ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp @ぷかぷか

Epilogue なPrologue

第1話 もう離婚したい

 青く澄み渡った空の下、カーンカーンと美しい鐘の音が高らかに鳴り響いていた。

 神々の祝福を受けて真っ白にきらめく白い尖塔。それらが立ち並ぶ堂々とした王都教会。何層もの絹とレースで彩られた光沢きらめかしい豪奢なドレスを身にまとい、薄いヴェールを顔の前に垂らす。たくさんの色や大きさの花に囲まれたウェディングロードを教会入り口に向かってしずしずと歩くのがこの私、マリオン・ゲンスハイマー。

 私の手を取るお父様の分厚い手がふるふると震えている。その顔は少し俯き影になって見えないけれども、きっと緊張しているのだろう。なにせ男爵令嬢の私とこの国の第一王子との結婚式なのだから。

 背中の王国民の雑踏からざわめきが上がる。きっとみんな私とウォルター王子との結婚を祝福してくれているのだろう。


 今日は待ちに待った結婚式。最っ高に幸せで天にも登るよう。

 王都教会の前にたどり着くとギギギという重厚な音とともにゆっくりと大きな扉が開かれる。その奥から赤い絨毯の上を歩きながら私のもとまで訪れた王子に恭しく手を取られる。その瞬間、溢れんばかりの拍手が空気を揺らす。

 少女が籠から花びらを撒き、それが風にのって高く舞う。この瞬間が私の人生で一番しあわせなのかもしれない。いえ、違う。これがこれから永遠に続く幸福な人生の第一歩。

 そして『この気持ち』は唐突に冷めた。

 王子がヴェールをあげた時に。


 あれ?

 この人見たことある。見たこと? そりゃああるでしょう。婚約者で冒険をともにした王子なん、だから。

 それからちょっとした不快感。うん? なんで不快?

 2人の間に立った神父が厳かに決まりきった文句を告げる。とても事務的に、あたかもつまらない仕事のように。


「エスターライヒ王国第一王子ウォルター=エスターライヒはゲンスハイマー男爵令嬢マリオン・ゲンスハイマーを妻に迎え、生涯をともにすると誓いますか?」

「誓います!」


 あれ? ウォルター?

 そうだ、ウォルターだ。この顔。やっぱり見覚えが。

 なんだろう、この認識の齟齬は。おかしいな、あれあれ?

 なんでウォルターと結婚式なの? うん?


「ゲンスハイマー男爵令嬢マリオン・ゲンスハイマーはエスターライヒ王国第一王子ウォルター=エスターライヒを夫に迎え、生涯をともにすると誓いますか?」


 なんだろう、ちょっと待って。

 ええと、ええと、何だか記憶がぐちゃぐちゃしている。そしてどこかでみたようなこの光景。

 耳に響くは苛立つ神父の声。


「マリオン・ゲンスハイマー?」


 ふいに風が吹き、もくもくと沸きたった雲で陽が陰る。ここはとても寒々しい。なんだ、何故。何が起こっているの?

 そうだ、空気が、とても冷たい。まだ秋口なのに。それにさっきまではみんなから祝福されていると思っていたのにその表情がチラリチラリと見えてしまった。私たちに突き刺さる視線がとても、冷たい。空気が、薄ら寒い。

 ちょっとまって。

 これはヤバい状況なのでは。


 目の前のウォルターと呼ばれた男だけが能天気にも満面の笑みを浮かべ、神父は眉の間にしわを深めて呆れたような顔をして、ここまで私の手を引いてきた父と思われる男は苦渋に満ちたため息をついた。おそるおそる、更に周りをざっと見回すと、私たちを囲むように立つ列席者たちは酷くつまらなそうな顔。それから憎むようにこちらを眺める視線。その両極端。それらと私の視線が交差した瞬間、慌てて顔を正面に戻す。背中に一筋、冷や汗が垂れた。

 何だ、何が起こっているんだ。妙な、緊張。手指がこわばる。怖い。

 だが先程より強い語気で決断を迫られる。


「マリオン・ゲンスハイマー。答えなさい」

「は、はい」

「緊張しているの? いつもかわいいね、マリー」


 マリー?

 この冷え切った空気を全く読まない、なんだかぽかぽかした馬鹿っぽい声。

 マリーって誰だ。え、ちょっと待って、今何が起こってるの? 本当に。

 ふわふわとカールした金色の髪に宝石のようなコバルトブルーの瞳。目の前のやたらイケメンな王子様感溢れるウォルターの唇が迫ってきて、私の唇にちょんと触れた。


 そしてその瞬間、私は怒涛のように前世を思い出した。そして理解した。

 ここは私がドはまりしていたゲーム『幻想迷宮グローリーフィア』の世界だ。しかもそのエンディングのシーン。しかもこれは、糞面白くもねぇといわれていたウォルタールートのノーマルエンド、だ。

 その瞬間、私は絶望に打ちひしがれた。

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