異世界レビューRADIO 第5回(オールエリアフリー)
ポーン、というアラーム音と共に、オープニングサウンドが流れる。俺はマイクに向かって言葉を吹きかけた。
「10月29日、土曜日。時刻は23時を回りました。お聴きの放送局はKITA-FMです。こんばんは、若松太市です。『異世界レビューRADIO』、今夜も23時から23時30分まで中倉駅前第一門司ビル8階のKITA-FMラジオブースからライブでお届けします」
アクリル板越しのゲスト——ピクシーはティッシュ箱を3個積み上げた上で正座している。こうしないとマイクまで届かなかった。ずっと飛んでいれば良いと提案したら「ワカマツがもし永遠にランニングしろって言われたらどう思うわけ!」と怒られた。
ピクシーは子供だそうだ。脳みそで拵えた言葉を発していないなーとか、感情で動いてるなーとか、放送開始前の所作で何となく分かった。
「では早速リスナーさんからのメッセージを紹介します。メッセージさ、だいぶ届いてるのよ。みんな、いつも聴いてくれてありがとう。僕が一番驚いてます。さて、異世界ネーム『魔法熟女』さんからいただきました。ラジオネームが強烈!」
ピクシーが正座を崩し、胡坐を掻く。しまいには「はぁ」と溜め息を吐いた。性別は女の子らしいけど、態度がオッサンだ。もしかして、もう飽きた?
「『若松さんこんばんは。いつも楽しく拝聴しております。第4回放送は神回でした。魔王が平和的思想って(笑)。でも、そこが良い!若松さんも魔王の熱量に触れていろいろ感じたと思いますが、異世界人に対する気持ちを教えてもらえますか?』。魔法熟女さん、ありがとう。そうね、僕自身もグッときました。この番組、どうも異世界で聴けるらしいんですよ。魔王と連絡先交換したんですけど、反響が凄かったらしいです」
ちなみに、魔王と2人でカツ丼を食べに行ったときのツーショットもツイッターで注目された。主に魔王のルックスが理由だと思うけど。
「僕も魔王とお話して、少しずつ考え方を改めたいなって思いました。食わず嫌いは良くないですよね。もう少し寛容になって異世界人のゲストさんといろいろお話したいなと。そんな心境で今日の放送を迎えています!では本日の異世界レビューRADIO、レッツゴー!」
直後、ラジオブースの明かりがプツンと消えた。
「えっ、何」
幸い、録音スタジオは真っ暗になっていない。マッちゃんを見ると、イヤホン越しに彼女の声が聞こえた。
『明かりが消えただけだから安心して。機器類は生きてる。放送に支障はないから』
「もうCM終わるし、誰かに電気点けてもらえます?」
『もちろん。台本は……読めないよね。ごめん、ちょっとアドリブで。だいたいいつもと同じだから。じゃ、CM終わるよ』
ふと、正面がぼんやり明るいことに気づく。ピクシーのお尻辺りがライトグリーンに発色している。暗いから表情は分からないけど、まさか。
マッちゃんの合図で、俺は喉を震わせる。
「お送りしております、『異世界レビューRADIO』。本日のゲストはピクシーさんです!よろしくお願いします」
「よろしく!ピクシーだよ!」
暗がりのラジオブースで可愛らしい声が弾ける。胡坐でつまらなさそうにしていたときとは大違いだ。アドリブを許された俺はニヤリと笑う。
「実は今、ブースが真っ暗なんです。急に消えちゃって。ピクシーさん、何かしました?」
「へへへ、ぼくが消したんだよ!驚いたでしょ?」
俺が平常の異世界アレルギーを引き起こしたままだったらお前アウトだったからな?心中の言葉を押し殺し、笑顔を貼りつける。
「驚きましたよ。だってブースだけ真っ暗なんですもん。台本読めませんって。内容は頭に入ってますけど」
「えー、つまんないの!ワカマツ全然驚いてないじゃん!」
すると、ラジオブースに再び明かりが灯った。急に明るくなって目を細める俺に、ピクシーが快活な笑みを見せる。
「ワカマツはどうしてラジオ番組のお仕事してるの?」
「質問するのは僕の仕事なんですよねぇ……。そうですね、ラジオはテレビと違って声だけで情報だったり言葉だったり届ける仕事だから、」
「真面目―!ぼくね、この番組好きだからゲストに呼んでもらえてとっても嬉しいの!ありがと、ワカマツ!」
「人の話は聞かないといけないってお母さんから言われませんでした?」
「ぼく、人じゃないもん!ピクシーだもん!」
いかんいかん。普通の子供を相手にしていると思えば良いんだ。今年で28になるんだぞ?自制が効かないでどうする。
そのとき、目の前のアクリル板がふわりと浮かんだ。まずい、ピクシーの仕業だ。椅子から若干腰を浮かせてアクリル板を元の位置に戻そうとしたが、叶わなかった。
俺も少しずつ浮遊し始めていたからだ。
「いやいやちょっと待った違う違う違う!」
「ワカマツ楽しそう!最初ベラベラ喋っててぼくもつまんなかったー!」
身体の自由を完全に奪われている。どうにか腕を伸ばしてマイクを掴む。だが、マイクは有線だ。あまり変な方向に飛ばされると言葉を届けられない。
「リスナーの皆さん!あ、ありのまま今起きていることを話しますね!僕は今、飛んでいます。な、何を言っているか分からないと思いますが、僕もどうすれば良いか分かりません!」
「そのまま飛び続ければ良いよー!」
事前情報を確かめておいて正解だった。ピクシーは悪戯好きな妖精で、ポルターガイスト現象や旅人を一晩中躍らせるといった現象を楽しむ反面、何かしらのお礼を与えることで仕事を手伝ってくれるらしい。
つまり、ピクシーに何かを差し出してやれば状況を変えることができる。
「そういえば今日はピクシーさんに食べてほしいスイーツを用意しているんです!一緒に食べながらお話しませんか?」
録音スタジオのマッちゃんを見ると、彼女はすでにいなかった。ドアが勢いよく開き、マッちゃんがラジオブースに飛び込んでくる。有名洋菓子店で購入したショートケーキがお皿に乗っていた。
「ケーキがお好きとプロデューサーから伺っていましたので、用意したんです!ぜひ召し上がってもらえれば……」
「いらなーい!好きだけど気分じゃなーい!」
通説が呆気なく瓦解した。グーグル先生、リアルピクシーが手強すぎる。
空中でんぐり返しを決める俺に、マッちゃんが腕時計を指で叩く。まずい、あと3分しかない。必死に頭を働かせた。クソガキのペースに乗っていたら番組が終わる。いろんな意味で。何とかして俺のペースに持っていかないと。
ラジオに無言は許されない。俺はピクシーに片っ端から質問を投げながら、自分のスマホに文言を打ち込んでいく。
「ピクシーさん、将来の夢は?」
「いっぱい遊ぶ!」
「異世界で流行っているものは?」
「ペットフード!」
「異世界の生態系歪ませてごめん!」
俺はスマホの画面をマッちゃんに見せる。彼女は力強く頷き、神速でラジオブースを出て数秒後に帰ってきた。その手に持っている必殺のアイテム——タバスコをショートケーキにぶちまけてもらう。
ピクシーもタバスコのツンとした匂いに気づいたらしい。ショートケーキに近づき、赤と白のコントラストを見つめる。
「ショートケーキがいつものと違うかも!食べても良い?赤いのは何?」
「魅惑の味つけです。ぜひ召し上がって下さい!」
「わーい!いただきまーす!」
間髪入れずにピクシーがショートケーキに頬張りつく。次の瞬間、ピクシーの奇声が6畳ほどの個室に響き渡った。
「うわぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!何これぇええええええぇぇ!」
「ピクシーさんが歓喜で大泣きしているところで、本日の『異世界レビューRADIO』終了です!お相手は若松太市でした!バイバイ!」
ジャストタイミングでCMに流れる。かなり強引だったが、途中でブツ切れするよりはマシだ。
ピクシーはホウ酸団子を食べた害虫のようにひっくり返ってヒクヒクしている。さすがにやり過ぎたかもしれない。
「大丈夫ですか?できれば空中から下ろしてほしいんですけど」
「このケーキ、めっちゃ美味しいよ……ハマりそう」
「下ろしてほしいんですけど!」
結局、ピクシーが我に返って俺をフローリングに叩き落としたのは、日をまたいだ頃だった。
異世界アレルギーが再燃しかけたけど、若干仕返しできたからフィフティフィフティにしておくか。
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