うちのケモ耳幼女たちが強すぎるので傭兵団の未来は明るいです

源七

第1章

REQUEST1 絶対絶命

 おもわず頬が緩んでしまいそうな雲一つない青空の下。

 俺、ガウェイン・グラディウスは命の危機に瀕していた。


 どれほどの状況なのかと問われれば、今まで生きてきた十九年間の中でぶっちぎりの一番だと言えば伝わるだろうか。

 とにかく半端じゃないことは間違いない。圧倒的な窮地に立たされている。



「おいぃ! どうすんだよこの状況!」



 俺は耳を塞ぎながら、半ばヤケクソ気味に叫んだ。

 身を隠している岩塊の向こう側からは、大地を揺らすほどの咆哮が聞こえてくる。

 そのあまりに強烈な音圧で、母親譲りの蒼髪がビリビリと震えた。



「なぁ、可愛い用心棒さんたち? 俺の記憶違いでなければ、ドラゴンとか楽勝だしって言ってたよな!? それなのにどうして俺と一緒に岩の陰に隠れてるんだよ!? そろそろ本気出してくださいよお願いしますって!」



 言いながら俺は、自分の両隣に陣取って腰を下ろしている仲間たちに右目を向ける。

 どうして片目だけなのかというと、もう片方の左目は視力がほとんどないため、常に眼帯をつけているから。



「そんなこと言ったってしょうがないでしょっ!」



 紅玉の双眸で俺を睨み上げているのは、我がグラディウス傭兵団の一員であるコノエだ。

 泣く子も黙るきめ細かい肌に、あどけなさが残る淡い唇。


 見た目は十歳ほどのぺったんこ幼女だが、これでも金狐きんこという世界に一個体しか存在しない大精霊様なのである。


 何を言っているのかわからねぇと思うが、これは本当のことなんだ。

 どこがぺったんこなのかは言わないでおこう。命が惜しい。



「アタシたちが言ってたドラゴンてのはね、ワイバーンとかレッドドラゴンのことなのよっ! あんな大きいの・・・・・・・じゃなくて!」

「大丈夫だできる! お前ならできるって! なぁ、諦めるなよ大精霊様!? それにコノエ、お前いつも自分が最強だって言ってるじゃねーか!」

「い や よ! 無茶言うなこのバカガウェイン! アタシだって調子が悪い時ぐらいあんのよ!!」



 ペッターンと倒れている狐耳を小さい手で押さえながら、コノエは俺に向かって叫び返してくる。

 こんな時に言うことではないかもしれないが、こいつの耳って物凄く触り心地が良いんだぜ。



「えっ? 調子悪かったの? 朝からあんなに元気だったのに? 丼飯おかわりしたのに?」

「まだ病み上がりで身体が重いのよ! それくらい察しろよなっ! だいたいね、調子悪くてもお腹は空くっての」



 腰を越えて伸びている癖のない黄金色に輝く髪が、コノエの声とシンクロして逆立っている。

 どうして日頃の手入れを面倒くさがっているこいつがこんな髪サラッサラなのか、いまだにわからない。



「あー、ダルイ。早く帰ってお風呂入りたいわー」



 着崩した黒い装束の胸元に手を添えながら、眉をしかめてボソリと呟くコノエ。


 こいつが着ているのは、この辺では珍しい着物と呼ばれる服だ。

 これは遠い東の島国である雅之国みやびのくにに立ち寄った際に入手したと聞いている。


 店頭に並んでいた当初、着丈はもっと長かったらしいのだが、動きにくいということでかなり短くしてもらったそうだ。


 今では膝上までの丈しかない。これじゃ見た目、短めのスカートとあまり変わらん。



「おいコノエ! 今の聞こえたぞ! 本音ダダ漏れじゃねーか! ンなこと言ってる場合じゃないだろ!」

「うっさいな! アンタ耳が良すぎるのよバカ!」

「さっきから団長に向かってバカとはなんだ!」



 ちなみに、俺たちがどうしてこんな大声で話しているのかと言うと、怒りの咆哮が今もなおこの場で轟いているからである。こうしないと会話もろくにできないのだ。



「ん? おいハク! どうした!? お前まさか、どこかやられたのか?」



 コノエの反対側、俺の左肩に頭を預けたまま応答がない幼女の存在に気がつき、慌ててその華奢な肩を掴んで声をかける。



「おいっ、どこか怪我してるのか? ったく、なんでこんな時に我慢してるんだよ。ほら早く痛いところ見せてみろ! ちくしょうッ! 俺たちの中で唯一治癒魔術が使えるハクがやられてしまうとは。とりあえず今は治癒結晶で応急処置を」

「ん、だんちょ?」



 ラピスラズリを思わせる青い瞳を涙で潤ませながら、ハクは気怠そうに答えると、



「ごめん。少し寝てたの。ほわあぁぁ」



 まるで猫が顔を洗うような仕草と共に、大きな大きなあくびを一つ。

 肩口で切り揃えられた純白の髪がはらりと揺れ、少女の頬を優しく撫でた。

 透けるように白い肌を長い睫が飾り、桃色の唇は艶やかにくねる。


 このハクも簡単に言ってしまうと、コノエ同様に人間族ではない。

 今の見た目のままでは信じられないと思うが、この子はあの有名な幻獣族の白虎びゃっこなのだ。


 神にもっとも近い存在だと言われる大精霊と、幻獣族でも個体数が少ない部類に入る白虎。神聖で高貴な生命体であるコノエとハクが、どういった経緯で俺の傭兵団に所属することになったのか。


 気になる人も多いだろうが、この話は長くなるのでまたの機会にお願いしたい。

 いや別に面倒くさいわけじゃないんだぞ? 今はちょっとゆっくり話している時間がないっていうか、ね!



「うん。お前はそういうところあるよね。知ってた。団長知ってた」



 真っ白な獣毛に包まれたハクの尻尾が、俺の頬をペシペシと叩いてくる。

 痛くはない。痛くはないが、少しばかり鬱陶しい。



「おいこらぁ! モフるぞ!」



 叫びながら俺は、そのモフモフ尻尾に手を伸ばす。



「っ!? うにゃぁぁ~」



 尻尾を握られたハクはやけに艶っぽい声を上げて、俺の肩へとしなだれかかってくる。

 ぐっ! 見た目コノエと同じくらいのくせに、なんなんだよこの妖艶さは!



「むぅ。ハクだけずるい! こーんこん♪ えへへ」



 大精霊様は何を血迷ったのか。

 それを見ていたコノエも、金色の尻尾を俺の顔にスリスリしてくる。



「うぇっくし!」



 柔らかな毛先が鼻先をくすぐり、我慢できずにくしゃみをした。



「だぁー、もう! 俺で遊んでる場合じゃないんだっての! お前ら今のこの状況わかってる!?」

「う、うるっさいなぁ! 今さらジタバタしたって仕方ないじゃんバカ! ガウェインのバカバカバーカ!」

「だんちょ? なるようになる、よ。世界はそうできているの」



 ハクはそう言って、チラッチラと得意げに視線を送ってくる。

 いや、唐突にそんな哲学的なことを言われてもね。ぶっちゃけ反応に困るよね。



「こりゃ本気で俺の人生もここまで、か」



 絶望の色に染まりきった白銀の片瞳を地面に向け、俺は「はぁ」とため息を吐いた。

 絶体絶命の状況の中でも、この自由な幼女たちはいつもと変わらない。



「しっかし、なんで俺たちのことをあんな必死になって追いかけてくるんだ? ああ、やっとこさ傭兵団の経営が軌道に乗ってきたってのに――ん?」



 最後まで言い終える前に、視界の端で違和感を覚えた。ハクの方だ。

 言葉で言い表せないほどの嫌な予感に襲われた俺は、すぐさま虎耳幼女の方に顔を向ける。



「なあ、ハクちゃんや。お前さん一体、そのお腹はどうしたのよ」



 どうして今の今まで気がつかなかったのだろう。

 視線の先には、ぽっこりと膨らんでいる可愛いお腹。



「わかってるくせに。だんちょのいけず。〝ハクたちの赤ちゃん〟、だよ?」



 ポッと頬を淡い赤色に染めたハクは、自身の腹部を愛おしそうに撫でる。

 ん? 今この虎耳幼女さんはなんて言った? ハクたちの赤ちゃん?



「って、ンなわけないでしょうが! 一瞬、ほんの一瞬だけ本気で心当たりがないか考えちまったよ!」

「そんなー。あんなに情熱的に肌を重ねた夜を忘れたって言うのー?」



 それでもハクは自分の嘘を認めるつもりはないようだ。

 感情が宿っていない清々しいほどの棒読みで言い返してくる。



「えぇい、往生際の悪い! そんなら俺が真実を確かめてやるまでだ!」

「だんちょのエッチ」

「うぐっ。よ、よっしゃコノエ出番だ! お前ちょっと俺の代わりに確かめてみてくれ!」

「えー、アタシが? えー、ハクは大切な仲間だしなー」



 岩陰から顔だけを出して周囲の警戒をしながら、実にやる気のない声でコノエは言う。

 しかし、だ。俺にはまだ奥の手が残っている。



「……アズミ屋の油揚げ」

「よーし! ハク覚悟しなさい! 団長様のご命令なんだからねっ!」



 コノエの大好物で買収した俺でさえ、ドン引くほどの手の平返し。

 急にやる気をお出しになられた金髪狐耳大精霊様が鼻息荒くハクに迫る。



「コ、コノちゃんの裏切り者ぉ」

「うぇっへへへ。油揚げ油揚げ油揚げ油揚げ」



 もはや金狐の煌めく紅玉の瞳に映るのは油揚げのみ。

 ハクの非難を込めた視線に全く動じる様子もなく、コノエは仲間の身体をまさぐっている。

 こいつにはもう、ハクの姿が油揚げに見えているに違いない。



「」



 何故だろうか。顔を赤らめてくんずほぐれつやり合っている二人を見ていると、少しだけ変な気分になってくる。



「うぇっへへへ……え」「うぅ」



 幼女たちから背を向けて、一人頭の中で己の煩悩と戦いを繰り広げていたが、コノエとハクの声で現実に引き戻された。

 何か進展があったのだと思い、俺は後ろを振り返って二人の方を見る。



「ん? どうしたんだお前ら。そんな絵に描いたように固まって。んでコノエ、結局ハクが隠していたのはなんだったん……」



 コノエとハクの視線の先にいた"モノ"を見た瞬間、思わず言葉を失ってしまった。



「ハク」

「なーに? 変態さん」



 ツーンと拗ねたように唇を尖らせたハクは、俺から視線を逸らすようにそっぽを向いている。

 こんな状況じゃなければ、その可愛さに少しはドキッとしただろうさ。



「その子はどうしたんだ?」

「さっき木陰で拾ったの。可愛いでしょ? ねぇ、飼ってもいーい?」



 ハクの服の中から姿をあらわし、膝の上に行儀よく丸まっているのは、体長五十センチメートルほどある赤ちゃんドラゴンだった。


 大きさから考えるに、まだ生まれてからそれほど経っていないだろう。

 紅い竜鱗をその身に纏い、「きゅるる」と愛くるしく喉を鳴らしている。


 目の前にいる紅きドラゴンの赤子に、俺たちを追い続けている成体の紅炎龍クリムゾンドラゴン

 それら二つが繋がり、ようやく謎が解けた。


 俺は静かに笑みを浮かべてハクの肩に手を置くと、赤ちゃんドラゴンをひと撫でしてから立ち上がり、



「今すぐその子を元いた場所に返してきなさい! お母さん紅炎龍が怒ってるだろうがぁぁあああああッ!!」



 これでもかと全身に力を込め、天を穿たんばかりに吠える。


 生気を失った目で空を見上げながら、俺はこの後どうやってお母さんドラゴンに謝罪しようかと考える。

 いや、マジで話が通じればいいな……。




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