第17話 母親

 ベイエリアは商業区として開発され、色々な店が建ち並んでいるし、博物館などもあり、観光客向けの地域だ。

 そこを班に分かれて、集合時間まで自由に過ごす事になっている。

 何気なく見ると、城崎先生はあくびをかみ殺してさっさとカフェの野外テーブルに向かっていた。

「そういう人だよな」

 俺と勇実と百山は、思わず苦笑した。

「どこ行く?」

 俺たちの班は、勇実と百山、それから一谷という少しチャラいやつと、西村というやつ──こいつはいつかの腐男子だった──、クールな感じの黒川、明るい叶の7人だった。一谷と西村と黒川と叶は、軽音楽部でバンドを組んでいるそうだ。

「この先でドラマの撮影をしているそうでござるよ」

 ワクワクとしている顔で西村が言い、じゃあ手前の店を覗きながら歩いて行って撮影を見て、それから博物館へ行こうという事になった。

「何かお土産買いたいんだけどなあ」

 百山が言うのに、俺も言う。

「ああ、俺も。春弥が買ってこいって言うんだ。遊園地の土産物を買って来るからって」

 それに勇実が笑う。

「春弥が言いそう。で、キーホルダーとかじゃ納得しなさそう」

 どうすりゃいいんだ。

 そんな風にわいわい言いながら、俺たちのクラスは散って行った。


 小さなボトルの中に青い重水と水とヨットが入っている置物を買った。この前春弥が夏休みに南の島に行きたいとか言っていたのを思い出したのでお土産はこれにしよう。

 ふと、隣にあるカモメの焼き印のまんじゅうが目に入り、遥さんはこういうバニラ風味の白あんのまんじゅうが好きなので、それを家用に買う。

 それからも店を冷やかしながら歩いて行くと、人だかりが見えた。

「あそこか」

 一谷がどこかワクワクしたように言う。

「さあさあ行くでござるよ」

 西村にせかされ、そこに近づいていくと、人垣の向こうで、もめているのがわかった。

「骨折じゃ弾けないでしょう?誰かいないの」

「もう、誰でもいいから弾いてるふりをさせておいて、音を後で入れるしかないんじゃないか。そうたいした役でもないし」

「ここでバイオリンを弾くだけの役だからねえ」

 スタッフらしき人たちがそういうのに、その場で女王然として立つ女優が異議を唱えた。

「冗談でしょ。そんな滑稽なの、ごめんだわ。そんないい加減なドラマなら、私は下りるわよ」

「ま、待ってくださいよ、畠田さん」

 慌ててスタッフが追いすがり、現場は混乱している。

 どうもこの場でバイオリンを弾くはずだった人が急なけがで弾けなくなったらしい。どういう場面かはわからないが、ここで弾くというのが大切なのか、女優はこだわっていた。

「行こうか、撮影してないし」

 そう言って皆をせかして離れようとしたが、西村たちが猛烈に反対する。

「いやでござるよ!せっしゃ、主演の畠田香子の大ファンなのでござる!」

「俺も見たいかなあ。どうなるのか興味ないの」

「叶の言うとおりだぜ。女が困ってたら助けてやりたいのはやまやまだけどな」

 一谷がスタッフや出演者の女の子を見定めながら言うのは、あんまり信憑性はない。

 黒川は声を聞いたことがあまりないくらいしゃべらないが、今は食い入るように畠田香子を見ている。

「うわあ、どうしよう」

 俺は呟いた。

 事情があって、俺はここを離れたいのだ。

「柊弥は興味ないの?」

 百山が言い、勇実が

「あ、ばか、声が大きい」

と慌てたところで、視線を感じた。

 やばい、と思うと同時に、畠田がこちらにつかつかと歩いてくるのが見えた。

 勇実も隣で頭を抱えているが、百山はきょとんとし、ほかの皆は興奮していた。

「いたじゃない」

 畠田が言うのに、スタッフが怪訝な表情を浮かべる。

「柊弥、まだ弾けるんでしょう。あなたが弾きなさい」

 俺は皆から驚きの視線を受け、天を仰いだ。しかしスタッフは逃がしてはならないとばかりに、俺を人垣から中へと引っ張り込み、班の皆はちゃっかりとそれに続く。

「柊弥?えっと?」

 百山が訊くのに、小声で答える。

「母親なんだ」

 知っていた勇実以外、驚きに叫び声も上げられない様子だった。





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