第23話 日の出

 まだ聞きたい。

「なんで――」

 こんな遠くの場所に? と、続けるつもりだったが、天音は止まった。

 今知った。

 日の出だ。

 灼熱のオレンジ色が、両手を広げて迫ってくる。

 境界線は触れば火傷しそうなほどの勢いで、ごうごうと燃えていた。

 全身の寒さを忘れる。

 足と腰の痛みを忘れる。

 ただ目が、ただ意識が、ただ心が、奪われた。

 文字以上に、奪われていた。

 何秒、何分、何十分、いや何時間囚われていたのだろう。

「そろそろ、話しかけてもいいか? ゴミガキ」

 そう言われてやっと、寒さを思い出した。

 綾文さんの方を向く。

「アレをな、見せに来たんだ」

 綾文さんは、ぼやくように続けた。

「あたしのお気に入りさ。まあなんだ。ただの贖罪しょくざいだよ」

 初対面で拘束したのを反省したのだろうか。だとしたらお詫びとしては過剰なのだが。

「うちの姉が、迷惑かけたな」

 ……。迷惑。

「姉ちゃんはどうだった? やっぱりクソだったか? いや、思い出したくもねぇか」

「最高の母親でした」

「――!」

 綾文さんは、太陽みたいに目を丸くする。

「尊敬してました」

「……なんで?」

 綾文さんの声は優しい。

「いつも、頑張ってて、一生懸命で」

「うん」

「変に律儀で、信念みたいなものを持ってて」

「そうだな」

「母は、貰い物を大事にする人で、ちっちゃい頃に渡した時計を今でもちゃんと使ってくれてて」

「喜んでたよ」

「っ、そうですか」

「……」

「……」

「……」

「大好きでした」

「……」

 そこで、止まる。

「もしかしてさ。お前、姉ちゃんが捕まって、悲しんでくれてるのか?」

「……」

 複雑だ。一色の感情じゃない。でも、

「普通じゃ、ないですか?」

 確認した。

 無いわけがない、はずだから。

「……そっか」

 頭をかき回してくる。特に抵抗はしなかった。

 綾文には逆らえないし、多分一生嫌いにもなれないだろうと、天音はこの時に思った。

 あまりにも、母に似すぎている。

 優しかった、昔の母に。

 だからこそ。

「母親代わりは要りませんよ?」

「――くはは。器じゃねえよ」

 綾文さんは立ち上がって、日の出に近づく。

「もうちょい見てくか?」

 天音は、首を横に振った。

「学校、行きたいです」

「そうか。んじゃあ五分くらい待て。あたしは見る」

 従う。


 くるくるボサボサした髪を、ぎゅっと縛ったポニーテール。鋭い目をした、お姉さん。


 それが綾文さんで、母親ではない。


 いつの間にか、空は青い。

 好きな空だ。

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