第8話

 薄く微笑むモネの顔はいつも頭の中で見たままの顔。首から下がなくなっても可愛らしさは変わらない。

「ねえ」

 真っ赤な唇が動く。

「ひさしぶり。元気だった?」

「どうします?」

 陶磁に墨を垂らしたようなモネの瞳から目を逸らせない僕に店員さんが問いかける。

「お知り合いのようですから、勉強しときますけど」

「おいくらですか?」

 知らないうちに声が漏れる。どんな額でも買えるほどのお金なんてないのに。

「そうだな、半額まで負けておきましょう。目玉2つか……それとも耳を2つと鼻を一つでどうでしょう」

 思いがけない言葉に視線が動く。店員さんの方に。本気だろうか? 店員さんは僕の顔をじっと見ていた。値踏みをする視線。冗談には聞こえない。とても価値が釣り合っているとは思えないけれども。

「どうします?」

 店員さんが繰り返す。僕はもう一度モネの顔を見る。

「目の方で」

 頭の中に焼き付いた顔は目がなくても見えるけれども、匂いはわからない。それじゃあ手に入れる意味がない。

 目を取り出すためにまぶたを閉じる。モネの顔が視界から消える。それでもモネの顔はしっかり思い出せる。

 モネはこんな時にはなんと言うだろう。こんなことがあった気がする。内臓を売って投げ銭をしたファンに向けていった言葉。

 頭の中のモネが口を開く。生放送じゃない、アーカイブのモネ。

 あのとき言っていたのは

「応援はありがたいけど、生活水準を落とすのはだめだよ」

 目を開く。

 そうだ。モネはそう言っていた。きっと今でもそう言う。だから

「買ってくれないの?」

 それなのに、ショーケースの中のモネは悲しそうに呟く。

 モネの言いつけと眼の前のモネの悲しい顔。どちらも諦めることは出来ない。

「どうします?」

 店員さんが繰り返す。

「じょっさけんはゔぃけんしゃす」

 喧騒の中にかすかに、祝詞が聞こえた。かすれているけれども、通る声。それからずるりと何かを引きずる音。



【つづく】

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