第2話

 二人はいつ移動した?

 固唾を呑んで見守っていた面々が目を瞠る。瞬きはしていなかった。否、できなかった。二人が纏う空気がそれすらも許さなかったのだ。

 気づいた時にはもう遅く、すでに二人は互いの位置を交換するように立っていた。

 何をやったのかはまったくわからない。ただ、女性は目をまん丸にして男を見つめ、対して男の方は深い笑みをたたえていた。いかつい顔立ちでその表情は、かなり怖い。

 

「……? 今、リチャード様が」

「あー……そういやこないだにやにやしてたなあいつ……これか……」

 

 場違いなほどにのんびりした声が、侍女と執事から聞こえてくる。まるで『今日の献立はいつもと一品違ったものがありましたよ』みたいな、そんな声が。

 

「なるほど……お嬢様が可愛らしく喜びそうですね」

「前から思っていたけど、なんで喜ぶんだよ」

 

 世間話でもしているような会話に、周りの奇異な視線が集まる。

 まさか今の動きが見えたとでも言うのだろうか? そもそも今の動きを見て──見てもわからなかったが──なぜそんな自然な会話ができる?

 

 まるで異質なものを見るかのような周りの視線は、またもや聞こえてきた爆音に向けられた。

 

 いつの間に剣を抜いたのか。軍刀と細剣が鍔迫り合っていた。

 互いに一歩も譲らない。

 見た目では体格に勝る上に、剣の重量も重そうな軍刀が明らかに有利と思われたが、捌きか重心か、はたまた別の何かなのか。華奢で脆弱とも言えそうな女性の細腕と細剣が、見事な受けを取っていた。

 

 ぎちぎちとにらみ合いと押し合いが続く。

 ふと、女性が力を抜いた。するりと受け流された軍刀は空を切り、細剣の柄部分が男の鳩尾部分に突き込まれる。

 

 ファーストアタックか、と思われたが、腕部分でしっかりとガードされていた。分厚い筋肉に阻まれたことで、たいしたダメージはなさそうに見える。

 さらに、かわされたはずの軍刀だったが、空中、ありえない軌道を描いて女性に襲いかかった。通常であれば骨が、筋肉が悲鳴をあげてもおかしくない動きだ。

 だが、こちらもなんら動じることなく細剣で受け止められていた。柄での攻めと受けが一体となっている。

 

 地を滑った二人が再び距離をとった。

 その表情はどちらも笑顔──男の方は、『笑顔か?』と言われると少々疑問だったが、凶悪な笑みとも言えなくもないくらいには上機嫌のように見える。

 対して女性はというと、見るものが心奪われるような可憐な笑顔だった。愛し愛され、紆余曲折ありながら大団円を迎える、そんな観劇を見ているかのような、年相応とも思える花が咲くような笑顔である。構えているのはそんな世界とは程遠い、抜身の細剣だったが。

 

 続いて男の周囲にいくつもの丸い、光の粒のようなものが浮かび上がった。

 くるくると周りを回転したあと、女性に向けて飛び放たれる。

 連続して向かってくる光を、細剣が打ち払っていく。剣の動きは見えない。まるで女性の周りに透明な壁があるように、一つずつ叩き落されていった。

 

 最後に特大の光球が放たれたが、今度は打ち払おうともせず、真正面から受け流す。細剣にも魔力が込められていたのか、光球を受け流す際に強く明滅した。

 受け流された光球は上空に飛んでいき、ついには消えてしまう。

 残されたのは、可愛らしくどやっと大きな胸を張る女性と、通用しなかったことに落胆の色も見せず、まるで防がれることを予想していたかのような男の笑みだった。

 

 再びごくりと誰かの喉が鳴る。その直後、女性の姿が消えた。

 『え?』と声を出したのは誰だろうか。その声と同時に、上空から氷の柱が幾本も降ってきた。王宮のそれとも思えるような、太く、長い氷の柱が。

 

 空を見上げると、コートの裾をたなびかせる女性の姿が目に入った。

 どうやら魔法を使ったようだが、こんなレベルは見たことがない。王宮に仕える魔道士なら、この大きさは実現可能だろう。だが展開が早すぎる。通常なら、これだけの魔力を込めるにはかなりの時間を要するはずだ。

 それをごく短時間で、無詠唱とも言えるくらいの速度で扱かっていること自体が、驚愕に値した。

 

 魔法の効果か、周囲の温度が急激に下がったように感じる。見守っていた何人かが、ぶるりと肩を震わせた。

 氷柱はターゲットを正確に狙うが、動じる素振りも見せずにバックステップでかわしていく。見た目からは想像もできないような身軽さだった。

 

 だが、男を囲うかのように、さらなる氷柱が何本も顕現した。逃げ場を無くすかのような数だ。

 あんなものに当たっては、と心配するギャラリーをよそ目に、男は冷静に魔法を紡ぐ。これもまた無詠唱レベルで編み出されたのは獄炎。ただの炎ではない。所々に黒色が混じっていた。

 

 炎と氷がぶつかり、どじゅう、という音が鳴る。それと同時に、重たい衝撃と大量の水蒸気が発生した。

 咄嗟に盾を構える者、防御壁を唱える者など、まるで奇襲を受けたかのような混乱が場に生まれる。

 

「落ち着け」

 

 最初に合図を出した金髪の青年が静かに、だが力強く、周りに浸透させる。

 頼もしいその声を聞き、混乱は徐々に落ち着きを見せていく。水蒸気で二人の姿は見えない。

 

「お、しかけるな」

 

 執事服の男性がそう言った。

 『なにを?』と誰もが思ったが、すぐにその答えが目の前に光景から与えられる。

 

 何本もの煌めきが映った。

 線のようにも見え、円のようにも見える『それ』はもう一つの『それ』とぶつかり、激しい金属音が断続的に鳴り響く。

 

 直後、衝撃と爆風が辺りを襲った。

 その衝撃に耐えきれなかった何人かが、ごろごろと転げ回ってしまった。

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