第6話 生徒会長業務
砂野砂金は元来、望んで誰かに何かをする人物ではない。
だが砂金は生徒会長をしている。
それには大きな理由がある。
「クッ……、かってぇ……」
「残念だったな。『生徒会長の加護』を甘く見ないほうが良い……」
砂金は自身の胸板に拳を突き立てた男子生徒を悠然と眺めていた。
男子の腕からは光る蒸気が溢れているが、砂金からはそれを遥かに超える量の蒸気が立ち上っている。
「『生徒会長の加護』は対象の『
ゆっくりと砂金は右手を天に向ける。
桃色の蒸気が立ち上り、洗練され、刀を形作る。
数瞬もしないうちに、蒸気刀は男子を一閃し、『致命加護』が発動した。
砂金とトウカの勝利を告げるブザーがなる。
なんとか勝利しえた砂金はフゥーと大きな息をついた。
砂金は特別な才能がない。
だから『
だが砂金は父親からランキングでトップになるように言われており、それに対する砂金の苦肉の策が『生徒会長』なのだ。
この学園は校内の役職により、特別な能力加護が付与される。
生徒会長が得られるのは『生徒会長の加護』というほんの少しフレアが強化されるというも
の。
砂金は才能溢れる生徒の中、少しでも学年一位の座に近づくために、そんなわずかな特典にも縋ったのだ。
そして、そのような邪な理由で生徒会長になったからこそ
「田中先生。今度の体育祭のチラシの件なんですけど」
「なに? 模試のヤマを教えて欲しい? 仕方ないな……」
「来週予定されている被災者支援の募金活動の件だが当初開催予定だったスーパーは迷惑で」
「生徒会で余っているクーポンがあるなら譲って欲しい? 構わないが……。君、一体何に使うんだ……? あぁ、デートか。おぉ、上手くいくと良いな!」
罪滅ぼしのために馬車馬のように働いていた。
「すっごいわね……」
砂金が頼まれてもいない面白いと噂のデートスポットまで地図を示し教えているのを眺め、ポツリとアイは呟いた。
「前から砂金はこんなんよ。何もない時はひったすら働いているわ」
そもそもこの学園。
カップルを作ることを校是としているためやたらとイベントが多く生徒会の仕事も多い。
先ほどの体育祭だって、パン食い競争が吊るしたパンを食べるのではなく、『あ~ん』で女子から食べ物を食べさせられるという謎ルールに改変されている。
また既に両思いだろうが何だろうがランダムデートマッチングで他の人とデートさせるので、トラブルも非常に多い。ひじょーーーーに多い。
これに対し生まれたのが風紀委員である。
風紀委員はトラブルの解決を任されている委員会だ。
恋愛方面の風紀は欠片も取り締まらない特殊な風紀委員だ。
スカートがいくら短くても、髪をいくら明るく染めようと、彼らは取り締まらない。
彼らが取り締まるのは、物を取られた。物を壊した。などの犯罪まがいの案件ばかり。
一方で生徒会にも相談は来る。
風紀委員が物理的な『トラブル・事件』を解決するので、生徒会に舞い込む相談とは多くが
「振られてしまいました。立ち直り方を教えて下さい……」
こういった『心の悩みの解消』である。
坊主頭の野球少年が生徒会室に訪れたのは、昼休みの事だった。
「ん? どういうことだ。今度こそ落とす方法じゃなくて、立ち直り方なのか」
砂金は昼休み、生徒会室か自教室で過ごす。
最近はアイとトウカが口論になるので生徒会室にいることが多くなっていた。
「そうよ! 諦めるのは早すぎるんじゃないの?」
アイが弁当を食べるのを中断しビシッと少年に喝を入れていた。
「あ、小豆川さん……。それに柊さんまで……!」
校内随一の美貌の二人を前にし少年は顔を真っ赤にし俯いた。
トウカは興味なさそうに買っていた総菜パンにかぶりついていた。
女子がいると恥ずかしいだろうと完全に空気になることに決めたらしい。
「ま、まぁ……諦めてはいませんよ。でもとりあえず今は立ち直り方が知りたいんです」
「べ、別に良いが。にしても失恋からの立ち直り方とは、初めての案件だな。どうすればいいんだろうな。少し考えさせてくれ……」
砂金が腕を組んで考え込むと、少年は愕然と言った風に目を見開いた。
「え!? 立ち直り方知らないんですか……!? 会長なら、『二十回以上』振られた『失恋会長』なら知ってると思って頼んだのに……!」
それを聞いてソファに座っていた二人の女生徒が腹を抱えて笑い出した。
「ヒヒッヒ……。す、凄い切れ味……ッ!」
「ア、アイ! アンタが事の発端なのよ……ッ! にしてもこれは……」
二人の反応に砂金の視線がサァーっと暗くなる。
「ところでお前、名前は?」
「日比野太一、一年です」
「日比野か。……『覚えたぞ』」
「え!?」
砂金の怨念の籠った視線に泡を食う日比野。どうやら他意はないようだ。
仕方ない。砂金は再び目を瞑って考え込んだ。
だが昼飯を中断しいくら考えてもどうやって立ち直ったのかなど分からなかった。
そもそも立ち直ってない説が濃厚である。
トウカとアイの仲が良いせいで日常生活でアイは不意に現れて、その研ぎ澄まされた刃で切り付け去っていく。通り魔みたいな奴なのだ全く。
「傑作~~!」
涙を浮かべ腹を抱え笑うアイ。
何もそんなに笑うことないじゃないか。
なんなら今だって傷ついている。
(そうか……)
だからこそ辿り着いた答えがあった。
――この依頼は前提から間違っている。
「残念ながら君の依頼には答えられないな」
「え?」
突然の否定に少年は目を丸くした。
「なぜなら本当に君が相手のことを好きなら、何かをすることで『立ち直る』なんてことは無理だからだ。多少は慣れることは出来るが今だって俺は振られると悲しい。もし何かすることであっさり『立ち直れる』ならそれは君が相手のことを大して好きじゃないってことだ」
砂金の理論にトウカとアイはホーっと感心したように声を上げた。
「だから俺は君が聞いた『失恋からの立ち直り方』は教えることが出来ない。それが返事だ」
「そ、そんな……」
勇気を振り絞って訪れたにも関わらずにべもなく断られ少年は肩を落とした。
呆然と溜息をつく少年。砂金は少年に自分を重なり自然と笑みが零れた。
「だが俺は失恋の悲しみから『気を紛らわす』方法なら教えることは出来る」
そう、この依頼は大前提が間違っている。
少年は今自分が打てる手を勘違いしていたのだ。
立ち直る方法はない。
しかし事実を受け入れるまでの痛みを出来る限り和らげる事は出来る。
彼は『気を紛らわす』方法を尋ねたかったのではなかったのだろうか。
どちらにしても砂金に教えられることはそれだけだった。
「ぜ、是非! 是非その方法を教えて下さい先輩!」
少年は砂金の手をガシィッと掴みせっついてきた。
ういやつういやつ。
砂金は誇らしげに胸を反らした。
「仕方ない。数多振られてきた俺がとっておきの気の紛らわせ方を教えてしんぜよう」
そこからは砂金の独壇場だった。
なにせこの一年で二十回以上振られている。
振られることに関しては達人の域であった。
「そうだな。空白の時間を生まないことが基本なんだ。本を読め。映画を見ろ。うちの図書館で映画も本も借りられるぞ。寮に住んでるんだから長い時間友達といろ。あと、そうだな。これは俺のお勧めなんだが、世界遺産の映像が流れ続けるドキュメンタリーを見ろ。あぁいう美しい自然や建造物を見ると、自分の失恋なんてちっぽけなものに見えてくる」
「自分が振った人の気の紛らわせ方を聞くのは複雑な気分ね……」
砂金が得意げに伝授しているとアイとトウカはドン引きしていた。
一方で日比野はメモを取り出し砂金の言う事を必死に書き留めていた。
だが砂金は言っていて、さらに伝えるべきことがあることに気が付いた。
この学園では、ただ気を紛らわすだけでは済まないのだ。
「でもな、日比野君。この学園は普通の学園ではない。月に二度、告白しなければならない。また程なくして落ち込まなくてはならない時が来る。だから結局すべきことはやはり次の告白会までに自分が何をするべきか考えることだ。気を紛らわすことは二・三日に留めておいて、現実と向き合い方法を模索するべきだ。向き合うのはきついかもしれないが、誇っていい。それは君がそれだけ相手のことが好きだったという証なんだ。好きなら好きなほど、振られると落ち込むんだからな」
砂金が身を乗り出し少年の肩を軽く叩くと少年はコクコクと頷いた。
「頑張れよ」
「はい!」
砂金が少年を応援しているとアイが悪い顔をして立ち上がった。
「ふ~ん。砂野君? この前の告白会、どういう訳か私が振ったことになってるけど……」
ニヤリと含み笑いを作りアイがにじり寄ってきた。
そしてアイは砂金に近づくと囁いた。
「あの時、悲しかった?」
「そ、そりゃぁまぁ……」
あの日、砂金は深夜遅くまで泣き続けた。
あの時のことを思い出すと今も若干涙が溢れそうになるほどなのだ。
砂金が即答するとアイはいたずらが成功した子供のような得意げな笑みを作った。
「ということはそんだけ私の事好きなんだ……?」
「ッ?!」
砂金が息をのむと、すこぶる満足そうなアイの笑顔があった。
確かにそうだが……この角度での突かれ方には慣れていない……!
「いや! それとこれとは……ッ」
「ゴマかさなくても良いのよ~? 砂野君は私のことが好きなんだもんね~」
予想外の方法で暴かれた本心にしどろもどろになっていると、アイはそんな砂金の頭を撫でた。
「可愛い~~~~ッ!! そんな好きなら毎日告ってくれても良いのよ? 朝会って告白されてお昼に告白されて帰り際告白されても良いわよ?」
どんだけ振り倒す気なのだろう。
砂金はいっそ猟奇的とも言っていいS性に気絶しそうになる。
気が遠のく中、トウカが猛然と立ち上がった。
「ちょ、ちょっとアイ! 砂金から離れなさい!」
「え、でもトウカ、あなたは砂野君のこと好きじゃないんでしょ? なら私が砂野君に何したっていいじゃない」
言って、キスでもしそうなほどアイが口元を近づけて来た。
アイの顔面が目の前にあり、アイの息が口に入る。
「ねぇ、砂野君?」
「ままままままっまま、まあ、まあ確かにトウカと俺の間に特別な関係はないが」
最接近され砂金は頷くことしかできない。
うわごとの様に言葉を紡ぐと応接室においてあったメモ帳が飛んできた。
「ヒブッ!」
顔面でメモ帳を受け止め苦悶の声を漏らす砂金。
「だ、大丈夫砂野君? ホントにあの野蛮人は手に負えないわね……」
「コラ! アイ! あなたここまでが計画なのね!?」
「ふーん? 何のことかしらぁ? あ、そうだ。私、この後用事あるのよ。またね砂野君!」
投げキッスをし颯爽と去っていくアイ。
荒らすだけ場を荒らし去っていくアイにトウカは大きな溜息を漏らした。
「……」
「な、なに……」
見下ろされたじろぐ砂金にトウカはハンカチを差し出してきた。
「……ゴメン。物投げて。怪我はない?」
「ま、まあそりゃあな」
赤面し腕を組むトウカからハンカチを受け取る砂金を日比野少年は不思議そうに眺めていた。
生徒会に舞い込む依頼とはこのようなものだ。
多くが生徒の悩みの解消である。
そして砂金の問題解決能力は割と高く評価されていた。
「砂金には、問題解決能力があるのよ」
トウカは砂金が問題を解決した後、しきりにそう言う。
しかし砂金にしてみれば勘違いも甚だしい。
砂金だからできるわけではない。
砂金じゃなくても解決出来るし、彼らが砂金に頼んできたのは砂金が生徒会長だからだ。
誰も砂金に特別な才能など見出していないし、砂金も後ろ暗い感情から必死に働いているに過ぎない。
「やるわね。砂金」
今日も今日とて生徒の悩みを解決し、依頼人が去っていくとトウカはそう言った。
「や、今回のは骨が折れたけどな……」
砂金は大きく伸びをし、アイも結構重かった今ほどの依頼に疲れ切っていた。
「……コーヒー入れるわね」
疲労困憊の役員を労うべくトウカが席を立とうとしたとき、その男は入ってきた。
「あの、相談があってきたのだが……」
黒髪短髪の好青年。黒曜石の様に黒いハッキリとした瞳をした少年。
『自信のない自分のつがいにスキルを発現させてほしい』
そんな風変わりで、今日からしばらく砂金達を悩ます議題を持ち込む同学年の男である。
「アレ、九重竜彦(ここのえたつひこ)君か……」
現れた男に砂金は目を見開いた。
九重達彦、巷では『完璧な男』と称される男である。
話は今日の昼に遡る。
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