魔本と異世界開拓! 不思議な本で呼び出す個性的なユニットたちとゆるっと暮らします!(ディルダーナ開拓記)

小龍ろん

第一章

虜囚の話

0. とある虜囚の話

 仄暗い闇の底。神気すら吸い上げる魂の牢獄。

 音はなく。わずかな変化すらない。無窮むきゅうの静寂が支配する空間。


 そこには哀れな虜囚が一柱。

 身じろぎすらせずに瞑目している。


 彼女は、ただ時を待つ。


 滅びの日は近い。

 それでも彼女にできることはない。


 彼女にできること。

 それは、ただ待つことだけ。


「アスタリーゼ様」


 闇の世界に一条の光が差した。久々の来訪者だ。


「フィルダントか。どうした」

「最後の書が戻って参りました」

「そうか」


 彼女――アスタリーゼはかすか頷いた。顎先がほんの数ミリ動いたかどうか、そんな僅かな動きだ。


 だが、それは彼女が久々に見せた動き。世界にとっては大きな変化だ。


「しかし、良かったのですか?」

「何がだ?」


 フィルダントと呼ばれた声は、少し躊躇いの気配を見せた。しかし、問われて沈黙を貫くこともはばかられたのか、観念したように続きの言葉を紡ぐ。


「最後の書に吹き込んだ内容です。あれでは紡ぎ手には何も伝わりませぬ。アスタリーゼ様の苦境も、世界の危機も!」

「仕方あるまい。人の子は運命の束縛を嫌う。今までの紡ぎ手がそうであっただろう」

「しかし」

「良いのだ。我が運命、最後の紡ぎ手に任せようではないか。それで滅ぶなら、それもまた運命。それよりも、そなたたちこそ良いのか? 私に付き合う必要はないのだぞ?」

「いえ。我ら一同、アスタリーゼ様とともに」


 フィルダントの意志は固い。それを感じ取ったアスタリーゼは小さく息を吐いた。


 いや、それはフィルダントが見た幻。彼女は動かない。世界は動かない。僅かな変化さえ許容できないほどに、彼女は消耗していた。


「そうか」


 ただ、ぽつりと一言を返しただけだ。


「アスタリーゼ様……」


 フィルダントの声に混じる悲嘆を感じ取りながらも、アスタリーゼはそれに触れることはなかった。


 彼女にできることは、すでにない。

 ただ、待つのみ。

 物語が完成する時を。


「楽しもうではないか、フィルダント。最後の書の主が紡ぐ物語を」


 そして、願わくば――……

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