第12話 人は案外他人のことには興味がない
—1—
「よし、ここに下ろそう」
結城の盾となることで国語の授業を凌いだオレは賢介と灯の力を借りて体育館からマットを運び出していた。
体育の授業が始まる10分間でなるべく多くのマットを外に運び出す計画。
結城が屋上から飛び降り、灯が力を発動して落下した地点にクッション性の高いマットを敷き詰めていく。
「道長くん、これって本当に先生から頼まれたの?」
「ああ、汗とか湿気で重くなるからたまに干さなきゃいけないんだってさ」
「太陽が出てるからすぐに乾くっしょ」
マットを干すにしても地面に直接置くはずがない。が、賢介は疑いもせず能天気に太陽に向かって手をかざしている。
体育館の倉庫から授業で使用するマット運動用のマットと新体操部が練習で使っている競技用のマットを3人がかりで運ぶ。
未来は確実に変化しているが念には念を入れた方がいい。
なるべくオレの力は最後の切り札として温存しておきたい。これ以上、記憶を失うわけにはいかないからな。
カビ臭い体育館倉庫。
積み重ねられたマットの持ち手に手を掛ける。
「そういえば道長、国語の授業凄かったな。俺も寝てたけど山田先生がおっかなくて何も言えなかったわ」
「でも、道長くん寝てなかったよね?」
「えっ? そうなのか?」
やはり灯は視野が広い。
その観察眼を活かせば今後もクラスの役に立つだろう。
段差に気を付けながらマットを倉庫から運び出す。
「黙って見ていられなかったんだ。居眠りをしていた結城さんが悪いのは理解してる。だけど、山田先生の指摘は本題から逸れていた。叱ることと怒ることはイコールじゃない。自分の感情任せに当たり散らしても人は成長しないとオレは思う」
「なんか、道長って考え方が大人だよな。絶対人生何周かしてるだろ」
まあ、タイムリープをしてるから賢介の発言はあながち間違ってはいない。
考え方については今回のように人の命がかかっている状況だと自ずと思考回数が増えて慎重になるからそう見えるんだろうな。
外に出るとグラウンドに生徒が集まり始めていた。
マットを運びながら横目で生徒の顔を確認していく。
もう授業開始の鐘が鳴る頃だというのにグラウンドに結城の姿はない。
授業中、結城の言動にも変化が見られたからちょっぴり期待したがそう上手く事は運ばないか。
「鐘もなるしこれで最後だな。悪い。オレはちょっと忘れ物をしたから取ってくる。2人はグラウンドに先に行っててくれないか」
「おう、んじゃ先に行ってるわ」
「灯、昼休みに話したことを覚えてるか?」
「うん、私は私らしくってやつでしょ?」
「ああ、何が起こっても灯が最善だと思う選択を取ってくれ」
「分かった」
「おいおい、なんだよそれ。何の話だよ?」
賢介がオレと灯のやり取りに興味を示したがもうそれに答えている時間がない。
オレは授業開始の鐘が鳴る中、忘れ物を取りに屋上に向かった。
—2—
「こんな所で何してるんだ? もう授業始まってるぞ」
屋上に繋がる扉を開くと結城がベンチに座って遠くを眺めていた。
校舎の裏には山が広がっていてここからだと障害物が無いのでよく見える。
「佐伯くんこそサボりですか?」
振り返った結城の目には涙が浮かんでいた。
精神的にかなり追い込まれている事は言うまでもない。
「オレは忘れ物を探しに来たんだ」
「屋上にですか?」
「ああ」
「見つかりましたか?」
「どうだろうな」
「佐伯くんって変な人ですよね」
「変わってるとはよく言われるな。別に普通でいる必要もない」
「私は普通でありたいと思います」
結城はベンチに手をついて立ち上がり、グラウンドが見下ろせる位置まで足を進めた。
それに合わせてオレも結城との距離を縮める。
万が一の時に備えて全力で走れば手の届く範囲で足を止める。
「佐伯くんには感謝してます。お昼休み佐伯くんと話して心が軽くなりました。今まではずっと1人で抱えていたので」
「オレでよければいつでも相談に乗るよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。私にはもう耐えられそうにありませんから」
急な風が吹き、結城の髪とスカートが大きく揺れる。
「私、こんな性格なので中学時代にいじめに遭っていたんです。靴や教科書を隠されたり、変な噂を流されたり。両親に迷惑を掛けたくなかったので相談することもできませんでした。ただ、唯一幼馴染の女の子だけは私の味方でいてくれたんです」
結城の口から語られる痛々しい過去。
当時の記憶を思い出しているからなのか結城の表情が苦しそうだ。
「いじめは日に日にエスカレートしていきました。暴力は証拠がなるべく残らないように服の上から。トイレに逃げ込んでも上から水を掛けられました。私をいじめる人たちはその様子を見て笑っていましたが私には何が面白いのか理解できませんでした。その頃からです。私にこの力が発現したのは」
心の弱い人間は集団になって他者を攻撃する。
その中で自分たちが優位に立っていると錯覚し、いじめを正当化し始める。
自身が抱えるストレスに耐えきれないからといって他者を攻撃していい理由にはならない。
「幼馴染は私がいじめられている場面に遭遇するといつも間に割って入って助けてくれました。そして笑って優しい言葉を掛けてくれました。でも、力が発現してから幼馴染の本心を知りました。幼馴染は私のことを鬱陶しいと思っていたみたいです。1人で何とかしろ。巻き込むな。こっちを見るな。邪魔。話し掛けるな。近づくな。迷惑。そういった感情が私の頭に流れてきたんです」
人を信用できなくなった結城の原点。
幼馴染も結城をいじめから救い続ける過程で疲弊していったのだろう。
人はそう頑丈にはできていない。
心も体もダメージが蓄積することで壊れてしまう。
「悪いのは私なんです。幼馴染に頼ってばかりで自分ではどうすることもできなかったので。ただ耐え続けることしかできませんでした」
「それは間違ってるぞ。悪いのはいじめる側だ。結城さんは1ミリも悪くない」
「そう、ですね」
結城が力無く笑った。
「夜になると色々と思い出すんです。私をいじめてた人達の笑い声が頭の中を駆け巡ってただでさえ眠いのに熟睡できなくて。もう全部投げ出して楽になりたい……」
刹那、結城は何かに導かれるようにこちらを向いたまま身を投げ出した。
異変を察知したオレは瞬時に腕を伸ばし結城に飛びつく。
片手で屋上の縁を掴み結城の体を支えようと踏ん張るが僅かにタイミングが遅れた。
「不味い」
体重を支えている腕に激痛が走り指がブロックから離れる。
全身で風を感じ、重力に従って高速で地面に吸い寄せられる。
オレは空中で結城の腕を掴み、体の位置を入れ替えた。
オレが下になることで少しでも生存確率を上げる。
「
空耳でなければ確かにそう聞こえた。
それと同時に全身を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。
結城の視線を地上に向けないように会話を続け、準備していたマットの上に落下したところまでは計画通りだったが、無事で済むわけがないか。
「道長くん! 道長くん!」
意識が薄れていく中で灯の声だけが繰り返し響いていた。
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