約束
王宮から王室専用の馬車へ同乗させてもらい、ルイ様と一緒に学園へ到着した。
これが正式に彼の婚約者となって初めての学園への登校で、緊張に震えるのかと思いきや……。
私は別の意味でドキドキしていた。
目の前には私の好きな人。
私が馬車から降りるのをエスコートしたあとに、流れるようにその指先に口づけるルイ様。
――ルイ様が甘い! 甘いよぉ。タスケテ……いや、やっぱり助けは必要ありません。このままでいさせてください……。
✳︎✳︎✳︎
ルイ様は馬車の中でもずっと嬉しそうに私を見つめていた。私は贅沢にもその視線に耐えきれなくなってしまい、
そうしたら意外と没頭できるもので、馬車が学園に着く頃にはきっちりと最終確認を終え、臨戦体制に入っていた。
ちなみに、昨夜のルイ様は学科ごとに試験問題の傾向を教えてくれるとともに、的確に私の弱点を指摘して指導してくれた。非常に有意義な時間だったといえる。
私の脳が溶けてしまうできごとはやるべきことを最後までやり切ったあとに起きたので、ルイ様も私の反応を考えて配慮してくれたのだと思う。
アラスター様もたくさんの力を貸してくださったし、二人の助力に報いるためにも、あとは今日私がその成果を発揮するのみである。
本音を言えば、今日ここに来ることに恐れを抱いていた。
嫌がらせをされていた記憶も未だ生々しく残っているし、周りは誰も助けてくれなかったから、今日もちゃんと試験を受けさせてもらえるのか……など心配が尽きなかった。
そういった私の心配や憂慮や何もかもを今、ルイ様が吹き飛ばしてしまった形である。
正常な意識を取り戻し、頭の中を探ると、昨日必死で詰め込んだ経済学の計算式が
「リリーを
「? ルイ様……?」
馬車から
その上切なげに目を細めて私を見つめたルイ様は、まるでずっと秘めていた想いを告げる人がするような表情で言ったのだ。
「ごめんね。私がリリアーヌを好きになってしまったばかりに苦労をかけて。でも今日から私が婚約者としてリリーを守るから」
――こんなの聞いてない……!
何事かと周囲に集まっていた学生たちがざわついているのが聞こえる。
どうやらルイ様は「自分がリリアーヌを好きになってしまったから
発言の意図は察したのだけれど、今の心が弱った私に対しては一撃必殺の殺し文句だった。
――もう、ルイ様のことが好きすぎて限界。
どうしてこの方はいつも私の心を救うことに全力を尽くしてくれるのだろうか。
私は一人で自分の人生に立ち向かい、命の安全を確保してから恋愛を楽しむ予定だったのに――。
ルイ様は驚くほどのスピードで私の心を捕えてしまった。でも、それに抗おうとも思わない。思えないのだ。私の気持ちはもう、制御可能な範囲を脱してしまっているから。
――試験が終わったら、ちゃんとこの気持ちを伝えよう。
もし受け入れてもらえなくても、ルイ様となら気まずくなったりしないだろう。
そうなると、つらい気持ちを抱えることになるかもしれないけれど……私は
私が自分のクラスまで歩きながら決意を固めている間も、ルイ様はその隣でエスコートしながら私を愛おしそうに眺めていたらしい――と、その様子を見ていたカシアから聞くのはまた別の日の話。
✳︎✳︎✳︎
そうこうしながらも試験の日程は無事に消化された。私の中でも今まで受けてきたテストの中で一番の手応えを感じる出来だったので、力は出し切ることができたと思う。
それもこれも私の勉強計画の立案から指導まで力を貸してくれたルイ様とアラスター様のお陰である。
試験が終わったらお礼しようと決めていたので、早速その旨を申し出ると、アラスター様にはものすごい勢いで拒否された。
「私はまだ死ぬわけにはいかないので」
なんて
クーデレのアラスター様のことだから恥ずかしかったのかもしれないと思ったけれど、若干顔色が悪かったし、断り方も必死だったように思う。
せっかくのお礼の気持ちなのに、押しつけて相手の負担になってしまうようでは本末転倒だ。ここは一旦引いて、アラスター様への対応はもう少し考えてみようと思った。
ルイ様には、行きたいけど一人ではなかなか行けなかったお店にぜひ同行してほしいとお願いされた。お役に立てるならどんなこともするつもりだったので、もちろん二つ返事で応じた。
けれど、よく考えてみるとそれでは逆に私へのご褒美みたいだ。そのお店について行く他に何かないのか尋ねてみたところ――。
「じゃあ、お店に同行してもらう日、リリーの一日の時間を全部僕にくれるかな?」
「もちろんです!」
「やった! ありがとう。リリーとのデート楽しみだなぁ」
……私へのご褒美タイムが増えただけだった。
それでもルイ様が喜んでホクホク顔をしているのがとても可愛くて、私もにんまりしてしまった。
いつもはスマートでかっこいいのに、こういうときに見せてくれる可愛い表情がたまらなく愛おしい。ルイ様の魅力に夢中になっていると、それまで考えていた細かいあれこれは既に頭の中から消え去っていた。
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