第二章 ~『弟子との再会』~
第八皇子のシンと再会を果たしたアリアは、彼の屋敷へと招待されていた。帝都の街外れにある武家屋敷は全体像が把握できないほどに広い。
玄関を超え、屋敷の中の客間へと案内される。採光のための欄間には皇国の守護神である龍が描かれており、壁には掛け軸が飾られている。
畳の上に座敷机と座布団が並べられており、シンから座るように促される。アリアは恐る恐る腰を落とすと、シンはパッと笑みを浮かべた。
「改めて、師匠と再会できて嬉しいよ」
「シン――いえ、シン様こそ立派に育ったようで何よりです」
「私のことは昔のようにシンで構わないが……」
「そうはいきませんよ。シン様は皇子ですから。私が王子を軽んじる非常識な人間だと思われてしまいます」
子供だった頃の彼ではない。彼は多くの部下に慕われ、立派な皇子へと成長している。礼儀は尽くすべきだ。
「失礼します、シン皇子」
シンの部下の一人が襖を開いて、お盆の上に湯呑を乗せて運んでくる。、座敷机の上に並べると、アリアを一瞥した。
「あなたが噂の聖女様ですか……」
「噂の?」
「こちらの話です」
どんな噂が流れているのか、知りたいが怖くて聞けない。黙り込んでいると、シンが苦笑を漏らす。
「こいつは私の副官のカイト。不愛想なところと口が悪いことを除けば完璧な男だよ」
「カイト様ですね、よろしくお願いします」
「よろしく……」
挨拶を終えたカイトはそのままシンの隣に腰掛ける。どうやら出ていくつもりはないようだ。
(少し苦手なタイプかもしれませんね)
鋭い鷹のような目付きと、愛想のない態度のせいで、カイトに対して近寄りがたい印象を覚えていた。ジッと向けられた視線から敵意が混じっているとさえ感じるほどだった。
「師匠はこれから皇国で暮らすのかな?」
「はい。そのための住まいはまだ見つかっていませんが……」
「ならこの屋敷に住めばいい」
「ですが、シン様に申し訳ないですし……」
「気にしないでくれ。部屋はたくさん余っているから。なぁ、カイト」
「はい。それに、ご友人のリンさんは、お誘いしたら、是非にとのことでしたよ」
「リン様らしいですね」
正直、住まいを提供してもらえるのはありがたい話だ。シンの厚意に甘えることを決めると、彼はパッと表情を明るくする。
「また師匠と一緒に暮らせる日がくるなんて夢みたいだ」
「懐かしいですね。昔は四六時中、一緒にいましたから」
「だが師匠は帰還命令を受けて、王国に帰ってしまった……闇の聖女と呼ばれていたようだが、私と別れてから、何が起きていたのか、教えてくれないか?」
「面白い話ではありませんよ……」
アリアは長時間労働を強いられていたことや、公爵に婚約破棄されたこと、休暇を満喫するために皇国を訪れたことを包み隠さずに打ち明ける。
話が進むたびにシンの表情が曇っていくため、申し訳なさを覚えたが、途中で止めることはできないと最後まで伝える。話を終えると、彼の目尻には僅かに涙が溜まっていた。
「師匠、ここにはあなたに労働を強いる人はいない。活力が回復するまでゆっくりしていって欲しい」
「は、はい」
外見は成長したが、心根は昔と変わらない優しいままだ。その事実が理由もなく嬉しかった。
「シン様は私と別れてから、どのような人生を過ごしてきたのですか?」
「私は皇子だからな。次期皇帝となるための教育を施された」
「次の皇帝になれる可能性があるのですか?」
王国では長男が次期国王となる。第八皇子のシンではチャンスすら与えられないと思い込んでいたが、その考えは否定される。
「皇国は実力主義の国だから。最も統治能力に優れた皇子が皇位を継承するんだ」
「統治能力ですか……証明が難しそうですね……」
「一応、ルールは定められている。帝都を除く八つの土地をそれぞれの皇子が治めているからね。期間内に領地を最も栄えさせた者こそ、次期皇帝の座を手にするんだ」
シンは第八領地を治めている。次期皇帝となるため、領地の発展のために邁進する日々を過ごしていた。努力ばかりの毎日だと、彼は続ける。
「あなたは昔から頑張り屋さんでしたからね……」
「私は才能がなかったから。皇帝になるためには誰よりも努力する必要があっただけさ……その努力の結晶である、私の領地にもいつか招待するから。是非、師匠にも見て欲しい」
「ふふ、訪れるのが楽しみですね……あれ? でも領地があるなら、どうして帝都にいたのですか?」
「皇帝から仕事を頼まれてね。仲間と一緒に魔物退治さ」
「領主自らですか?」
「一応、私が領内一の剣士だからね。それに魔物退治の功績に応じて、開拓地が与えられる。私の治める第八領地は狭いからね。新しい土地は喉から手が出るほどに欲しいんだ」
重要な案件だからこそ、領主であるシン本人が帝都へと赴いたのだ。魔物との闘いは危険も多い。心の中で無事を祈ると、彼は柔和な笑みを浮かべる。
「では、私はそろそろ仕事に行くよ。この客間は自由に使ってくれて構わないから」
「ご厚意、感謝します」
礼を伝えると、副官のカイトと一緒に襖を開けて去っていく。静かになった部屋で、彼女は畳の上に寝転がりながら、目を閉じる。畳の匂いが鼻腔をくすぐり、眠気に支配されていくのだった。
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