第十七話 西の大陸

 船を乗り継ぎ、陸を渡り、また船に乗り込み、俺達は西の大陸へと辿り着く。ここに来るまでに、何度も魔王軍による大規模侵攻があったと言う情報を耳にした。東の大陸では勇者様を筆頭に冒険者達が何とか食い止めているらしいが、最早一刻の猶予もない。少しでも早く最前線へと向かい、戦線を押し上げて逆に北の大陸へと攻め込まなくては。


 俺達は真っ直ぐに北を目指し、前線基地となっている町へ向かう。情報ではあのディクシズじいさんもその町に滞在しているとのことなので、辿り着いたら装備品を揃えて貰えるよう交渉してみるのもいいだろう。


 西の大陸を守っている主な戦力は、西の大国――カイマール王国軍を始めとする騎士団である。中には冒険者も混ざっているとのことだが、大半は王国軍に徴兵された上で戦っているらしい。恐らく戦後を見据えてのことなのだろうが、一方的に押されている現状では、あまりにも無益な政策である。もちろん俺達は王国軍に入るつもりはないので、野良の冒険者としての参加になるだろう。


 割りと平和だった東の大陸の南部とは違い、西の大陸は中央部ですらそこかしこにはぐれの魔物が徘徊する魔境の地と化していた。当然、これらを放置して先に進むという選択肢はない。俺達は町や村で情報収集をしながら、はぐれの魔物を討伐。周囲の安全を確保してから先に進む。


 この日も、最前線への補給路に当たる町で得た情報を元に、はぐれの魔物の討伐に当たっていた。


「ディル! そっち行ったぞ!」


 ノルの弓による牽制けんせい攻撃をくぐった魔物が、俺に飛びかかって来る。相手はコボルトロード。比較的弱い部類の魔物であるコボルトの上位種に当たり、とにかく素早いのが特徴だ。コボルトだからと舐めてかかっていると、短剣による素早い斬撃で手足のけんを斬られ、動けなくなったところでとどめを刺されてしまう。こういったすばしっこい相手には魔法を使うよりも白兵戦でのぞんだ方がいい。俺は手にした魔剣――グラナディアで応戦。大振りはせず、的確にコボルトロードの攻撃をいなしながら、相手が体勢を崩した隙に脳天に一撃をお見舞いする。見た目以上の切れ味を誇る魔剣は、軽い振り下ろしでコボルトロードを真っ二つに。攻を焦って飛び掛ってきた頭の弱い数体は、火系統の現代魔法――ファイアカーテンを俺を中心に円形に張り巡らせて対応。現代魔法の威力では消し炭という訳には行かないが、それでも毛皮に包まれたコボルトを焼き殺すには充分な火力である。


 残るはリーダー格であろう一回り大きいコボルトロードのみ。それなりに戦闘経験があるのか、右目のところに傷跡が残っている。一気に飛び掛って来ないのは、俺を中心としたパーティーが一筋縄では行かないとわかったからだろう。


 回復及び補助要員のスフレ以外は、それなりに白兵戦による連携をこなして来た。ノルの弓で牽制、すかさずラキュルの投擲で数を減らし、主戦力を俺が叩く。スフレの魔法によって強化を受けている俺達は、今のところ危なげなく魔物と戦うことが出来ていた。俺は魔法使いというより戦士職のような動きをしていることが多いが、これはひとえにラキュルの封印術の使用を見越しているからだ。


 封印術を使用した場合、弓が使えるノルはともかく、回復、補助魔法しか使えないスフレが完全にお荷物になってしまうのが現状の悩みである。ディクシズじいさんにあったら、何かスフレ向きの武器でも見繕ってもらおうか。少なくともその道の専門なのだから、俺よりは詳しいだろう。


 弓や投擲の的にならないよう絶えず動き回っているコボルトロードだが、その視線が見据えるのは俺。恐らくパーティーの中で最も戦闘力が高いことがわかっているのだろう。その俺をどう仕留めるか、必死に考えているのかも知れない。例えランクの低い魔物であっても、歴戦の個体は頭がよく、人間の弱みを的確に突いて来るものである。パーティーの回復役であり、弱みであるスフレから狙おうとしてくるのは自然なこと。もちろんこれに関しては対応済みだ。


 スフレの周囲には、戦闘が開始した時点で接触発動型と遠隔発動型の土系統魔法をいくつも待機させている。接触発動型の方にかかるならそれでよし。もし見破られても遠隔発動型の方で対処出来る。当然だが、魔法を過信してスフレを放置するような真似はしない。結局のところ、戦いとは、終わってみるまで勝敗はわからないのである。打てる手を全て打って、まさった方が勝つのだ。


 本能で嗅ぎ分けているのか、それとも魔力の流れが読み取れるのか。コボルトロードは俺が配置した魔法を避けるように立ち回り、徐々にスフレに近づいて行く。これだけ長時間動き続け、かつ思考力を失わないのだから、やはり恐るべき生命体だ。これでも統制された軍から離れたはぐれに過ぎないと言うのだから、人類が押されるのも尤もと言える。


「スフレ! その場から二歩下がれ!」


 とは言え、ここは勇者パーティー時代にも散々連携を取ってきた俺とスフレだ。スフレが瞬時に俺の言葉に反応し、俺を信頼して指示通りに動いてくれるおかげで、ある程度規模の大きな魔法を使うことが出来るのである。俺がコボルトロード目がけて放ったのは、氷系統と風系統の魔法を組み合わせた複合魔法――ブリザードダッシュロード。範囲を固定したブリザードを直線状に放つ魔法だ。


 周囲には事前に張っていた複数の土系統魔法。そして真っ直ぐに向かってくるブリザードダッシュロード。逃げ場のなくなったコボルトロードは、ブリザードダッシュロードに巻き込まれ、瞬く間に氷のオブジェと化した。


「とりあえず、これで今回のはぐれは全部だな」


 周囲を見渡しながらノルが言う。今回のはぐれはコボルトロードが十二体。はぐれにしては少々数が多い。統制が取れていると言うほどでもなかったので、魔王軍における有象無象のうちの一グループが、戦線を抜けて流れて来たのだろう。


「北上するに連れてはぐれが増えるのはしょうがないけど、これは流石に多過ぎない?」

「魔王軍の勢いが増してるらしいし、その影響かもな。このまま補給路を遮られると前線が崩壊するぞ」


 スフレとノルの言う通り、ここまでに相当数のはぐれと戦って来ている。はぐれだけでこの数となると、前線の戦力はかなりのものだろうし、自然と人類側の戦力も前線に割かれることとなるのが必定。相対的に手薄になった補給路をはぐれによって分断されてしまえば、後は魔王軍による一方的な蹂躙が始まるだけだ。


「とは言っても、今俺達に出来ることは一つだけだ。出来るだけはぐれを狩りつつ最前線に向かい、前線を押し上げて後方の安全を確保する。これ以外に道はないだろ?」


 始めから楽な道のりでないことはわかっていた。それでも自ら立ち上がり、こうして最前線に向かうと決めたのだ。ならば後は実行するだけ。最終目的は魔王の討伐だが、その道中で魔王軍を駆逐しなくては、人類に平和はもたらされないのである。


「まぁ、あんなろくでもない勇者連中に任せるくらいなら、うち等でやっちまった方が気が楽でいいさ」

「女神様の神託も気にはなるけど、こればっかりはね」


 ノルとスフレは覚悟は決まっているようだ。


「私も微力ながらお手伝いします。気になる点が残っているとは言え、二百年前の戦いで封印術師が勇者パーティーにいたと言うのなら、何かお役に立てることもあるはずですので」


 ラキュルも気合は充分。最近は少し筋力がついてきたのか、動きも機敏で繊細になってきた。まだまだ不慣れなことも多いだろうが、そこは何とか切り抜けてもらいたいところである。


 そういう訳で、多少パーティーとしての体裁が整ってきた俺達は、この後もはぐれを倒しつつ北上。最前線の町――バルデアシクに到着したのは、ここから一週間後のことだった。倒したはぐれの数は数十はくだらない過酷な道のりだったが、この先のことを思えば、それはあくまで前哨戦。ここから先ははぐれに過ぎない少数の集団ではなく、魔王軍の本隊との戦闘なのだ。以前俺が倒したグレーターデーモンや、それ以上の魔物との戦闘ももちろんあるだろう。俺が魔法使いとして魔法を連発するのは簡単だが、それでは勇者パーティーにいた頃から全く成長していないことになる。俺は俺で最大限力を発揮しつつ、仲間の力も引き出す。これが出来て初めて、以前の俺よりも成長したということになるのだ。


 後はやはり封印術の使いどころであろう。下手に周囲の人間を巻き込んでしまうと、魔力による強化を失った者達が命を落としかねない。使うとしたら、俺達が先行して魔王軍の領地に入った後。周囲に他のパーティーがいない状況になってからだ。それでも使うタイミングを間違えれば、スフレやノル、ラキュル本人の命が危ないし、一人残った俺が単独で魔王を討伐出来るとも限らない。やはり魔王と直接まみえるのなら、玉砕覚悟で挑むのではなく、パーティーとしての形を保ったまま辿り着きたいところだ。


 魔王軍の詳細な戦力を測れていない現状。どこにどれだけの戦力が動員されていて、後方にどれだけの戦力が温存されているのかを知るすべはない。幹部クラスは前線にいるのか。そして魔王の居場所は。わからないことだらけである。激しい戦闘をこなしつつ、手探りで情報を探して行かなければならないと言うのだから、その難易度は想像を絶するだろう。北の大陸に辿り着く前に全滅、などと言うことも充分にあり得る話だ。だからこそ、慎重に慎重を重ねて行動する必要がある。


 今はとにかく装備品だ。武器はディクシズじいさんに見繕ってもらうとして、防具はどうするか。今の防具も決して安いものではないが、魔王と渡り合うのに充分かと言われれば、答えは否。ここは超一級品の防具を揃えたいところである。


 ともあれ、まずはディクシズじいさんを訪ねるところからだろう。あの偏屈なじいさんのことだから素直に頼むだけでは受け入れてくれないことも考えられる。どんな無茶な条件を出されるか、考えるだけでも頭が痛い。しかしながら、それを負って余りあるだけの武器を提供してくれるのがディクシズという男だ。場合によっては、今の魔剣以上の武器を入手することが出来るかも知れない。俺達は町の住民からの情報を元に、ディクシズじいさんが滞在しているという工房を訪れた。

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