第五章 ~『夜行性の魔物』~
食事を終えたアリアたちは森を引き返していく。薄暗くなっているため視界が悪く、周囲を警戒しながら進むが、往路と違い、道中で魔物と出くわすこともなかった。
「どうして魔物と出会わないのでしょうか?」
「昼行性の魔物が多いからかもね。暗くなると、活動を停止するんだ」
この森で最も多い魔物は昼行性のゴブリンやオークだ。夜の森は初めての経験のため、活動を潜めている魔物たちが新鮮だった。
「でも夜の魔物は油断できないよ。数は減る分、質は高まるからね……外壁を超えるための門限が設定されているのも実は住人を危険に晒さないための配慮なんだ……もっとも、私たちは自分の開拓地だから、門限を超えてもお咎めなしだけどね」
(つまり夜の魔物を狩り放題ということですね)
魔物は有限なリソースだ。昼はライバルの冒険者たちと奪い合うことにもなる。夜を独占できる有益性を彼女はしっかりと見抜いていた。
「師匠は随分と嬉しそうだね……もしかして夜の魔物を食べるのが楽しみなのかい?」
「……シン様は私を食いしん坊だと思っていますか?」
「すまない、でも食べるんだろ?」
「美味しい魔物がいればですね♪」
アリアは魔石を肉などの素材に変えられる。その能力をシンも知っているからこその質問だった。
「ならカエル肉がオススメだよ」
「カ、カエルですか……それはちょっと……」
肉が美味でも外見が受け付けないため、とても口に入れる意欲が湧かない。
「味は鶏肉に近くてね。ヘルシーだから皇国でも愛好家が多い。カエル以外だと、蠍とかも……」
「虫は絶対に食べませんから!」
知識として蠍が食べられると知っていても、食欲が湧かない。
(どうせ食べるなら以前食べた鹿肉の方が……)
ギンと一緒に食べた肉の味を思い出す。口の中に自然と涎が溢れてきた。
(あれ? でもある意味でチャンスなのでは?)
夜は昼行性の魔物も眠っている。言い換えれば、逃げられる心配がないのだ。ギンの索敵能力があれば、昼には敵わなかった強敵も狩り放題になるかもしれない。
(ある意味で裏技ですね♪)
仮説を検証してみたい欲求に駆られるが、今はシンと一緒だ。次の機会まで待つと決めた瞬間、彼が足を止める。
「師匠、どうやら近くに魔物がいるようだ」
「どうして分かるのですか?」
「微かだけど血の匂いがするからね」
「……人が襲われたのでしょうか?」
「可能性はあるね。もしくは負傷した魔物がいるかだね」
命を落とした魔物は、血が魔素となって蒸発し、魔石として朽ちる。逆に命さえ残っていれば、魔物でも血を流すのだ。
「人が負傷しているなら助けたい。師匠、付いてきてくれるかな?」
「もちろんです」
薄暗い森を血の匂いだけを頼りに駆ける。足場は悪くても、怪我人を助けたいと願う一心で、匂いの発生源まで辿り着いた。
そこで目にしたのは、温泉を共に楽しんだフェアリードラゴンが血を流す姿であった。アリアは駆け寄ると、回復魔術での治療を開始する。
「いったい誰がこんな酷い事を……」
「単純な魔物同士の争いで怪我をしたとは思えないね」
フェアリードラゴンは刃物で裂かれたかのように全身が斬り傷だらけだ。死なないように弄ばれた怪我である。
「知能の高い魔物にやられたか、もしくは人間が犯人だろうね」
「でもフェアリードラゴンはランクCですよ。並の冒険者では手も足も出ない強敵のはずです」
「でもあの人なら……」
「あの人?」
「……ごめん。根拠のない失言だった。忘れて欲しい」
(いったい誰のことなのでしょうか?)
疑問を抱くも、思いつめたように俯く彼に問うことはできなかった。
(駄目ですね。考え事より治療を優先しないと)
回復魔術の出力を上げる。斬り傷は塞がっていき、フェアリードラゴンの顔色が良くなっていく。
「きゅぃ♪」
感謝を伝えるように鳴き声をあげると、フェアリードラゴンは舞い上がる。そして上空で旋回しながら、再び声を鳴らした。
「付いてこいと言っている気がするね」
「誘いを断るのは悪いですし、追いかけましょう」
フェアリードラゴンに導かれるままに、二人は背中を追いかける。この先に何が待つのかと期待し、足取りは軽くなるのだった。
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