5
ど
こにでもある閑静な住宅街/安アパート/通りには自動販売機とゴミ捨て場と寂れた小さな公園。
住宅街の真ん中に堂々と土壁と生け垣に覆われた日本家屋=森野さん夫婦の家。
4人が乗った軽自動車は門をくぐって広い屋敷の中へ/ジジィの魔導で木の重い門が閉じる/白壁の古びた土蔵&鯉が泳いでいる池&盆栽の棚。
ニシの記憶にある懐かしい景色=かつてここで魔導の修行をしたころと全く変化がない。
トキノさんはさっそくサナの手を引いて玄関へ向かった。
「サナちゃーん、お部屋を紹介するわね。ほら、男たちは荷物運び!」
ニシ&オジサン=軽自動車のラゲッジのドアを跳ね上げたまま、玄関の前の石畳を跳んで踏むサナを目で追った。
「あいつ、娘がほしいとずっと言っておったからな」
サナの荷物が入ったスーツケースが空中へ浮かぶ=ジジィの詠唱なしの魔導/この程度は無意識にできる。
そういえば=森野さん夫婦に子供はいなかった/ニシが子供の時からそうだったので意識したことはなく/かかあ天下な仲良し夫婦なのに。
「子宮がんでな。養子やら代理母やら考えてみたが、2人だけでいいと言ってくれてな」
ジジィの回想=少しだけ目が合った/大人の事情/大人の会話=大人だと認めてくれたか。
「そのせいで修業をさせてくれたんですか?」
「ふん、子供がいようがいまいが、稀有な感応力のある魔導士を教えないわけがないだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
「ふん、殊勝なことを言いおって」
「俺、もう24ですし」
「まだまだ若造だ」
ジジィは庭に敷かれた小石を蹴飛ばしながら玄関へ向かう/かかとで地面を蹴る癖/その背中でショッキングピンク色のキャリーケースが時折高度を変えながら追従。
「今思えば、大きい家ですね。子供のときは特別に思わなかったんですが」
というかジジィの仕事を知らない。
「代々受け継いできた家だ。それに輩出した魔導士も多かったから術に関する研究も秘密裏にしていた」
「あの土蔵の書物も」
「大半は写本だが、過去1000年間の知識があそこにある。魔導は大っぴらにはせんだったが、ワシの爺さんは戦争のとき、家に住人を集めて魔導障壁で焼夷弾から守ったこともある」
「戦争で? この前の戦争でそんな被害、あったかな」
「……2度目の大戦」
「ああ、そっちの」
屋敷の玄関は、現代のバリアフリーの観点を完全に無視した段差&段差の滑りやすい木の床が敷かれていた。長い廊下の奥でトキノさんとサナの声が聞こえる。
「サナの記憶の件ですけど、無くなった記憶を取り戻せるんですか」
「わかっておる。記憶というものはは無くなるもんじゃない。ただ思い出せないだけだ。心のバリア、といえばわかりやすいか。辛い記憶を思い起こさせないようにするバリア。あるいは魔導士なら自分自身で記憶を封じた可能性もある。マナは魂より滲み出るなら記憶にも干渉しかねない」
「やっぱり辛い記憶も呼び起こしてしまう?」
「当然」
「本人は覚悟ができていると言っているんですが、耐えられるものなんですか」
「本人次第、ワシは知らんに。しかし中学生というのは間違いだに。心にも木の年輪のように年を経るごとに変化する。どう見ても14歳には見えん。あるいは歳に不相応なストレスがかかっているか。
よく知っているジジィのよく知らない活躍=意外と人脈が広い?
ニシは靴を脱ぎ
「そうだに、あの子のマナだが」ジジィは思い出したようにつぶやいた。「言葉ではうまく説明できんが、普通じゃない。マナへの感応力がずば抜けているとか、そういうじゃない。ワシやお前さんとくらべて異質すぎる」
「そういえば、カグツチも同じようなことを言っていた気が」
しかし自称・神は意味ありげにしたり顔を見せただけ。
「俺は何も気づかなかったけど」
ニシは頭を振った。
「ふん、潰瘍に潜りすぎてるからだに」
「魔導士には影響が無いはずじゃ」
「さてな。あのような災害は過去に例がない。あったならとっくに人類は滅びていたさ」
ジジィ=真顔で冗談ともつかないことを言ってのける/周囲が不安になる震源地。
サナにあてがわれた部屋/12畳の客間=畳&欄間&床の間の部屋/サナは興味深そうに床の間に掛けられた古いセピア色の掛け軸を眺めている。障子を開けると明るく光が差し込んで庭と土蔵が一望できた。
「さてと」ジジィは浮遊させていたピンク色のキャリーケースを置く/畳が傷つかないように魔導で少し浮遊したまま。「記憶を取り戻す術だが、おそらく時間がかかる。今日はとりあえず休んで心を落ち着かせるんだ。あそこ、土蔵の横の納屋で儀式を行う」
ジジィ=淡々と。サナは納得しているがトキノさんは興を削がれたように鼻を鳴らした。
「じゃあ、俺は実家に戻ってるんで。何かあったら連絡をください」
ニシは手を降った/しかし=サナは「えっ!」と短く声を上げて、そして恥ずかしそうに縮こまった。
「大丈夫。家はすぐ隣だから。明日また会いに来るよ。森野さん夫婦は親切だから心配しなくていい」
「ウフフ~親切なのよ」トキノさんがすぐに反応「サナちゃん、好きな食べ物とかあるかしら」
「いえ、わたしは何でも食べられますので」サナ=借りてきた猫/普段の内弁慶な振る舞いを隠している。
「サナはコロッケが好きです。豚ひき肉でとうもろこしの入っているやつです」
ニシが代弁/サナが憤慨/トキノさんはニコニコだった。
ニシは短く別れの挨拶をすると森野さんの家を出て立派な門をくぐった。
久しぶりの地元の空気/雰囲気/1人だけになった孤独感=たまには悪くない。いまいち顔を合わせづらかった両親に向けた近況報告を心のうちで練習/心配をかけないようにしないと。
森野さんの家の土壁沿いに歩き、その壁が途切れたところが実家だった。
18年間住んだ家/しかし他人の家のような緊張感=今の家は川崎市/旧東京の荒野から川を挟んだ向かい側=ここじゃない。
懐かしさ=立てかけられた通学自転車/植木鉢/色褪せた郵便ポスト。
目新しさ=家庭菜園/枯れかけたトマトときゅうり。
合鍵を持つと高校生の頃を思い出す=帰るのはいつも日が暮れてからだった/
「ニシ? だよな?」
背後=魔導セル仕様のスクーター/半キャップをかぶった丸顔の男=どこかで見たことがある/幼なじみのハルヒコ/初めて見るスーツ姿。
「やあ」
久しぶりの再開=ニシはどんな言葉をかけていいかわからず/相手の出方を探る。
「こっちに帰ってきてたのか」
「いや、さっき着いたばかりなんだ。帰ったというより3日だけの帰省だな」
「その服、常磐の社員なのか? いいとこに就職したんだな」
ニシの普段着=社支給のマウンテンパーカー/でかでかと会社のロゴ入り/バイクに乗るときにちょうどいい防風防水仕上げ/暑いときは魔導でごまかす/買うと少々値が張るブランド物の
「契約社員だけどな。そっちは、セールスマン?」
「保険の外交員だよ。似たようなものだけど」
ハルヒコ/記憶の中の幼なじみとは違う笑い方/社会の荒波にもまれるとああなるのか。怪異を相手にしてばかりのニシにとっては縁のない生活だった。
「ニシが帰省したこと、みんなにラインしていいか?」
ニシがyes/noを言う前に、ハルヒコはすでに自身のスマホを手に持っていた。
「いいけど、浜松にいるのは3日だけだぞ」
「それがそれが、ちょうどよくて。実は明日、みんなで学校訪問するんだけど一緒に来るけ?」
「学校って、小学校と中学校と……」
「高校。トウマが車を出してくれて、ナツミとアキも一緒にいくんだ。って、名前を忘れたわけないよな」
「忘れてないよ。大丈夫だ。明日はとくに用事もないし、一緒にいくよ」
覚えていること=みんな制服姿/たぶん大人になった友人たちをすぐ判別できないかもしれない。
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