってはいけないと聞いていたけど、お風呂の良い匂いを嗅いでいたら頭がぼーっとして、気が付いたら出された食事を残さず食べてしまった。
主様と呼ばれる男と共に囲んだ食卓は、魚がメインの和食で、とても美味しかった。
「美味いだろう。我が釣った魚だ」
「……魚釣りとか……するんですね……」
そんな会話をしたのをぼんやり覚えている。
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