告白

 場所は変わって今私は王宮にいる。今日は朝からグレンヴィル公爵邸に行き、変装して街中のカフェへ行き、そして最後に王宮まで来ることになった。目まぐるしい一日だ。

 今朝シエンナにいつものお茶とクッキーを作ってもらってお腹に入れてきたし、昼間は話題のカフェでケーキセットもいただいた。モヤモヤは晴れたし、久しぶりにルイ様にも会えて満たされた。いい一日だった。


――なのに、なんでかな?


 私は王宮に着いた途端倒れてしまったらしい。体調はそんなに悪くなかったのに、何が起こったのかわからない。今はまだベッドに横たわった状態で、少し意識が浮上したらしい。


――まだちょっと気持ち悪いからもう少し眠ってていいかな……。このベッド安心する香りがするし、ふかふかで気持ちいい……。


 意識は戻ったけれど、瞼が重くて目を開けられない。気持ちのいいベッドに癒され、まどろんでいると、近くから誰に語りかけているような声が聞こえてきた。


「リリー……。僕にはね、昔からとても大切に想っている人がいるんだ」


――ああ。ルイ様の声。ついに好きな方についての話をされるのね。目は閉じているけど、意識は起きているのに……。


「僕は彼女しかほしくない。だから、困るんだ……」


 いつの間にか私の左手はルイ様の手の中に収まっていて、キュッと一瞬強く握られた。

 

――私が婚約者でいられる時間はもう終わりってことかな?


 私はまた好きな人に振られて死ぬことになってしまうのだろうか。逆行前の、の恐怖が頭をよぎる。


――嫌だ。私はこのまま死んだりなんかしない。

 

「王宮ではもう僕たちが初夜を終えていると噂になっているんだ。きっと徹夜して試験対策したあの日のせいだね。ごめんね。僕の配慮が足りなかった……」


――ああ、あの日のこと、そんなふうに噂になってたのね。知らなかった……! そうか。このまま婚約解消となると、私に不名誉な噂となってしまうわけで、ルイ様はそれを危惧されているのね。


「こんな状態にしておいてなんなんだと思われるかもしれないけど、僕はね……」


 私の気持ちは変わらないのだから、ルイ様が誰を好きでも構わない――。確かに私はそう思っていたはずだった。

 けれど、それはただの強がりだったのだ。


――過去も未来も、ルイ様の全てが私のものでないと気がすまない。


 私はゆっくりと目を開いて、愛しい人の名前を呼んだ。


「ルイ様……」

「リリー! ああ、よかった。いや、貧血だとは聞いていたんだけど、心配して……」

「ルイ様、私、あなたのことが好きです」


 ルイ様は目を丸くしてたっぷりと時間を使ったあと、呆けたように「え?」と言った。

 

 私はまだベッドから身体が起こせないままだし、ルイ様は私の左手を包んだまま祈るようにして両手を組んでいるし。でも、今伝えたいと思ったから。

 

「私、このまま死にたくない。あなたとの未来を諦めたくない。どうか、私を好きになってください」


 ルイ様は顔を歪め、私の目尻をなぞった。ルイ様の指の動きに合わせて目が濡れた感覚がして、自分が涙を流していることに気づいた。


――あ。涙……。これくらいで泣くなんて情けない。


 必死で瞬きをして、右手で目からこぼれ落ちた水分を拭い、またしっかりとルイ様を見つめる。


――どうあってもルイ様を思い続ける覚悟はしたもの。振られるのなんて想定内なんだから。


「まいったな。誰よりも愛する人からこんな言葉をもらえるなんて……。夢みたいだ」


 今度は私が目を丸くする番だった。

 

 「ちゃんと言葉にしないと伝わらないって本当なんだな……」とひとりごとのように呟いたルイ様は、少し頬を赤くして、幸せそうな笑顔で言った。


「リリー。僕は、リリアーヌが好きだ」


 信じられないことが起きたとき、人の脳はとりあえず活動を休止してしまうのかもしれない。少なくとも私の脳はそのときに活動限界を迎えてしまったようで、その後の記憶はプツリと途切れている。ルイ様によると、気絶したように眠ってしまったとのことだ。恥ずかしい。

 


✳︎✳︎✳︎

 


 私はそれから翌朝まで目を覚さなかったという。必然的に王宮に泊まることになってしまったので、奨学生寮とジェセニア伯爵家にも連絡を入れてくれたそうだ。お世話になって申し訳ない限りだ。ルイ様は全然気にしたふうもなく、どことなく機嫌が良さそうだったけれど。

 私が寝かせられていたのは王宮で普段ルイ様が使っているベッドだった。そう聞くと、寝ているときに感じた安心できる香りと極上なふかふか感に納得がいった。

 

 私が再び目を覚ましたときには、やはりルイ様がそばにいてくれた。私の瞳を見つめてまた「好きだ」と言ってもらえて安堵したことを覚えている。夢じゃなくてよかった――と。


 あんなに悩んでいたのに、気持ちが繋がるのは一瞬だった。悩む時間も悪くなかったと思えるのは、結果的に気持ちを受け入れてもらえたからかもしれない。


 昨日倒れたこともあるし、今日は大事をとって学園は休んでほしいとルイ様に懇願された。

 心配させてしまって申し訳なかったけれど、大事にしてもらえていると感じられて不謹慎にも少し嬉しかったのは秘密だ。


 そして今。身支度を終え、食事もいただき、ルイ様と改めて昨日できなかった話をしようと向き合っている。

 そして、開口一番衝撃的な台詞を聞くことになる。


「実は知ってたんだ。リリーが未来から逆行してきたこと。……リリーの時が戻ったのは私のせいだからね」

「……………………え?」


――ルイ様が私の時を戻した……? なんで? どうやって? 


 私は混乱の最中にいた。聞きたいことが多すぎる。


「逆行前のリリーに初めて会ったのは王宮の図書館だった。僕はそのときリリーに一目惚れしたんだ」


――王宮の図書館……? そんなことあったっけ……?


 私は心の中で様々な疑問を浮かべながらも、静かにルイ様の話を聞いた。

 

「リリーは他に好きな男がいたから、僕はリリーを見守るしかできなかった。つらかったけど、リリーが生きていてくれるだけで幸せだった」


 クラウスのことね。そのあと本性を知ることになって幻滅して、一気に気持ちは冷めてしまったけれど。


「だけど……。僕も、いたんだ。あの場に。リリーが、息絶えるあの瞬間……」


 ルイ様は顔に悔しさを滲ませ、声を絞り出すようにして言った。


――あのとき、あの場所にルイ様もいたの?


「怖かった。リリーがこの世からいなくなってしまうことが。だから……」


――あれ、ちょっと待って。そうよ。逆行後、ルイ様と出会ったのは正真正銘が初めてだったはず……。


 クラウスの浮気現場を目撃した日。ルイ様に会ったとき、逆行前にも会った記憶がなかったから、あの日が初対面のはずだった。


――それならばなぜ、ルイ様は私のことを以前から知っているように話しているの……?


「でも大丈夫。リリーのことは僕が守る」


 理由は一つしかない。

 

――私は、逆行前にルイ様と過ごした

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