衝撃

「心よりお慕いしております」


 私は本心を話すことにした。偽装の関係だということは置いておいても、私はルイ様の婚約者としてこの方に認められたいと思ったから。

 私の言葉を聞いたグレンヴィル公爵令嬢は、静かに一度頷いて口を開いた。


「それは、偽装の婚約者としての言葉ですか? あなた自身の本音ですか?」

「私の偽らざる本心です」


――偽装のことを知っている? 知らないけどカマをかけられた? ……どちらでもいいわ。この方がどのような意図で私に接触していたのだとしても、私の気持ちは変わらないもの。


「ふふふっ。そんなに可愛らしい顔で睨まないでくださいませ。あなたが本心からあの方を思っていらっしゃるのなら、私にはあなたと敵対する気持ちはありません」


 グレンヴィル公爵令嬢はいたずらをして怒られた子供を仕方なく許すときのような、そんな表情をして続けた。


「私も、ルイナルド殿下のことを心よりお慕いしておりますから。正直に言いますと、今のあなたの立場は正攻法で手に入れたものとは言えませんから、許し難いです。……けれど、同時にそれはあなたが戦う過程で得たものだということも理解しているのです」


――グレンヴィル公爵令嬢は、今の私の立場を正確に理解していらっしゃるのね。


 そう。この立場は、不誠実なクラウスと決別しようとして、でもその過程で謂れのないレッテルを貼られることになってしまった私への救済措置として王家から預けられたものだ。だから、いずれは返却する必要がある。ルイ様を好きになってしまった私は、仮の立場を本物に変えてしまいたいと画策しているわけだけれど。


――そうよね。私って狡いわ。あんなにも素敵な方なのだから、ルイ様に想いを寄せる人は私や、グレンヴィル公爵令嬢以外にもきっとたくさんいるに決まっているのに。その方たちに真実を知られたら、私は相当恨まれるのでしょうね。

 

 私が考えている間にグレンヴィル公爵令嬢はもう一口紅茶を含み、一呼吸置いてから私に言った。


「だから聞きにきたのです。ジェセニア伯爵令嬢。あなたは将来王妃となり、国王となったルイを生涯支え続け、何があろうと添い遂げる覚悟はありますか?」

「グレンヴィル公爵令嬢」

「はい。なんでしょう?」


 嫋やかに微笑むグレンヴィル公爵令嬢を見据え、私は自分の気持ちを口にした。


「私はルイナルド殿下をお慕いする気持ちを自覚してから、さほど時間がたっていません。だから正直、ルイナルド殿下と恐れ多くも結婚した場合のことはまだ現実味がなく、真剣に考えたことがないのです」

「ええ。それで?」

「はい。ですので、今すぐに答えを求められるなら、それは『否』になります」


 私は自分の現状を忘れたことはない。ルイ様を好きだと自覚して、その想いで頭がいっぱいになりながらも、どこか冷静な自分がいつも存在していて囁くのだ。「死んでしまうかもしれないのに?」と――。

 自分の命を守ることが最優先なので、ルイ様と結婚したあとのことまで考えられていないのは事実だ。私が死ぬはずの三年後、もしその未来を回避できてまだ見ぬ四年目を迎えられたら……。そのとき初めてルイ様との将来を真剣に考えられる気がしている。

 けれど、私が「今」感じている気持ちは大切にしたい。命がなくなるかもしれない未来に怯え、望む未来を迎えるために動ける今を徒に消費してしまうのはあまりにももったいないから。


――命も恋も、私が望む未来は全部手に入れてみせる!

 

 そんな欲張りな思いを込めて私は言葉を紡いだ。


「あなたのことを羨ましく思います。あなたは公爵令嬢ですし、とても美人ですし、私から見てもルイナルド殿下に相応しい女性だと思います。ルイナルド殿下とは幼い頃から仲良くされていると聞いていますし、婚約者候補の筆頭として将来を見据えて妃教育もしっかりと受けられていると伺っています。幼い頃からルイナルド殿下を思って努力されていたのだろうと思います。誰もが私よりもあなたのほうが王太子妃に相応しいと考えるでしょう」


 これは逆行前に聞いた話も含まれているが、調べればすぐわかることなので支障はないだろう。

 私がクラウスのためにほぼ全ての時間と情熱を向けていたのと同じように、この目の前の女性もルイ様にこれまでの人生を捧げてきているのだ。


――やっとわかった。この方を憎めない理由が。この方と私は境遇が似ているのだわ。


「グレンヴィル公爵令嬢の持つアドバンテージに勝てる人は存在しないでしょう。つまり、私はルイナルド殿下の婚約者候補として単純に条件だけ見て判断されるとしたら、何もかもがあなたに劣っているのです」


――でも、だからといって私だってルイ様に振り向いてもらおうと必死なのだもの。狡いって言われたってこの立場は譲れないわ。ルイ様に嫌だって言われるまでしがみついてやるんだから。


「何が言いたいかというと、あなたの気持ちは痛いほどよくわかるけれど、私だって必死だから掴んだチャンスは譲れないってことです。狡いと言われたからって手放せるほど潔い気持ちは抱えていません」


――この思いは、もっとドロドロしたものだわ。私だってもっと早く出会えていればって思うもの。たくさんの時間をルイ様と共にしてるグレンヴィル公爵令嬢が羨ましい。けど……。


「ルイナルド殿下を思い続けている期間の長さは関係ないです。将来の覚悟ができるほど王太子妃や王妃という立場について勉強できているわけでもありません。ただ、言えるとしたら、婚約者といってもあなたが言うように私は本当の意味での婚約者ではないし、私が一方的にお慕いしているだけです。選ぶのはルイ様なのだから、あなたと私の立場は同じです」


 私が婚約者になってしまったことが狡いと言われれば否定はできない。けれど、グレンヴィル公爵令嬢だって大概狡いではないか。幼馴染という立場は手に入れようと思って得られるものではない。


「だから……お互い思いを受け入れてもらえるように頑張りましょう。私、あなたのことは好きです。私のことを一言も悪く言わなかったし、あなたの言葉は正論ばかり。それに私、悪女呼ばわりされなかったのはとても久しぶりで。あなたは噂を鵜呑みにしない、信頼できる方だと思います」


「ふふふふふふ」


 気づくと、グレンヴィル公爵令嬢は扇子を広げてその後ろに顔を隠し、肩を震わせながら俯いていた。


「あはははははは。私、こんなに褒められたの初めてってくらい褒められて、今とても気分がいいわ。あなたのこと、リリアーヌ……と呼んでもよろしくて?」


 公爵令嬢とは思えぬほど快活な笑い声を響かせたあと、とても綺麗な瞳を向けて彼女は私に問いかけた。


「もちろんです」

「ありがとう。私のことはロザリアと呼んでね」

「はい。ロザリア様」

「リリアーヌ。あなたのこと、噂を真に受けて悪女だとは思っていなかったけれど、まさかこんなに純粋で真面目でまっすぐな方とは思っていなかったわ」


 ロザリア様は素敵な方だから、正直な気持ちを伝えただけ。私は事実しか言っていないけれど。


――もしかして私、褒められてる……?


 褒められ慣れていない私は、そうとわかったらすぐに顔が熱くなってしまった。

 

「ふふふ。赤くなっちゃって可愛い。私もあなたのことを好ましく思っているみたい」


 ロザリア様はニコリととても可愛く笑って言葉を話を続けた。


「私は、もう随分昔にルイには振られているの。だから、あなたと同じ土俵には逆立ちしても立てないわ」


 吹っ切れたような笑顔で話すので、疑問を挟む余地もなかった。きっと彼女の中ではとっくに整理がついているのだろう。私がとやかく口を出せる話ではない。

 そう考えていたら、次の瞬間には彼女の言葉で私の凪いだ心が嵐に見舞われた。

 

「だから、餞別代わりにいいことを教えてあげる。ルイは、昔から好きな人がいるのよ。幼い頃からずーっとその人一筋なの」

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