第4話 トラブル
「げ、なにあれ……」
それは『神ノ山』に帰る道すがらのことだった。
『神ノ山』を昇るロープウェイ乗り場に向かう道中、二人の女性が複数の男性に囲まれているのを発見したのだ。
見つけたのは町の中心を通るメインストリートから外れたボーリング場の裏。
もう夕闇が落ち始める町中で大の大人が女性を囲んで何やら言い合っていた。
人通りは少ない。
例え通った人も事なかれ主義で素通りしていく。
「あぁ言うの。私絶対許せないのよね?」
そしてこの光景に完全にアイのスイッチが入った。
砂金が止めるのも無視してアイがずんずんと現場に向かい始める。
完全に瞳孔が開きお怒りである。
近づいていくと男たちの声が聞こえてきた。
「なぁ、俺たちと今から飯行こうぜぇ!?」
「で、でも私たちもう電車で発たないと帰れないんです……」
抵抗する女性たち。だが男達は構うことなく、むしろ好都合そうに声を弾ませる。
「おいおいこのまま行ってどうする? 喧嘩する気か!? 警察呼ぼう!」
「喧嘩になっても大丈夫よ。私を誰だと思っているの?」
「でもここは『みおろし町』! 『神ノ山』じゃないんだぞ!? 山から下りたら能力は殆ど使えないッ!」
砂金達が有する能力は『神ノ山』の恩恵で発現する物だ。
『神ノ山』でしか行使できないし、下山してしまえば距離が離れれば離れる程その力は急激に減衰していく。
砂金は夕焼けを一身に浴びる『神ノ山』を仰ぐ。
見上げればすぐそこにあるが、入山口のロープウェイ乗り場はまだまだ先だ。
これほどの距離があってはもう殆ど能力の恩恵は受けられない。
危ないとアイを制止するがアイは砂金の手を振り解いて、突き進んでしまった。
「なら能力無しでなんとかするだけよ!」
そう、言い残して。
「ちょっとアンタらいい加減にしなさい?」
砂金の静止を振り切るとアイはあっという間に当該集団に到達し、背を向ける不良たちに声をかけた。
「その子たち嫌がってるでしょ? 早く帰してあげて?」
「ハッ! ちんちくりんのガキに何言われても響かねーだろうよ!?」
一方で振り返った男たちは現れたのが痩身な少女で高笑いをした。
「ガキにはまだ早い交渉をしてるんだ。さっさと家帰って糞して寝な嬢ちゃん」
「大人ぶった大きな子供に諭されても響かないわね?」
売り言葉に買い言葉。
女社会を一人で生き抜いてきたアイは弁が立った。
「糞して寝なって何? 決め言葉のつもりかしら? だとしたらそんなカビの生えたセリフ今も使っているアンタは骨董品ね。どうせアレも役に立たないんだろうし、見え張ってないでさっさと帰って寝ていなさい老害のクズ」
そこでアイは言葉を区切ると親指を立てて自分の後ろを差し
「チンピラ・ゴー・ホーム」
煽る煽る煽る。
物陰で見守る砂金の心臓が止まりそうになる勢いでアイは煽り立てていた。
そして案の定相手の中にも堪忍袋の緒が切れた者がいたようだ。
ガタイのいい男が一人アイの元にやってくると耳元で囁いた。
「ガキが調子乗るんじゃねーぞ?」
右手でアイの頭を撫でる。
そう見せかけて、右手に隠していた砂をアイの頭に刷り込んでいく。
パラパラと無数の砂が俯くアイの顔から零れていく。
砂金のいる場所からはアイの表情は読み取れない。
だが顔を俯かせるアイは明らかにキレていた。
「……」
つかつかとリーダー格の男の元に歩いていくと、
「あ? なんだよ……? って、うおッ!?」
流石の身のこなし、目にも止まらぬ速さで足をかけて男を転ばすと
「お返しよ……」
その顔面にたった今掬い取った砂を刷り込んでいく。
「~~~~~~!!!!」
倒された男の声にならない怒声が発生した。
それが始まりのゴングだった。
アイ一人に対し総勢八名の男が向かっていく。
対するアイはさすが『超過駆動』が発動するだけある。
その類まれなる運動神経で男たちの拳を紙一重で交わし、男同士の同士討ちを狙っていく。
アイが一歩下がると、空いた空間に男が横から飛び込んでいき、アイの真正面から振るわれていた他の男の拳と直撃する。
アイがしゃがめば、その背後から男の蹴りが飛んでいき、アイの正面の男に命中する。
アイは男達の拳の雨の合間をヒラヒラと飛ぶ蝶のように動き回り、次々と男たちを相打ちにしその戦意を、戦力を削いでいく。
だがアイには誤算があった。
それは先ほど髪に砂をすり込まれたこと。
ある時だ。
男の拳がアイの顔面を捕え、ひょいとアイが躱す。
だがその際拳が髪に触れ、髪から砂が舞い、それがアイの瞳に入った。
「ッ!?」
目の痛みで一瞬視界が不明瞭になる。
「ハッ!」
そして相手はその一瞬を見逃さなかった。
体重を乗せた重い拳がアイの脇腹を捉えた。
「カハッ!?」
溜まらず唾液を飛ばしながら地面に転がるアイ。
地面に転がったアイ。ようやく喧嘩に合間が空き、男の一人が声を荒らげながら言った。
「てゆうか先輩! さっきから思ってたんすけど、この娘かなりの上玉っすね!?」
「ハッ! まあ確かになかなか可愛い顔をしているとは思っていた!」
「じゃぁさっきの女の代わり、この子にしますか!? てゆうかもうあの女逃げちまったし」
「ハッ! なかなか下種いことを閃くなお前は。だが……」
転がるアイを二回三回と蹴っていた敵のリーダーはこめかみの血管を浮かせながらくぐもった声で言った。
「……賛成だ!」
特大の蹴りが加えられた。
そこが限界だった。
◆◆◆
先ほどまでアイの喧嘩を物陰から見ていた砂金。
何かあればすぐに連絡をとれるようにしていた。
最初はアイ優位に喧嘩が進んで胸を撫で下ろしていた。
だが男の重い一発を受けてから一分をしないうちに形勢は大きく逆転した。
その間、砂金は何もしなかったわけではない。
アイが劣勢になる前からとっくに警察には連絡している。
だが警察が来るのを待っていては到底間に合わない。
砂金は必死にアイを救う手立てを考えていた。
しかしそれもアイが蹴り飛ばされるのを目の当たりにするまでだった。
脳内が真っ白な感情で埋め尽くされていくのを感じた。
アイは言っていた。
貧乏だったからよく人から馬鹿にされたと。
自分を攻撃してくる女子・男子には容赦なく対抗、一人で戦ってきたと。
そしてアイは男たちに絡まれる女性たちを見つけると迷うことなく突き進んでいった。
それはつまり、アイにとって今砂金が目の当たりにしている光景は日常的だという事だ。
きっとアイは、今回のように自分がおかしいと思うものには真っ向から対決してきたのだ。
自分を嘲笑う奴と戦い、許せない行いをする者と戦う。
たった一人で。
『いつか小豆川を守ってくれる奴が現れると良いな』
つい先ほど自分が言った言葉を思い出す。
それに対してアイはなんと言ったか。
『そうね……。いつか、そういう人が現れればいいわね』
あの時の慈愛に満ちた表情はとても印象的だった。
アイは今だって、心のどこかで、自分を助けてくれる誰かを探しているのだ。
だがそんな人物はいないと割り切り、諦めているのが今のアイなのだ。
だから今も一人で戦っている。
だからアイは今も大の男に蹴られている。
(そんな小豆川に、お前らは……)
真っ白な怒りが埋め尽くす。
(一体何をしている……)
◆◆◆
「砂野君!?大丈夫??」
「あ、小豆川か?そっちこそ大丈夫か?」
気が付くと泥だらけのアイの顔が目の前にあった。
いつの間にか辺りは夕闇に包まれていた。
先ほどまでは赤い夕陽が照っていたというのに。
時間間隔に齟齬があり状況を確認するために砂金は周囲に視線を走らせる。
見るといつの間にか先ほどの不良たちが地面に転がっていた。
皆、重い一撃を食らったかのようにぐったりと力なく横たわっていた。
しかも
「『
自分の体が桃色の煙に包まれていたのだ。
しかしここは『みおろし町』。『神ノ山』ではない。
異能は『神ノ山』でしか使えない。
『神ノ山』から下山してしまえば、距離が離れれば離れる程、急激にその力は減衰する。
砂金はまた『神ノ山』を仰ぐ。
これほどの距離があっては、殆ど能力は使えないはず。
だというのに砂金の体はむしろ『神ノ山』の中よりも厚いフレアに包まれていた。
「消えた……?」
フレアは砂金が認識すると雲散霧消してしまった。
「え、何?何だったんだ? 何が起きているんだ?」
いつの間にか夕闇の落ちている空。
気づけば地面で伸びている男達。
『みおろし町』では到底発動するはずのないほど強力な『フレア』
訳の分からないことが立て続けに起きていて砂金が当惑しているとアイは眦を開いた。
「え、覚えていないの!? 砂野君がやっつけたのよ!?」
言われて記憶を辿ってみる。
アイが蹴られているのを見て頭に血が上ったのは覚えている。
そこから先の記憶は曖昧だ。
だがアイに言われてようやく思い出した。
確かに男たちを倒したのは砂金自身だ。
記憶に霞がかかったようで実感は全くないが、彼らに向かって行って、襲い掛かってきた男に拳を向けたら嘘のように彼らが吹っ飛んでいった記憶がある。
「……えぇ、ちゃんと覚えてないの……?」
砂金がどうにも腑に落ちない表情をしているとアイは顔を顰めた。
「あぁ、あんまし……」
「そっかぁ、カッコ良かったのに……」
砂金が首肯すると、顔を赤らめたアイは視線をそらした。
程なくしてパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「ま、まずいわ……! 砂野君ずらかるわよ!」
砂金はアイに手を引かれるままその場を後にした。
アイに手を引かれ夕闇の落ちた町中をひた走る。
「……」
そうしながらどうにも胸に引っかかることがあった。
気が付いたらいつの間にか地面に転がる不良。
アレと同じような光景を自分はいつか見たことがあるようなのだ。
薄暗い部屋。複数の男が地面に転がる映像が上下する。
男達はどうやら砂金が倒したらしく視界の上下は砂金の息が上がっているからのようだ。
そして男が転がる部屋の中央には一人の少女がいて
『あ、ありがとう……。私の名前は――』
ふと小学生くらいの少女が何かを言うのが思い出された。
西洋人形のような整った顔立ちの少女。
だが顔が鮮明に思い出せない。
ただただ綺麗だったことだけを覚えている。
あの少女の名前は一体何だろう。
今自分が思い出した光景は一体何なのだろう。
「ありがとう砂野君!」
気が付くと砂金は登りのロープウェイの中にいた。
白い蛍光灯に照らされる無機質な箱の中、アイははにかんだ。
「――とっても嬉しかった!」
その笑顔はこの世のものとは思えないほど綺麗だった。
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