REQUEST5 素材調達依頼―1

 紅炎龍と仲良くなったり、ルルフィにこっぴどく叱られたり、色々あったその翌日。


 俺とコノエとハクの三人は、依頼のために朝早くからティエーリを出ていた。

 依頼というのは武器や防具の製作に必要な素材の調達。

 昨日少し話したが、お得意様であるルドルフ爺さんからの依頼だ。



「だんちょ。ワイバーンの気配、感じたよ」



 口調はゆったりとしたものだが、今まさに凄まじい速度で地を駆けている白き大虎。



「三キロぐらい先に群れで行動してる」



 その背に乗せてもらった俺がフカフカの白毛を堪能していると、走りながら横目でこっちを見たハクが教えてくれる。



「おっ、本当か! そいつはよかった!」



 ヴォルカニカ活火山とはそれほど離れていないので、ここのワイバーンまでいなくなってるんじゃないかと心配していた。


 ティエーリの近場(それでも結構遠い)にあるワイバーンの生息地は、ヴォルカニカ活火山とこれから行くコゴルド峡谷しかない。


 もし、この二か所が今後狩場として機能しなくなったら……いや、考えたくもないな。



「よかったね、だんちょ」

「おう! ルドルフ爺さんとこで扱うワイバーン系統シリーズの武器と防具は人気だからな。ワイバーンが狩れなくなったら合わせる顔がなかったぜ」



 手を前に伸ばしてハクの頭を撫でながら、小さく見えてきたワイバーンの群れに視線を向ける。

 いやー、元気に飛び回っていて良かった。



「さてと。今日はちょいと気合い入れて気持ち多めに持ち帰るとするか」



 あ、そうだ。そろそろ後ろのこいつも起こさないとな。

 俺は顔だけ振り向いて、幸せそうに眠っている大精霊様を見る。



「今日も頼むぜ。コ ノ エ さ ん よ!」



 言いつつ人差し指の先で、コノエの可愛らしいおでこを数回小突いた。

 確実に目を覚まさせるため若干強めにな。

 あーあー、俺の背中をよだれでべっちょべちょにしやがって。

 とりあえずハクから降りたら、軽鎧を脱いでよだれを拭かないといけないな。



「ふぇっ? なになに敵襲!?」

「ぎゃあ! やめろお前! 寝ぼけたまま抱き着いてくんな! し、死ぬ! 俺の腹がちぎれるぅうう!」

「うっさいな~。どうしたのよ……むにゃむにゃ」

「お願いだから力もうちょい弱めて!」



 そんな俺たちのやり取りを聞いて、ハクはやれやれとため息をついた。







「うおゎっ!? あ、あぶねぇ! 今、俺あっさり死ぬところだったんですけど!」



 ワイバーンの鋭い牙が俺の軽鎧を削った。

 甲高い金属音がやけに鮮明に聞こえて、首筋に冷たいものが走る。

 痛みはないけれど、なんとなく身体の一部が剥ぎ取られたように感じた。



「おらっ、この野郎! 俺なんか食っても美味しくないから諦めろっての!」



 俺はワイバーンに追いかけられながらも、鞘に収まったままの黒剣――ガラティーンで必死に抵抗を続ける。


 と言っても、カッコよく鞘付きの剣でワイバーンの攻撃を防いでるわけではなく、がむしゃらに振り回しているだけだ。


 え? もっと頑張れって? ンなこと言ったって今の俺にはこれが精一杯なんだから仕方がない。



「うわっ!? こいつら俺の弱さに気づいてたくさんやってきたんですけど! ええい、憎たらしいけど良い判断だぜ!」



 言葉の通り。この華麗とは言い難い戦いぶりを見て、狙いを俺という最も殺しやすい相手に変更したのだ。



「ちくしょうっ! 俺だって剣士の端くれ。やればできるんだからな! やらないだけで!」



 危なっかしくて見ていられない展開が続くが、俺は嵐のような攻撃を巧みに逃げ回る。

 こうしてワイバーン共の攻撃を回避し続ければ、あとは助けを待つだけの簡単なお仕事だ。



「おおうっ! おのれ今度は挟み撃ちってか? なるほどワイバーンたちも考えたな!」



 後ろばかり気にして逃げ回っていたが、ふと視線を進行方向へ向けてみると、そこには低空飛行で正面から俺に突っ込んでくる三体のワイバーンが見えた。



「……」



 立ち止まり静かに目を閉じて、右手をガラティーンの柄にかける。

 しかし、俺の手は震えるばかりでなかなか剣を引き抜くことができない。

 次第に動悸が激しくなるのを感じた。全身から血の気が引いていく。情けない。



「そ、そうだよ!」



 自分自身を誤魔化すように叫んで、俺は震える右手を固く握りしめる。



「この程度のピンチ、俺が剣を抜くまでもねぇ! あの時のアレとかアレに比べればあくびが出るくらいだぜ!」



『立ち止まったままでも死』

『回れ右して引き返しても死』

『このまま突っ込んでも死』



 どの選択肢を選んでも、俺に待っているのは"死"という最悪の結果だ。

 けれども、この手の攻略法は心得ている。そうだ。剣に頼るまでもない。

 どれを選んでも死へと誘われるのであれば、生きる未来へと繋がる選択肢を自分でつくってしまえばいい。


 俺は再び走り出すと、虚空に指で魔術式を書いていく。

 そして、その羅列した光る文字列にありったけの魔力を注ぎ込んで魔術名を叫んだ。



「勝利は我と共にあり! 【勝利に捧げる凱歌カントゥス・ウィクトール】!」



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