第14話 1年前のあの日

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 夢を見た。

 夢と言っても正夢や予知夢、警告夢など複数の種類があるがオレが見たのは過去の出来事の再現だった。


 去年の夏、その日はやけに蝉がうるさかった。

 夏休みで家でダラダラしていた莉緒を連れ出して近所のファミレスに昼ご飯を食べに行った。

 莉緒は「夏休みは宿題が多い」「部活ばかりで遊ぶ暇が無い」など色々と愚痴りながら明太子パスタをフォークで巻いて口に運んでいた。


 莉緒の話によるとバレーボール部は3年生が引退して2年生主体になったらしい。

 新体制の動き出しの時期でかなり忙しいみたいだ。

 貴重な休日に外に連れ出したからには愚痴くらい聞いてやるのが兄の務めだろう。


「お兄ちゃんはもう野球やらないの?」


「そうだなー、今更入ったとしてももう遅いだろ」


「まだ高校入って4ヶ月だし間に合うんじゃない?」


「部の絆みたいなものもできてるだろうし、そこに部外者が加わるのも気が引ける」


 少年野球から野球を始めて中学では投手で県大会準優勝まで経験したが、厳しかった練習の反動で引退してからはスポーツを避けていた。

 グラウンドで活動する野球部の姿を見ると、あの頃を思い出し、体を動かしたい衝動に駆られたがあと一歩が踏み出せないでいた。


「そういうもんかー」


 エアコンの効いた店内は家にいるよりも快適で、あんなに外に出るのを嫌がっていた莉緒もスマホを眺めながら鼻歌を歌っている。


 高校は基本的に同じ部活の人で固まって行動するため、帰宅部のオレはなかなか馴染めないでいた。

 クラスメイトで休み時間に会話をする友人はできたが全員部活をしているので放課後は遊ぶこともない。


 環境を変える方法として1番手っ取り早いのは自分が変わることだが、頭で分かっていても行動に移せるのは少数派だ。

 環境を変えようとすると必ずと言っていいほどマイナスな要因が働くから現状維持を望んでしまうんだろうな。

 それを乗り越えた人間が幸せを掴むと頭では理解しているんだが。


「そろそろ行く?」


「そうだな」


 お会計を済ませて外に出ると猛烈な熱気がオレ達を襲った。

 店内との温度差が激しい。

 蝉もこの暑さに必死に抵抗して鳴いているのかもしれない。


「ねぇ、2時からドラマの再放送あるんだけどテレビ観ていい?」


「いいよ。オレは部屋で漫画でも読んでるわ」


「んじゃ、アイス買って帰ろっかな〜。コンビニ寄るね!」


 よっぽど観たかったドラマだったのか莉緒のテンションが高い。

 横断歩道の信号が青になったことを確認して弾むように走り出す。


「莉緒!!」


 オレが叫ぶのと同時に車の間から猛スピードでバイクが飛び出してきた。

 信号無視だ。

 莉緒は横断歩道の向こうにあるコンビニに意識が向いていたため、避けきれなかった。

 いや、死角から急に飛び出してきたのだ。気付いていたとしてもかわせなかっただろう。


 莉緒はバイクに撥ねられて地面を転がる。

 バイクの運転手も転倒して蹲っている。


「莉緒! 大丈夫か!」


 血だらけになった莉緒の下に駆け寄り、意識を確認する。


「お、お兄、ちゃん……」


 打ち所が悪かったのか意識が朦朧としている。

 どうしたらいい。このままじゃ莉緒が。


「おい大丈夫か!」


 信号待ちをしていた車の運転者が心配して降りてきてくれた。

 すぐさまスマホで救急車の手配を掛けてくれる。

 オレは莉緒を抱き抱えて、安全な歩道まで運んだ。

 救急車が到着するまでの間、どんどん莉緒の息が弱くなっていく。

 さっきまであんなに元気だったのに。


 真夏の昼下がり。

 暑いはずなのに不安と恐怖で体温が下がっていた。

 莉緒の手を握っているオレの手が冷たい。それに莉緒の手も冷たくなっている。


「莉緒、もうちょっとで救急車が来るから大丈夫だからな」


 莉緒にそう呼び掛けるも半分は自分に言い聞かせていた。

 大丈夫。莉緒は助かると。


 その後、莉緒は救急車で病院に運ばれ、治療が行われたが数時間後に亡くなった。

 まだ14歳だった。


 病院の先生から莉緒の死が伝えられた直後、両親は膝から崩れ落ちて涙を流していた。

 オレは現実を受け入れられなかった。


 莉緒の命は信号無視で理不尽に奪われた。

 莉緒はもういない。

 そう簡単に飲み込めるはずがない。


 全部嘘だったらいいのに。


「嘘だって言ってくれよ!」


 オレは泣きながら人目も気にせずに叫んだ。

 神様、お願いします。

 全部無かったことにはならないでしょうか?

 時間を巻き戻して無かったことにはできないでしょうか?


 届くはずもない願いを必死に神に頼み続けた。

 すると、オレの想いは天に届いた。


 濡れていた目を擦り目を開くと、オレはファミレスの外で汗を拭っていた。


「ねぇ、2時からドラマの再放送あるんだけどテレビ観ていい?」


「莉緒? なんで? 何がどうなってるんだ?」


 莉緒が生きている?

 ファミレスの前でドラマの再放送の話。

 それも一言一句、聞いたことがある台詞だ。

 もしかして時間が巻き戻った?


「どうしたの? 暑くて頭おかしくなった?」


 莉緒が馬鹿にしたように笑うと「アイスでも買って帰ろっかな〜」と独り言を呟き軽やかに走り出す。


「莉緒!!」


 横断歩道の信号が青に切り替わるタイミングで莉緒を呼び止めた。


「何?」


 莉緒が振り返るとその背後を猛スピードでバイクが通過していく。

 交差点に入り込んだバイクはクラクションを鳴らす乗用車と衝突。

 車はバンパーが破損、バイクの運転手は地面に投げ出されてぐったりとしている。


「なんでこうなるんだよ。こんなはずじゃなかったのに……」


 莉緒を事故から救うことはできた。

 しかし、その代償としてバイクの青年が別の事故を起こしてしまった。

 オレが行動を変えたから未来が変わってしまった。


「お兄ちゃん?」


 信号が点滅を始め、莉緒がオレの顔を覗き込む。


「悪い、今行く」


 横断歩道を渡り、事故現場を目に焼き付ける。

 オレの自分勝手な行動で関係の無い人を巻き込んでしまった。

 オレだけはこの事故から目を背けてはいけない。


 蝉の鳴き声が辺りを包み、コンクリートの熱気が蒸し風呂のように感じられる。

 真夏の昼下がり、オレは1人の青年を見殺しにした。

 この罪は一生消えることが無いだろう。

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