第10話 拒絶、触れられない闇

—1—


 2時間目の日本史の授業。

 テンションの高いおじさん教師が身振り手振りを交えながら分かりやすく授業を進めていく。

 教科書には載っていない知識を次々と話してくれるため、普段居眠りをしている生徒も教師の話に耳を傾けている。


 オレは1時間目の授業に引き続き結城を観察しながら机に広げたノートに結城が自殺するに至った可能性を箇条書きで書き出していた。


・国語の授業で山田先生に責められた。

→それだけが原因ではないと灯が結城本人から聞いている。


・授業中、休み時間、時折眠そうに目を擦っている。

→寝不足? 体質?


・休み時間は外の景色を眺めながらヘッドフォンをしている。誰とも会話をしていない。


・そもそも自殺をしようと決めていた場合、学校に来るか?

→わざわざ学校に来る必要性は無い。

→となると突発的に行動に至った可能性が高い。


・学校でなければならない理由があった。

→考えにくい。


 書いては消してを繰り返し、頭の中が整理されていく。

 結城の行動、言動、視線。何を気にして、何にストレスを感じていたのか。

 その全てを細かく書き出していく。

 そして、1つの結論に辿り着いた。


 これはあくまでもオレの推測でしかない。

 だが、この推測を立てられるのはこの世界でオレしかいない。

 未来を見てきたオレだからこそ真実に1番近い回答を持っている。

 それでも推測の域を出ない。


 答え合わせは結城本人とするしかない。


 独自の世界を持っていて、他者との接触を極力排除している結城。

 まるで半年前の自分を見ているかのようだ。

 殻に閉じこもっている人間とコンタクトを取ることは難しい。

 全く接点の無いオレが結城を呼び出したところで不審に思われてしまうことは明白。

 今は待つことしかできない。


—2—


 昼休み。

 授業終了の鐘が鳴るのと同時に結城が弁当箱を片手にそそくさと教室を出て行った。

 突如訪れた最初で最後のチャンス。これを逃す訳にはいかない。


「道長くん、どこに行くの?」


 灯に呼び止められた。

 普段オレが教室で弁当を食べていることを知っているから疑問に思ったのだろう。


「ちょっとトイレ」


「そっか」


 急いで廊下に出て結城の跡を追う。

 結城はキョロキョロと人目を気にしながら屋上へと続く階段の方へ。

 教室に比べて屋上を利用する生徒は少ない。

 人目を避けるなら絶好のスポットだ。


 結城に気付かれないように距離を空けて階段を上がっていると曲がり角を曲がったタイミングで結城と目が合った。

 どうやら待ち伏せされていたみたいだ。


「あの、私に何か用ですか?」


 こちらを警戒するように鋭い視線を向ける結城。

 結城の方が数段高い位置に立っているため、オレを見下ろすような形になっている。

 つけていたことがバレてしまった以上、下手な言い訳は逆効果になりそうだ。


「結城さんと話がしたかったんだ。つけていたことは謝る。ごめん」


「私はあなたと話すことはありません」


 そんな冷めた目で見下ろされると流石のオレも堪える。


「オレの勘違いだったら聞き流してもらって構わない。ただ、結城さんが何かに悩んでいるように見えたんだ」


 結城が眉を寄せた。

 話を遮らないということはオレの話に一定の興味を示したと判断していいだろう。


「単刀直入に言うと、結城さんは青春特異体質を発症しているんじゃないか?」


「どうしてそれを」


「青トラの活動の一環としてクラスの様子を観察してたんだけど、結城さんの行動が引っ掛かったんだ。クラスメイトが近くで会話をしていると辛そうにヘッドフォンで耳を塞いでいただろ。初めは雑音が苦手なのかと思ったんだが多分違うよね?」


「……はい」


 驚きのあまり声が出ないのか控えめな声量で頷いた。

 自身の周囲でクラスメイトが会話をするなんてのは日常的に発生する出来事だ。

 それこそ授業によってはグループワークになったりする。

 しかし、2学年になって結城が授業中に耳を塞いだことは例の国語の授業以外には見られなかった。

 つまり、トリガーは会話ではない。


 オレはノートに書き記した単語を思い出しながらそれらを繋ぎ合わせて言語化させる。


「青春特異体質を発症した人間は超能力のような力を得る。力には必ず制限があり、力を発動させると代償を伴う。これが一連の流れだが、中には自分の意思とは無関係に力を発動してしまう者がいる。結城さんもそうなんじゃないか?」


「驚きました。そこまでハッキリ言い当てられたのはあなたが初めてです」


 青春特異体質は発症者の強いストレスによって引き起こされる。

 極度に周囲の視線を気にしている結城は常にストレスが掛かっている状態だ。

 力が制御できていなくても何ら不思議ではない。

 そして、度々目にする耳を塞ぐ行為。

 恐らく結城の力は、


「多分だけど結城さんの力は他人の心の声が聞こえる力かな? 代償は眠気に襲われるとか?」


「大体合ってます」


 自分の意思とは無関係に力が発動され、代償で睡魔に襲われる。

 これなら普段から眠そうにしているのにも納得だ。

 青春特異体質のせいで授業中に居眠りをしてしまい、教師から指摘。周囲から視線が集まってしまい緊張状態に陥る。

 そのストレスが引き金となり力が自動的に発動。

 複数人の心の声を耳にしてパニック状態になった。

 国語の授業の真相はこんなところだろう。


「力を自分で制御できていない場合、何らかの理由があるはずだが心当たりはあるか?」


「あります。でもこればっかりは解決できないんです」


「青トラとして力になれるなら手を貸したいと考えてる。よかったら教えてくれないか?」


 結城は下唇を噛み、目のやり場に困ったのか視線を左右に彷徨わせた。

 自身の中で話すべきかどうか葛藤しているみたいだ。


「私は他人を信用できないんです。表面上では良い顔をしている人も内面では相手のことを悪く思っている。この力のせいで散々な目に遭ってきました。いえ、散々な目に遭ったからこそこの力が私に発現したのかもしれません」


 人は誰しもが表の顔と裏の顔を合わせ持っている。

 基本的には悪い部分は表に出さないように生活しているが、結城には全てが透けて見えてしまう。

 他人を信用できなくなるのも無理はない。


「結城さんにどんな過去があるのかオレは知らない。だからオレが結城さんに何か言える立場に無いことも理解してる。だけど言わせてほしい。信用できる相手に出会えることなんて長い人生の中でもほんの一握りにすぎない。基本的に人間は自分を第一優先に行動する生き物だ。自分にメリットがあるかどうかを無意識下で判断し、何かを得られる選択肢を選ぶ。オレが思うに信用できる人間っていうのは、自分に不利益なことが起こると分かっていても他人の為に行動できる人のことだと思う」


 自らの命を投げ出して結城を救った灯。

 灯のような人間こそ真に信頼できる人間だ。

 しかし、それは今回の時間軸ではまだ発生していない。


「綺麗事ですね。そんな人いる訳ないじゃないですか。自分が不幸になることが分かっていて他人に救いの手を差し伸べる人間なんてただの馬鹿じゃないですか」


「少なくてもオレはそういう馬鹿を知ってる。結城さんもいつか出会えるはずだよ。もしかしたらこの学校で出会えるかもしれないし、進学先や就職先で出会えるかもしれない。まだ全てに見切りを付けるには早いと思うな」


 過去を、トラウマを克服できない限り、青春特異体質は改善しない。

 思春期が終わる頃と同時に症状が無くなっていくことから、青春特異体質は発症者の心の成長と共に改善されていくのかもしれない。


 ただ、それにはきっかけが必要だ。

 他人との接触を避けている結城は誰よりも他人に興味を持っていた。

 『他人を信用すること』一見すると難しいように思えるが、そのきっかけを作ること自体は難しくない。


 この時間軸で結城の自殺を食い止めれば同じクラスで1年間関わることができる。

 ゆっくり少しずつ寄り添っていけばいい。


 結城は何か言いたげにしていたが屋上に繋がる扉が開いたことで視線を逸らされてしまった。

 結城との接触。

 前回とは異なる行動が未来にどう影響を与えるのか。

 オレはオレにできることを精一杯やり抜くしかない。

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