第一章 ~『海上列車でできた友人』~


 王宮を追放されたアリアは、魔導列車に乗り込んでいた。魔力をエネルギー源として動く列車は海上の線路を走っている。


(綺麗な景色ですね)


 車窓の外には青い海が広がっている。窓側の席を確保できた幸運に感謝しながら、懐から革袋を取り出す。


 この革袋は魔法の力が込められており、魔道具と呼ばれている貴重品だ。実際の体積以上の物を収納可能で、一人旅には欠かせないアイテムである。


 アリアはその革袋の中から、一冊の本を取りだす。駅で購入したガイドブックだった。


(到着まで時間がありますし、これから向かう先の国について思い出すことにしましょうか)


 アリアは王宮を追放されたため、そのまま王国に残り続ければ、トラブルに巻き込まれる危険がある。


 リスクを避けるため、ハインリヒ公爵の影響力が及ばない外国へ逃げるしかないと結論付けた。しかしどの国に向かうかは多いに悩んだ。


 なにしろ王国の周辺には、帝国、共和国、神国など数多くの国家が存在するからだ。どの国にも魅力はあるが、悩んだ末、彼女が暮らしたことのある国を選んだ。


 その国の名は皇国。和装や刀など独自の文化が発展した島国である。


 数年前、彼女は皇国の第八皇子の家庭教師を任されていたことがあった。王国と皇国の友好関係を深めるために渋々派遣されたのだが、皇国での暮らしは満ち足りたものだった。


(皇子は元気にしているでしょうか)


 当時のアリアは教え子の皇子を可愛がっていた。年齢は五歳ほど彼女の方が年上なこともあるが、背が低く、愛らしい容姿をしていたことも大きな要因となっている。


 あの少年が成長し、どのように変わっているのか。今から再会するのが楽しみだった。


「相席よろしいかしら?」

「あ、どうぞ」

「では遠慮なく」


 周囲に空いている席があるにも関わらず、黒髪黒目の女性が向かい合う形で座る。スラリとした体形で、和装に身を包んでいる。


「私はリン。あなたは?」

「アリアですが……何か御用ですか?」

「出会いは一期一会というでしょ。折角、同じ列車に年の近い女の子が乗っているんだもの。話しかけないのは損でしょ」


 リンの年齢は外見からアリアと同世代の二十代前半だと伺える。暇つぶしの相手として選ばれたのだと知り、付き合ってあげることにする。


「アリアは金髪なのね……もしかして王国の出身かしら?」

「はい。といっても辺境の領地出身ですが……」

「謙遜しなくてもいいわ。私も皇国の田舎の生まれだもの」


 リンの黒髪黒目は皇国に住む者たちの特徴でもある。神秘的な外見だと、王国内では黒髪が異性から人気だったことを思い出す。


「リン様は里帰りですか?」

「いいえ、目的は仕事探しよ。こう見えても帝国では名の知れた冒険者だったのよ。拳法使いのリンって聞いたことないかしら?」

「いえ、聞いたことは……」

「王国にまでは広まってなかったのね。私の腕もまだまだね」


 リンは僅かに口角を釣り上げる。どこか嬉しそうでさえあった。


「とまぁ、帝国ではそこそこ名の知れた冒険者としての実力を祖国で活かそうと考えたの」

「皇国は魔物がたくさん出現しますからね。きっと仕事に困ることはありませんね」

「それに皇国は実力主義の風潮が強いわ。優秀な人材を登用しているからこそ、平民の私でもチャンスが巡ってくるはずよ」


 リンは闘志で瞳を燃やす。外国――特に王国や帝国では年齢や家柄が重視されていた。どれほど優秀でも若くて平民では出世できない。だからこそ皇国に希望を見出したのだろう。


「ごめんなさい、そろそろ薬の時間だわ」

「病気なのですか?」

「肺が悪いの。だから一日に一度、薬を飲まないといけなくて……」


 リンは懐から錠剤を取り出すと、それを水もなしに飲み込む。


「肺の病は子供の頃からですか?」

「悪化したのは大人になってからよ。薬や呼吸法を学んだおかげで、何とか命を取り留めているけど、残りの人生はそう長くないわね」

「リン様……」

「だからこそ私は人生を後悔したくないの。前向きに精一杯生きてこその私だから」


 悲壮感は微塵も感じられない。時が限られていても、今を楽しんでいるのだと伝わってきた。


「旅のよしみです。もしよろしければ肺の病気を治して差し上げましょうか?」

「治せるなら治して欲しいけど……どうやって?」

「私の魔術を使ってですよ」


 アリアは右手に魔力を集約させると、彼女の胸に触れる。魔力は癒しの輝きへと変換され、リンの肉体を光の奔流が包み込んでいく。その光が晴れた時、リンの顔色に変化があった。


「肺の違和感が消えたわ……」

「治療しましたから。当然です」

「アリア、あなたはいったい……」

「王国では黒の聖女と呼ばれていましたね」


 その異名に聞き覚えがあったのか、リンはハッとした表情を浮かべる。そして彼女の手を取る。


「ありがとう、アリアのおかげで救われたわ」

「いえ、たいしたことはしていませんよ」

「私にとっては救いだったの。この恩は一生忘れないから」


 王宮ではルーチンワークのように治療していたせいで人を救う喜びを忘れていたが、改めて、聖女の力は人の役に立てるのだと実感する。もう長時間労働はこりごりだが、たまには仕事も悪くないと思えた。


「アリアは皇国に着いたらどこに行くか決めているの?」

「特には。でも行先がないからこそ、人の多い帝都を訪れようかと思っています」

「なら一緒に行動しましょうか。アリアと一緒ならきっと楽しくなるわ」

「ふふ、私もリン様と一緒だと心強いです」


 アリアは旅の始まりで友人ができた偶然に感謝する。列車が鳴らす汽笛も彼女を祝福しているかのようだった。

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