虚空のディストピア

橘 はさ美

第1章

第1節 〜施設脱出編〜

第0話 遠い夢

「ハァ、ハァ⋯⋯」


ぐらつく意識を懸命に繋ぎ留め、呼吸を荒らげながら壁沿いにフラフラと歩く男。


緋奈ひな⋯!どこだ?緋奈!?」


至る所で火災が発生し、通路は煙で視界が著しく悪い。

男は、血眼になって探していた。

見つけださなくては。救わなければ。

もはや正気は保っていなかった。


⋯⋯建物の奥の方から、銃の発砲音が複数聞こえる。急がないと⋯彼女の命が危うい。


「⋯!そこか!緋奈!」


手を伝いながらも、急ぎ足で向かう。

そして武装した集団が、男を襲う。


「クソッ、クソッ!!DAのヤツらがッ!鬱陶しい!!」


敵が放つ全ての銃弾を跳ね返し、正確に額を狙い殺す。圧倒的な蹂躙じゅうりん。無意識に行っているこれらも、数々の修羅場を潜り抜けて来た努力の賜物たまものだ。


「⋯っ!緋奈!大丈夫か?!」


ガラスの散らばる通路の壁にもたれかかる少女。

その華奢きゃしゃなら体の至る所から、鮮血が流れていた。

急いで歩み寄り、抱き抱える。


「⋯⋯れ、怜⋯わた、しは、いいから⋯」


誰が見てもその状態では、もう長くはない。

そして、最後の力を振り絞り、言葉を振り絞る。


「あ、あな⋯ただけで、も⋯生きて⋯!」


「そんな事出来る訳がねぇだろっ!」


「お前も生きて帰って、みんなにまた顔見せるんだよッ!!!!!」


少女は男の胸にそっと右手を当て、最後に「ふっ」と微笑み、そして、たおれた。

男の腕の中で少女は眠った。


「⋯⋯ッ!!⋯っっ緋奈ぁぁぁぁあああ!!!!」


「⋯⋯いらねぇよ、お前の能力なんて」


ぐっと涙を堪え、少女の頬をそっと撫でる。

やり直そう。もう1回。緋奈の居ない世界なんて、無くていい。望まない。


男は傍に落ちていたガラス片を持ち、その手で自分の喉を掻っ切って血みどろの中で息絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る