婚約披露パーティー①

 過ぎ去るように時は流れ、婚約披露パーティー当日。


 ドレスは本当に王妃陛下と王宮の衣装担当の方に全てお任せすることになってしまった。

 私は採寸していただき、簡単な好みを聞かれて答えはしたけれど、私がしたことといえば本当にそれくらいで、あとは着るだけの役割しか与えてもらえなかった。

 

 けれど、そのおかげで勉強はとても捗ったし、勉強のためではあったがルイ様と一緒に過ごせる時間も増えて心も満たされた。

 


 あれから私はミディール学園には通っていない。両陛下とルイ様が「大切な(息子の)(自分の)婚約者を危険な環境に置いておくことはできない」と学園に通うことに強く忌避感を抱かれたためだ。

 ジェセニア家うちの両親と弟もその意見には全面的に大賛成し、私の身の安全を守るためという名目で王宮に部屋まで準備していただいてしまった。

 私の悪い噂が払拭され、危険がなくなるまでは万一があったらいけないから王宮にいるようにと促されたわけである。


 私が戸惑っている間に手続きは滞りなく終えられ、私は言われた通りにするだけでよかった。

 そうするしかなかったともいえるけれど、私の安全を第一に考えてくれた末の提案に反対できるはずもない。気持ちは素直にありがたく受け取り、私はみんなに安心してもらうため、心身共に健やかでいられるよう努めている。

 

 急に滞在することになった王宮では非常に手厚い待遇に驚くばかりだったから、とても温かい心遣いに感動していることを、きちんと感謝の気持ちと共に伝えられたか不安だ。

 婚約披露パーティーがあるからと、王宮の使用人の皆様には今日までかいがいしく世話をしてもらった。


――それにしても……。


 私は自分が身につけているドレスを見下ろし、姿見へと視線を滑らせた。

 

 鏡にはルイ様のアレキサンドライトの瞳を彷彿とさせる色合いのドレスを着た私が映っている。本物のルイ様の瞳と同じように、角度を変えると色味が変わる特殊な生地が使われており、ルイ様の瞳の中に閉じ込められたようで嬉しい。


 そして少し困惑しながら視線を向けた先にあるのは、入場する直前にお支度しますね、と伝えられ、準備してあるアレである。


――アレって……。アレよね?


 また混乱に陥っている私だが、仕方ないと思うのだ。アレは王妃陛下が正装するときに身につけるものであり、陛下以外で身につけることが許されているのは――。


「リリー! ああ、なんてことだ……いつも美しいが、今日はもう……言葉にならないよ」


 私がアレの存在に頭を悩ませているうちに、ルイ様が迎えに来てくださったようだ。

 私の盛装姿になぜかとても驚き、感想を言葉にできないほど感動に打ち震えている。いつも饒舌に誉めてくださるので珍しいことだ。

 けれど、大袈裟なほどのリアクションに疑問を抱いたのも一瞬だった。


――はぁ。ルイ様が素敵すぎる……


 ルイ様はサファイアブルーのウエストコートにトラウザーズを完璧に着こなしていた。その色味は私の瞳の色に似ていて、まるでお互いがお互いの色を身に纏っているようで胸が踊った。


「ありがとうございます。ルイ様も今日もとっても素敵です……」


 私がルイ様の完璧な美しさに見惚れ、勝手に「恋人のようで嬉しい」などと妄想に浸っている間にルイ様はまた瞬間移動をしていて、気づいたらまた私の手は彼の長い指に捕らわれていた。

 

 驚く私の表情を確認して、「ふっ」と妖艶に微笑んだルイ様は、その手に捕らえた私の手の甲に唇を寄せた。

 

 そしてまたもや思考停止に陥る私にこう言ったのだ。


「本当はリリーのにしたいけど……」


 ルイ様は「」と言いながら、自分の唇を長い指で指し示して……


「今は我慢するね。でも……パーティーが無事に終わったらご褒美……ね?」


 私の心臓は今にも胸を突き破って飛び出してきそうなほど高鳴っていた。


――ご褒美……頑張った私へのご褒美……?


 私の脳はルイ様の艶やかさに酩酊していたのだけれど、どこまでも本能に忠実な答えが口をついて出ていた。

 

「ご褒美ほしいです」

「……っ。じゃあ、パーティーが終わったら……いいよね?」


 私は熱に浮かされたままこくりと頷いた。

 それから私たちは、時間が来るまでお互いの瞳を見つめあって過ごした。

 

 私は、目の前の圧倒的な存在を前に、周りの使用人の皆様の存在を完全に失念していた。

 

 私たちのこのやりとりを目撃した使用人によってその後の話が大きくなってしまったことにも、ずっとあとになって気づくことになるのだ。

 


✳︎✳︎✳︎

 


 私は緊張しながらパーティー会場への入場を待っていた。肩が重い。物理的にも重いけれど、それよりも重いのは精神的な――。


「あの、ルイ様。これ、本当に私が身につけていいものなのでしょうか? 手違いではないのでしょうか?」


 私の肩には重い重いマント。背の部分には王家の紋章が見事に刺繍されており、その裾はウエディングドレスのトレーンのように美しく絨毯の上を波打っている。

 これは伝統的に王妃陛下や、王太子妃殿下が身につけるものだ。なのに、なぜか私が纏わせてもらっているという不思議。


――ただの契約婚約者なのに……。


「うん? 大丈夫。全て王妃陛下の手配だから、間違いはないよ。さあ、胸を張って――」


 心の準備もままならない状態で入場の合図があり、会場の扉もうやうやしく開かれた。

 

 覚悟を決めて正面を見据えると、煌びやかなシャンデリアの光が視界を満たし、次いで色とりどりのドレスの花が目の前を埋め尽くす。


 ルイ様にエスコートされて入場した途端、向けられる沢山の目に内心怯んでいると、彼の腕につかまる私の手は一回り大きな手に覆われた。

 その手が「大丈夫」と言ってくれているような気がして視線を上向けると、私をいつも甘やかしてくれる極上の笑みに迎えられた。


――ああ。やっぱり私、この方のことがとても好き。


 慕わしさに胸を締め付けられつつも、その手の温かさからは安心感をいただいて、強張っていた身体がほぐれていくようだ。

 

 改めてルイ様と目を合わせると、シャンデリアの光も相まって神々しいまでの美貌が眩しい。

 この美しい人がもう少しだけ私の世界の近くまで堕ちてくれれば手が届くかもしれないのに――。

 こんなにも近くにいるのに、二人の距離はどこまでも遠いのだ。


――完璧な王太子と悪女だものね。


 絶望してしまいそうなほど釣り合わない二人だけれど。彼が堕ちてきてくれるのを待つのではなく、私が彼のいる場所まで這い上がっていけたなら。


――この人の隣に、堂々と肩を並べられる私になれたなら。

 

 どんなに無謀でも、可能性があるなら諦めない。今は天と地ほどに遠い存在だけれど、役どころとしては今彼に一番近いのは私だ。

 偶然にも与えられたこの機会を利用して、私はこの座を本当に自分のものにしなければならない。

 そのためにも――


――今日は誰が見ても完璧な王太子の婚約者になりきるのよ!


 私は固い決意を胸に、一歩を踏み出した。

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