第2話 インコのピッコロ

ある日のこと。学校からの帰り道、ふと空を見上げると、電線にたくさんの鳥がとまっているのに気がつきました。

「ムクドリかな?」

この辺りでは夕方になると、巣に帰る前のムクドリが集まって、ギャーギャーと凄い声で鳴きます。けどまだ夕方というには日は高く、澄み渡った空の色を背景にした鳥たちは、ムクドリよりも遥かに鮮やかな緑色をしていました。

「あれは……インコ!?」

そう言えばペットで飼われていたインコが捨てられて、それが街の中で群れになって暮らしていると、テレビでやっていたのを思い出しました。

「この辺りは冬は寒いのに、つらいだろうな」

私は思わず、覚えたばかりの鳥語を使ってひとり言を言っていたようです。

すると一羽のインコが電線を離れ、私の方に飛んできました。そのインコはしばらく私の前を羽ばたいていましたが、何もされないのを確認すると私の肩の上にとまりました。

「あなたはどうして鳥語が話せるの?」

肩にとまったインコが私に話しかけてきました。

「え? あ、通じた!」

その頃私はメティスから鳥語を習い始めたところでした。そこで私は自分の知っている言葉を使ってなんとかそのインコと話そうと頑張りました。

「ジョン先生に教えてもらったの」

「ジョン先生! あなたはあの有名なジョン先生のお知り合い?」

「ええ、今日もこれからジョン先生の病院に行くところ」

「ああ、なんという幸運だろう。ジョン先生のお知り合いに出会えるなんて」


後で知ったことですが、ジョン先生は動物たちの間ではとても有名でした。

先生は人間の診察をするかたわら、こっそり動物の治療もしていました。動物の治療では一切お金を受け取りません。そのため動物の患者さんの数はごくわずかだったのですが、ほかの動物病院では原因が分からなかった病気をまるで魔法のように治すので、ペットを持つ人々の間では知る人ぞ知る存在でした。

しかし先生のことは、何よりも動物たちの間で評判になっていたのです。飼い主も獣医も分かってくれない自分の病気を、先生に対してなら自分で話して説明できるのですから、動物たちにとって先生は唯一無二ゆいいつむにの存在でした。

やがてジョン先生の名前は全世界の動物たちの間で知られるようになっていました。当然この街に根付いたインコたちも、先生の名前を知っていたというわけです。


私に話しかけてきたインコの名前はピッコロといいました。女の子です。是非ぜひ先生に会わせてほしいと言うので、私はピッコロを先生の病院に連れていきました。先生にご挨拶あいさつした後、ピッコロは感動して帰っていきました。

ピッコロはその後もちょくちょく病院を訪れました。先生のお邪魔をしてはならないと、病院に来ても大体私のところにやって来ました。そのおかげで、私はメティスから習ったばかりの鳥語をピッコロで実践じっせんすることができたのです。

そのうちピッコロの年齢は私とほとんど同じであることが分かりました。私たちはいつしか友達同士になりました。


ある日先生の病院に行くと、ピッコロは先に来ていて、イノセントの上で休んでいました。

イノセントは気の優しいブタで、背中に鳥がとまっていても何も気にしません。

イノセントは歌が好きだったので、その日も一人で自作の歌を歌っていました。ただ正直言うと、なんだかよく分からない歌ではありました。

けれどピッコロはイノセントの歌をふんふんと楽しげに聴いていて、一曲終わると自分も歌を歌い始めました。


空を飛ぶのは楽しい

どこにでも自由に行けるから


けれど

もしひとりぼっちのときに

飛ぶのに疲れたらどうしよう


大地の上を飛んで疲れたら

羽を休める立木たちぎがあるよ


海の上を飛んで疲れたら

水が湧き出る小島があるよ


さあ 飛んでごらん

大空に向かって


とても美しいメロディーでした。

「素敵な歌ね、ピッコロ」

私は拍手をしながらピッコロに言いました。

「聴いてたの? そう、これは私が本当に小さかった頃、お父さんやお母さんが歌ってくれた歌」

「そうなんだ」

「私は歌が好きなの」

ピッコロは羽ばたいて、イノセントの背中から私の肩に居場所を移しました。


ピッコロは自分のことを話し始めました。

「ハンナ、私はね、この街で生まれこの街で育ったの」

「え? けどインコは南国の鳥よね?」

ピッコロがうなずきました。

「私のおじいちゃんやおばあちゃんの、そのまたおじいちゃんやおばあちゃんは、多分南の国から連れてこられたんでしょうね。そして捨てられたり、逃げ出したりして、街に飛び出して、偶然カップルができて、結婚して。それを何回か繰り返して私が生まれたの」

捨てられたり逃げ出したりといった言葉を聞いて、私は上手く答えられませんでした。それはつまり私たち人間の責任だったからです。


ピッコロはそんなことは気にしていないように話を続けました。

「けどね、お父さんやお母さんは遥か南にある鳥たちだけの国について教えてくれたの。お父さんやお母さんはおじいちゃんやおばあちゃんから教えてもらったんだって。そうして自分たちの生まれ故郷のことを、次々に子孫に伝えてきたそう。私の周りのインコたちは誰一人その国に行ったことがないんだけどね」

「そうなんだ」

ニュースで見たときは捨てられたインコが群れになっているだけだと思っていたけど、実際にはもう何世代にも渡って、ピッコロたちはこの国で暮らしてきたのです。


「ピッコロはその国に行きたい?」

と私は尋ねました。

「行きたい!」

ピッコロは即答そくとうしました。

「けどね、行ってみたらガッカリするのかな? 想像していたものと違うって。それにその国がどこにあるのか、私は全然知らないし」

ピッコロが首をかしげました。

「ジョン先生はご存じないかしら?」

「今度訊いてみよう! 先生は物知りだから、何か分かるかもしれない」

私の提案に、ピッコロは目を輝かせてうなずきました。

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