平行世界16日目その2にゃ~


 元女房が笑いながら倒れてしまったが、こんなところを人に見られたらわしが殺人犯として捕まってしまいそうなので、門の中に運んで治療に当たる。


「ちょっ!? 死ぬにゃ~!!」


 元女房は息をしていないので、わしは人工呼吸に心臓マッサージ。それでも息を吹き返さないので、雷魔法でAEDを再現しようとしたら、とてつもない殺気が空から降って来た。


「テメェ! 俺の妹に何しとんねん! フシャーーー!!」


 上を見たら、3階から飛び下りるイケメンの若者。正確にわしに向かって来て、両手で引っ掻いた。


「いまは遊んでる暇はないにゃ!」


 避けようと思えば簡単に避けれるが、わしは左腕で引っ掻きを防御。右手は心臓マッサージを続ける。


「お前は……異世界猫!? 妹をさらいに来たんやな!?」

「違うにゃ! てか、いまは忙しいからすっこんでろにゃ!!」

「なにが忙しいや! 妹の胸を触るな! この変態!!」

「だから邪魔するにゃ~~~!!」


 若者はわしにキック。さらに引っ掻きと連続攻撃を繰り出すので、上手く心臓マッサージができない。これでは元女房が死んでしまうので、若者を気絶させてやろうと思ったら、右手を誰かに掴まれた。


「はぁはぁ~……あ~。死んだ~~~」


 元女房が息を吹き返したのだ。


「あなた。どこ触ってるのよ!?」


 わしは胸の真ん中に右手を乗せているだけなのに、元女房まで変質者扱い。なので慌てて手を引いた。


「いや、息してにゃかったから……」

「あ~……アマちゃんがね。こんな死に方はかわいそうだからって、ね……」

「マジで死んでたにゃ!?」


 まさか時すでに遅しだったとは思わなかったので、わしは心底驚くのであったとさ。



「それよりこいつ、どうにかしてくんにゃい?」


 元女房が生き返っているのに、若者はわしの左腕をカジカジ噛んでいるのでなんとかしてほしい。


「お兄ちゃん! お座り!!」

「はいっ!」


 元女房が命令したら、若者は本当にお座りしたから不思議だ。


「にゃんでお座りしてるにゃ?」

「まぁ、その話はあとでするわ。ちょっと待ってて」


 元女房はまだ気の立っている若者に近付くと、わしが安全な猫と説明して、部屋に戻るように命令していた。

 それからわしを家の中に入るように促すので「お邪魔します」と入ったのだが、若者はずっと隠れて見ているので気になる。


 ひとまずリビングに通されたわしはスタイリッシュなソファーに座り、元女房は麦茶を持って斜め横に座った。


「お酒じゃないけど、再会を祝して乾杯しましょ」

「ああ。かんぱいにゃ~」


 グラスを合わせたら、まずは先程のやり取りを聞いてみる。


「再会早々死ぬにゃよ~」

「それを言ったら、あなたも連絡を寄越しなさいよ。アマちゃんと友達じゃなかったら、あのまま旅立ってたわよ」

「ちょっと驚かそうと思っただけにゃ~。てか、友達ってだけで、生き返らせていいモノにゃの?」

「今回は特例だって。平行世界人が関わっているし、死に方が面白かったから許してくれたの」

「それ、どっちの比重が重いにゃ?」

「たぶん面白いほう? 笑い死にする人を見たかったとか言ってたし。アハハハハハハ」


 自分が死んだというのに、元女房は軽い。ただ、その笑い方はわしの笑いを誘うので、どうでもよくなった。


「しっかし、お前の兄は身軽だにゃ。とても人間の動きとは思えなかったにゃ~」

「アレ? 言わなかったっけ?」

「にゃんのこと?」

「お兄ちゃんは……あ、そうだ。念話っての? アレ使ってくれない??」


 元女房がそんなことを言うので、わしは兄がいる方向をチラッと見たらジリジリ近付いていたので念話を繋ぐ。


「兄の前ではできない話にゃ?」

「なにこれ気持ち悪っ。アハハハハハハ」

「使えと言ったのはそっちにゃろ~」


 また元女房は笑っているので、麦茶を飲んで少し待つと戻って来た。


「ひとつ上の兄がいるのは覚えているわよね?」

「うんにゃ」

「猫っぽいってのは??」

「ああ。そんにゃこと言ってたにゃ~」

「なるほど。そこまでしか言ってなかったのね」

「にゃ? まだ話してない内容があったにゃ??」


 元女房は少し溜めてから、わしの質問に答える。


「実はお兄ちゃんって、アハハハハハハ。前世はね。アハハハハハハ。猫なの。アハハハハハハ」

「にゃ……」


 元女房は大笑いしていてオチはまったく面白くないし、その重大発表はまったく笑えない。


「つまりわしは、こんにゃいい家に生まれる予定だったんにゃ~~~!!」

「アハ、ご名答。アハハハハハハ」


 わしの転生の経緯は、とある魂とぶつかり合って互い違いの肉体に魂が入ったのだから、笑えるわけがない。

 さらにわしは泥水を飲んで生活していたんだから、こんなセレブな生活が待っていたのならば、あの苦労はなんだったのだとアマテラスを恨むのであったとさ。



 わしの苦労を他人事のように笑う元女房が落ち着いたら、兄のことを詳しく聞いてみた。名前は広瀬珠丸ジュマル、高校三年生。元猫とあって、運動能力が凄いし身軽とのこと。

 幼い頃は、ベランダから飛び下りたり車と追いかけっこしたりして、両親を困らせまくっていたそうだ。しかし、元女房が喋るようになってからは、猛獣使いをやって落ち着かせているらしい……

 ちなみに元女房の名前は、広瀬空詩ララ、高校二年生。超が付くほどの美人に生まれたことは嬉しいらしいが、親からもらったこのキラキラネームはいまだにスッと読めないらしい……


「にゃるほどにゃ~。だからジュマル君はケンカっ早いんにゃ」

「まぁ怒る時は、何かしら理由がある時だけだから、悪い人ではないわよ。元々猫のわりには徳が高いみたいだったしね」

「ま、さっきもお前のこと心配しての行動だったしにゃ。でもにゃ~……」

「でも?」

「わしもこんにゃお金持ちの家の子になりたかったにゃ~」

「まだ言ってるし……」


 愚痴を蒸し返したら、ララに呆れ顔でツッコまれた。


「てか、始まりは大変そうだったけど、途中から楽しそうにしてたじゃない。それにいまなんて、王様になってハーレムも作ってやりたい放題やってるんだから、この家を羨ましがる必要あるの?」

「別に王様もハーレムもやりたくてやってるんじゃないにゃ~」

「経緯は知ってるけど、毎晩取っ替え引っ替えしてる姿を見ちゃうとね~……」

「どこ見てるにゃ!? プライバシーの侵害にゃ~!!」


 まさか夜な夜なララとアマテラスが、わしたちの夫婦の営みをバッチリ見ていたと知ったならば、警察案件。でも、「にゃ~にゃ~」文句を言ったら、ララはまだ未成年なので、いちおうモザイクは入っていたとのこと。


「そこが問題じゃないんにゃ~」


 もちろんそんなことで納得できるわけがないわしであったとさ。



「それより、急にやって来てどうしたの?」


 わしが「にゃ~にゃ~」文句を言っていたらララは話を変えやがるので、わしもいまさら恥ずかしくなったから乗ってあげる。


「お前の顔を見るのと、会社も心配にゃし、墓参りもしとこうと思ってにゃ~」

「私を一番に持って来るとは成長したわね~。でも、本当はあとの二つが目的でしょ?」

「そりゃ、お前にはにゃ度もグチグチ言われたからにゃ。わしも調教済みにゃ~」

「アハハハハハハ。今回は女心も気にしてるんだ。アハハハハハハ」


 確かにララの怒ったことを参考にしているので、今回はそこそこ上手く夫婦生活ができていると思うけど、そんなに笑わなくてもよくない?


「これで仕事をしてれば完璧なのにね~」

「両立は無理にゃ~」

「いつからあなたは、こんなに怠惰になったのかしら?」

「猫になってからにゃ~」


 わしも少しは怠惰すぎるとは思っているけど、猫の体は睡眠を欲するので間違いない。それと、老後は怠惰な生活を何十年もしていたんだから、そのペースが染み込んでいたのかもしれない。


 それからララは、わしの行動のダメ出しを続けるので、遠い昔の夫婦生活を思い出して、薄らと目に涙が浮かぶのであった……



「あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど……」


 ようやく長いダメ出しが止まってホッとしたわしであったが、ララのその言葉はいつも面倒事だったので、あまり聞きたくない。


「今日はムリヤリ抜けて来たから時間がないんにゃ~」

「すぐ終わるから大丈夫。ちょっとお兄ちゃんをヘコませてくれたらいいだけだから」

「どういうことにゃ?」

「なんかいきなり大学行くとか言い出してね……」


 ララの話では、ジュマルは様々なスポーツのスカウトが多数来ているのに、進学を希望しているそうだ。その理由を聞いても教えてくれないようだが、ライバルがいないからではないかとララは予想している。

 ララとしては、わしがジュマルをコテンパンにしたら悔しくなって、スポーツの道に引き戻せるのではないかと画策しているみたいだ。


「そうは言っても、本人は勉強したいんにゃろ? そのやる気を削ぐのはかわいそうにゃ~」

「その勉強がまったくはかどってないから相談してるのよ。こないだの模試も、全てE判定どころか、全教科足しても20点だったんだから」

「それは~……そもそも卒業できるにゃ??」

「え? えっと……ギリ。スポーツ特待生だから、ギリいける……と、思う。たぶん……」

「やっぱり勉強させたほうがよくにゃい??」


 進路以前の相談をされても、わしも困る。ララも今頃そのことに気付いて、一浪させて一緒に卒業したほうがいいのではないかと考え出した。


「プロ選手なら学歴関係ないでしょ?」

「すぐ諦めてやるにゃよ~」


 その結果、勉強を捨てるララであったとさ。



 とりあえず、いいか悪いかはさておき勉強は置いておいて、ジュマルを紹介してもらったのだが、背中を丸めて唸っているところを見ると、わしのことは好かれていないようだ。


「ほら? お兄ちゃんってUFO好きだったじゃない。いっぱい質問できるよ??」

「……猫やないか」

「そこから降りて来たんだから、一緒のようなものでしょ~」

「宇宙人ってのは、もっとタコみたいな姿をしてるねんで」

「いいから挨拶する!」

「はいっ!」


 優しく宥めていたのにララは急に命令するので、ジュマルは背筋を正した。


「俺はジュマルや」

「わしはシラタマにゃ。仲良くしてくれにゃ~」

「チューしたからって、絶対にお前に妹をやらんからな」

「アレは人工呼吸……」


 不機嫌なジュマルに言い訳しようとしたら、それよりも先にララが大声を出す。


「えっ!? あなた、私のファーストキス奪ったの!? 大事にしてたのに~~~!!」

「いや、お前とは何度も……」

「やっぱお前キライ! 死ね~~~!!」

「話を聞けにゃ~~~」


 ララとは生前何度もしているのだから、そんなにショックを受けなくてもいいのにと思った矢先、妹想いのジュマルが飛び掛かって来たので、振り出しに戻ったと感じるわしであったとさ。

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