REQUEST29 愛すべき日常―1
「あっちぃ……」
いよいよ本格的な夏を迎えて、暑さが厳しくなってきた今日この頃。
俺はゆったりとした足取りで、えっちらおっちらと大通りを歩いていた。
とにかく暑い。干からびそうだ。
「この暑い時間帯に、ルルフィの使いっぱしりをする俺。最高にいいお兄ちゃんしてるぜ」
目的の場所は、最近よく通っている花屋さん。
愛する
ふっ。この炎天下の中を行ってこいとは、ルルフィもなかなか酷なことを言う。
ま、朝からずっとソファの上でだらけていた俺が悪いんだけどな。
「お、見えてきた見えてきた」
可能なかぎり日陰を渡り歩いて、ひたすら足を動かすこと二十分ぐらい。
十字路を右に曲がって大通りから外れると、ようやく前方に目的の花屋さんが見えてきた。
人目を引く大きな看板には、[花屋フロースマリナ]と書かれている。
「こんにちは、アメリアさん。今日も暑いですね」
軒先に並べられた花たちに水をあげている女性――アメリアさんを見つけた俺は、片手を上げて声をかける。
「あら、ガウェイン君。こんにちは」
翡翠色の髪を揺らして、アメリアさんはにっこりと微笑んだ。
「毎日暑いわよねぇ」
「はい。ティエーリの夏マジで暑いです」
「あ、そっか。ガウェイン君はこの町の出身じゃなかったものね」
「そうなんすよ。俺の出身地はわりと涼しいんで、夏は一番きついです」
言って俺は、北の故郷――首都アヴァロトに思いを馳せる。
そういやみんな元気かな。しばらく帰ってねぇや。
「ところで、今日はお花を買いにきたの?」
「はい。ちょっと事務所に花を飾りたくて――」
「いいえ、きっとマヤにデートのお誘いよね!」
「え? デート!? いやいや、俺は花を買いに――」
「ええ、ええ! そうよね。みなまで言わなくてもわかるわ! 私はあの子の母親だし、こういうことは面と向かって言いにくいわよね~」
子どものように瞳を輝かせたアメリアさんが、ジョウロを放り投げて駆け寄ってくる。
あ、今さらだけど、ここはマヤちゃんのご両親が営んでいる花屋さんだ。
そして俺の目の前にいるアメリアさんは、もちろんマヤちゃんのお母さんである。
「ちょっと待っててね。今すぐマヤを呼んでくるわ。今は中庭で主人と魔術の練習をしているはずだから」
アメリアさんは早口でそう言うと、良い笑顔で店の奥へと走っていく。
「待ってくださいアメリアさん! お願いだから俺の言うことも少しは聞いて!」
ああ、ダメだ。今日もアメリアさんを引き止められそうにない。
強引に腕を掴んで引き止めてもいいが、彼女は人妻だ。
そういうことはできれば避けたい。旦那であるロイスさんに申し訳ないし。
「アメリア、落ち着いて。ガウェイン君が困っているよ」
「? あら、あなた」
お、これは心強い助っ人が現れた。
丸眼鏡を光らせて、店の奥から姿を見せたのはロイスさん。
アメリアさんの旦那さんで、マヤちゃんのお父さんだ。
「君は本当にマヤとガウェイン君のことになると、途端に周りが見えなくなるね」
「そう、かしら?」
やれやれと肩をすくめるロイスさんを見ながら、アメリアさんが不思議そうに首を傾げる。
ルプスレギオとの一件があった後、体調不良から二週間ほどお店を開くことはできなかったようだが、今では夫婦揃って元気そうだ。
この光景を見ていると、俺も自然と笑みがこぼれる。本当によかった。
「デートのお誘いに来たのだと、ガウェイン君がそう言ったのかい?」
「…………そういえば聞いていないわね。てへっ♪」
可愛らしく舌を出して、コツンと自分の頭を小突くアメリアさん。
ロイスさんは頭を抱えながら、深い深いため息を吐いた。
「悪かったね。ガウェイン君」
「いえいえ、アメリアさんを引き止められなかった俺のせいでもありますし……」
「ははは。アメリアはなかなかパワフルだからね」
俺たちの会話を聞いて、アメリアさんは「パワフルって何よー! もー!」と叫んでいるが、ロイスさんは知らんぷりだ。
「ところでガウェイン君。今日はどうしたのかな? マヤに会いに来たのなら、まだ中庭で魔術の練習をしているけど」
ちなみにマヤちゃんは、来年からティエーリに一つだけある魔術学校への入学が決まっており、その予習として魔術の練習をしているそうだ。
ロイスさんは今でこそ花屋さんを営んでいるが、十数年前に魔術学校を卒業しているらしく、基本的な魔術を何種類か使えるそうで、入学までの間はマヤちゃん専属の先生として見てあげているのだとか。
「花を買いに来たんです。うちの事務員さんが、殺風景な事務所に花を飾りたいらしくて」
よかった。やっと当初の目的が果たせそうだ。
それから俺は、プロである二人に選ぶのを手伝ってもらい、彩り鮮やかな花々を無事に購入することができた。
ルルフィがどんな反応をするか、今からとても楽しみだ。喜んでくれると嬉しい。
「ねぇねぇガウェイン君! 少しでいいから、マヤに顔を見せてやってくれない? きっと喜ぶわ!」
会計を済ませた後すぐに、アメリアさんが鼻息荒く詰め寄ってくる。
「そうですね。せっかくだし、ちょっと挨拶してから帰ります。喜ぶかどうかはわかりませんが」
「ぜっったい喜ぶわよ! さぁっ、私について来て!」
妙に嬉しそうなアメリアさんに遅れまいと、俺はその背中を追いかけた。
まぁ、今日は急ぐような依頼も用事もないし、ちょっとくらい帰るのが遅くなってもルルフィに文句は言われないだろう。
◇
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