第二十四話 散り行くは誰ぞ彼
作り上げた砦の前に大盾を持ったタンクを並べ、その後ろに控えた俺が神代魔法で道を切り開く。すかさず突撃部隊が、神代魔法で空いた魔物の群の穴に飛び込み、敵の隊形を破壊。その後は残った戦力で一気に戦線を押し上げる。これを繰り返して徐々に北の大陸での領土を広げて行った。
とは言え、このペースでは一体いつまでかかることやら。今は平地ばかりだから比較的戦いやすいが、遠くに見える山岳地帯に辿り着いたら大部隊は配置出来ないし、死角から攻撃されるパターンも出て来るかも知れない。元より、全体数では魔王軍には遠く及ばない集団である。少しずつの人員の消耗も、相手よりも大きな痛手だ。町を作るという目標は大切だが、そのために貴重な人員が失われてしまうのであれば意味がない。人手は多ければ多い方がいいのである。
数日かけて内陸への侵攻を進め、上陸直後の三倍近い面積の制圧に成功したが、ここまで来て少々
それが現れたのは、侵攻開始から一週間が経った頃。突如入った知らせに一同が騒然となった。完全な人型の魔物が現れたと言うのだ。二足歩行で、手に武器を持つ、比較的人間に近い生態の種族は知られているが、完全な人型の魔物というのは見たことがない。それこそ伝承に伝わる高位の魔物というのがそれに当る可能性はあるが、あまりにも情報が少な過ぎる。
その知らせをもたらしたのは北東方面に展開した部隊。突如現れたそれは、瞬く間に屈強な戦士達を肉片に変えたと言う。七天の二人は西側を中心に進んでいたし、俺達は海沿いを進んで港に使えそうな場所を探っていたので、その人型の魔物とやらには出くわしていない。伝令が届くまでに約一日。これから向かったとして、果たして部隊が残っているかどうか。
とりあえず、俺達は丸一日かけて七天の二人と再び合流し、北東方面に向かうことにした。制圧済みの地域の中央辺りで二人と落ち合い、そのまま北東に向けて走る。本来であれば戦闘はまだ続いているはずだが、それらしい音は一切聞こえて来ない。これは既に決着がついていると見て間違いないだろう。
日が傾きかけて来た頃、見えて来たのは一面の赤。そして
「酷い……」
アザレイが呟く。この死体の山の中には、彼女の指示で拠点作成に勤しんでいた者もいたのだろう。よくよく見てみると、上陸の際に小船で一緒だった者の姿も見て取れた。
「気をつけろ、アザレイ。まだその辺にいるかも知れね~」
ことが起こったのは、ライゼンがそう口にした瞬間である。何の気配もなかった。音もなく、それらしい姿も見えない。にもかかわらず、それは突然起こったのだ。
アザレイの首から上が吹き飛んでいた。
次の瞬間、血の噴水が噴き上げる。咄嗟に戦闘態勢に入るも、相手の姿はまだ見えない。一体いつ攻撃されたのか、全くわからなかった。ライゼンですら困惑している様子なので、俺の知覚能力が低かった訳ではないだろう。とにかく、今抱えている問題は一つ。敵の存在を捉えられていないということだ。
その時、不意に背後から声が聞こえた。
「あなたからは中々の魔力を感じますね~。今までに死んだ有象無象とは比べるまでもない」
俺は
「てめぇ~、よくもアザレイを――」
「待て、ライゼン!」
俺はライゼンに制止の声をかける。瞬間、攻撃を仕掛けようとしていたライゼンは動きを止めた。頭に血が上っているようでいて、俺の声にはきちんと反応出来るのだから、大したものである。
「何で止めるんだ! ディレイド!」
「相手の戦闘力が未知数過ぎる! それに言葉が通じるなら、聞いておきたいことがあるんだ!」
ライゼンは食いしばった歯を軋ませながら、それでも拳を引いてくれた。
「少しは知恵が回るようですね~。評価に値します」
「そりゃどうも」
アザレイを攻撃したのはこいつで間違いないが、少なくとも、今この瞬間は攻撃の意図はないらしい。どの程度の対話が成立するのかは不明だが、俺は語りかけることにする。
「ここにいた人間と、そこの女性を殺したのは、お前で間違いないな」
「ええ~。間違いございません。ここにいた人間達を殺したのは、このわたくしです」
「そうか。なら何で俺達はすぐに殺さなかった。お前ならそれくらいは出来たんじゃないか?」
自分で口にしておいてなんだが、恐ろしい会話だ。自分よりも遥かに強い者を目の前にした時、人間というものは案外冷静になるものである。目の前にいる男は、その気になれば俺達だって攻撃出来た。でもそれをしなかったのだ。それは一体何故か。
「そうですね~。確かに、あなたも、あなたのお仲間も、その気になれば簡単に殺せました。しかし、わたくしにはその権限がない。わたくしの権限で殺すことが許されているのは、あとはそこにいる男だけです」
男の視線の先にいたのはライゼンだ。恐らく会話が終われば、この男は躊躇することなくライゼンを殺すだろう。しかし、こいつの言う権限とは何の話なのだろう。ライゼンと俺達に、一体何の区別があるというのか。
「そこの男とあなた達で何が違うのか。そう考えていらっしゃるご様子」
「……思考を読んだのか?」
「いえいえ~。そのような下品なことをせずとも、その程度のことはわかりますとも」
男は、一度思考を巡らせるような素振りを見せてから、再び口を開く。
「そうですね~。では一つだけ。選ばれし者と、そうでない者。その違いでございます」
「選ばれし者?」
「ああ~、いけませんよ? 今知っていいのはここまでです。わたくしにもこれ以上を語る権限は与えられておりませんので」
このままでは会話が終わってしまう。そうなればライゼンの身が危険だし、何より情報をもっと引き出したいところだ。俺は思考を巡らせ、男に問いかける。
「お前にその権限を与えたのは魔王か?」
「いえいえ~。わたくしなど、魔王様にお目通りが叶う身分ではございません」
つまり、こいつのランクはそこまで高くないということか。魔王を神級とするのなら、絶級はその直属の家臣と考えられる。超級より戦闘力が高いことは間違いないので、こいつのランクは覇級に相当するということだ。この強さで覇級。その事実は、俺の精神をごっそりと削るには充分なものだった。何せ、七天の五であるアザレイが、その接近に気付くことすら出来ずにやられたのだ。接近に気付かなかったという点では、七天の三であるライゼンも同様。七天に名を連ねていても、覇級にすら届かない。要するに、人類が
俺の考えていることがわかったのか。男はむしろ清々しいまでの笑みを浮かべて言う。
「そう嘆くことでもありませんよ? 人間が我々魔族に対抗し得ないのは、二百年前から変わりません」
魔族。その言葉を聞くのは初めてだが、魔物と形容するにはあまりに強大な存在なので、思いの他しっくり来る気がした。
「さてさて、お喋りはこの辺りにいたしましょう。いつまでも遊んでいては、わたくしも殺されてしまいますので」
魔族の男の姿が揺らぐ。いけない。これはライゼンを殺すための動きだ。
「ライゼン、引け!」
俺はライゼンからの反応を待たずに、魔剣グラナディアに込められた神代魔法――ドラゴニックバーンストームを開放する。失敗すれば仲間ごと燃やしかねない状況ではあるが、今は悠長なことは言っていられない。一瞬の判断の遅れが、ライゼンの命までも奪いかねないのだ。
ライゼンもこうなることはわかっていたのだろう。だから、回避が間に合った。ぎりぎりドラゴニックバーンストームの効果範囲外に出たライゼンは、燃え盛る炎に包まれたはずの魔族の男の姿を探している。
「なるほど~。魔法の遅延発動技術の応用ですか。武器に込められた魔力を消費することで、遅延魔法の効果を打ち消す。人間もよく学んでいる様子ですね。しかし、この感じだと、連続使用出来るのは、あと二回と言ったところでしょうか」
炎の中から響く声。そんな馬鹿な。神代魔法の直撃を受けて無事でいられるなんて考えられない。しかし、事実声は炎の中から聞こえた。回避した訳ではない。耐えているのだ。今となっては伝説上で語られるのみとなった、神々が作りし生物の最高傑作――ドラゴンのブレスに匹敵すると言われる魔法に。
「まさかその程度の武器で、我々魔族に戦いを仕掛ける気でいたのですか?」
聖剣に勝るとも劣らないはずのディクシズの傑作を持ってしても、その程度で済まされてしまう。魔族というのは一体どれほどの魔法技術を保有しているのか。
剣を持つ手が震える。目の前にいる魔族は、俺がこれまでに対峙した誰よりも強い。にもかかわらず、魔王からすれば、これほどの男ですら配下の配下。俺達人類は、一体何のためにこれまで必死に生に
思わず膝から崩れ落ちそうになる。いや。今の状況ではそれすら許されない。動くことは、すなわち死。先ほど魔族の男は俺達は殺さないと言っていたが、どこまで信用出来るかわからない。生殺与奪の権は、完全に向こうに握られている。
もう日が山の陰に隠れようとしていた。真っ赤に輝く
やがて消え去った魔法の向こうから、人の形をした死が迫って来る。あれほどの魔法を受けた後だというのに、衣服には
想像を絶する怪物。それを前にした時の、人間の何と儚いことか。多少強くなったことで、俺達は忘れていたのだ。魔王軍が真に強大で、立ち向かおうと考えることすら愚かであったということを。
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