第6話 スネーク・サモナーと魔拳闘家

「あらかじめ召喚の準備をしていたのですね。私の"眼"があまり効いていない……」


 レミリアがその細い顎に手を当てて考え込んでいる。


 彼女はスネーク・サモナーだ。蛇の召喚獣は毒や魔眼を持っていたりと厄介な存在だと聞いたことがある。


 さっきの黄色い眼も蛇の魔眼の力を特性召喚したんだ。だからサメの瞬膜で目を保護しながら戦わないと。視界は悪いけれど、魔眼を直接見てしまうよりはマシだろう。


 俺は簡易召喚でシャークフィストを呼び出す。


「ルルと分断し、先に私を制圧しようと考えたわけですわね……」


 レミリアが俺に向けて腕を向ける。すると数匹の蛇たちが俺に向かって伸びてくる。それを避けてさらに間合いを詰めようとする。


「あまり私を舐めない方がいいですわ」


 レミリアが両腕を振ると蛇たちはしなって俺の背中を打ち、さらには噛みついてきた。


 簡易召喚によるスネーク・ウィップか。鮫肌でガードできたけど、もし毒蛇だったらヤバかったかも。


 俺はシャーク・フィストを解除した。

 そして魔力を流して別の召喚に移る。


 《簡易召喚》オナガザメ! 


 右手の先から鋭く長いサメの尻尾が展開される。

 オナガザメは獲物を狙う際、その長く鋭い尻尾を打ち付ける。ゆえに剣の達人という異名を持つサメだ。


 さらにーー


 《術式付与》斬! 


 斬れ味を良くする魔術式を付与する。


 鋭い剣と化した長いサメの尻尾でレミリアのスネーク・ウィップを切り払う。


 名付けてシャーク・ソードだ。


 さらに追撃しようとした時、背後の海からルルカが飛び出してきた。


「あぁびっくりした! いきなりサメが飛び出してくるなんてね」


 彼女は首をもがれたサメを抱えている。


 は?

 化け物かよ。

 不意打ちで襲わせたのにろくに傷も負っていない。


「驚いたか? マジック・アーマーの耐久力舐めない方がいいよ」


 ルルカの全身を、半透明の膜のようなモノが覆っている。

 あれがマジック・アーマー。多量の魔力で肉体を保護している。魔術と武術を組み合わた魔拳闘家の防御術。


「お返ししなくちゃな」


 ルルカが腰を落として構える。

 彼女に向かってシャーク・アローを放つが、身軽に避けられ、一気に間合いを詰められる。


「《魔龍闘術》波龍拳!」


 ルルカの拳が俺の腹を打つ。

 その衝撃は波紋のように俺の全身に響き渡った。いや、衝撃だけじゃない。ルルカの魔力も波となって俺の身体に広がっている。そのせいで俺の魔力の波が乱れ、特性召喚が解除されてしまう。


 デッキに倒れ伏す俺の首に蛇が巻き付いた。

 レミリアがその真紅の眼で俺を見下ろしている。


 ヤバい。瞬膜の特性召喚が解除されているから、レミリアの魔眼に対して無防備だ。


 レミリアはしゃがみ込むと、強張る俺の頬に触れ、ジッとこちらの眼を覗き込んでくる。


 そして……


「まぁ、なんて綺麗な眼なんでしょう!」


 レミリアはうっとりとした調子で言う。


 は?

 何を言っているんだ、この娘?

 綺麗な眼?


「召喚士の眼は色々と見てきましたけれど、こんな綺麗な空色の眼は初めて見ましたわ!」


 彼女のこの一言でピンときた。

 俺の眼は召喚術を使った時に、色が変化するんだった。確かに自分でも綺麗だなって思ってたけど。この反応は予想外だ。


 呆然とレミリアを見つめていると、彼女の頬がどんどん紅く染まっていく。


「どうしたレミー?」


 ルルカが訝しげに首を傾げる。


「あなた、フィン様でしたわね?」

「え?」

「お名前を訊いていますの」

「あぁ……フィン・アルバトロスだ」


 レミリアは頷きながら俺の名前を反芻する。

 そして次に、耳を疑うような一言を彼女は言った。


「ルル! 私、こちらのフィン様と結婚いたしますわ!」


 レミリアは声高らかにそう宣言したのだ。


「はあああああああぁぁ!?」


 先程までの緊張感はどこえやら、俺は頓狂な声を上げていた。


 結婚?

 どういうことだ? まったく話についていけないんだが!?


「そうか! おめでとうレミー!」


 しかし、なぜか姉のルルカは妹の突然の宣言を超速で理解したらしい。


「そして妹を頼むぞ義弟よ」


 と俺に向かって笑顔でルルカは言う。


 いや、怖い怖い! なんでそんな話になっているんだ?


「ありがとうルル。私、幸せになりますわ!」


 レミリアは少し涙ぐみながら姉の祝福の言葉に感極まっている。


 いや、何だこれ? 新手の呪いか?


「そうと決まれば式の日取りを決めなければ! それと場所は……」


 レミリアはさっさと話を進めていく。いや、このままではとんでもない所に流れ着いてしまいそうだ。軌道修正しないと。


「ちょ、待ってくれ!」


 俺は花嫁衣装について意見を交わし合っているガンネローズ姉妹を強引に呼び止めた。


「話についていけない。なぜ、結婚の話になる。そして俺は結婚に同意した覚えはないぞ!」

「え?」


 レミーが首を傾げる。

 彼女は心の底から俺が何を言っているのか理解できないと言った顔つきをしている。いや、理解できないのはこっちだよ。


 俺がさらに言葉を発しようとしたそのとき、突然周囲に激しい音と共に水しぶきがあがり、衝撃が走る。


「魔弾砲だね」


 ルルカが冷静に見回しながら言う。

 付近にあるいくつもの小島の陰から無数の海賊船が現れるところであった。

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