第十一章 生き霊
第40話
コウは早速依頼書を由貴と見る。記録は倉田によるものであった。
※※※
「天狗様この度はよろしくお願いいたします」
「……」
とある老夫婦、懇願するのは男、名は近藤。ともう1人は何も発せず、妻であろう女。2人ともに白髪。
「周りにこちらを薦められて参りました。十年近く悩まされております。病院も点々とし、事件の時に受けた傷とは関係ない、ただの加齢によるものだ、それ以外は全くわからんと適当な診察ばかりで……妻も全く言葉も発せず、毎晩夢にうなされております」
「ほぉ、で?」
と天狗様。すると近藤。
「何か他に原因があるのでは、と思いまして。みていただけないでしょうか」
「ふむ」
天狗様は2人を見るがすぐ答えを出した。
「2人には生き霊が憑いておる」
近藤夫婦の後ろには当初から何か黒い渦が取り巻いていた。もちろん今も。
「生き霊?! なんですかっ、それは」
「ここに来た時からずっと大きな黒い渦が取り巻いていた。相当な恨みがある生き霊だ。心当たりはあるか」
近藤はんんん、と考え込む。妻と思える女は放心状態だ。
「……この生き霊を取り除くにはこちらにいきんしゃい」
と、コウの名刺を渡す天狗様。
「な、なんですかいっ。またたらい回しですか! 病院も、役所も!!!」
近藤は目を大きく開け天狗様に楯突く。
「わしが若かったらすぐヒョイっといくんだけども今は弟子たちに全部任せておる。わしはこの街の治安を守るだけで精一杯じゃ」
と天狗様が首をゴキゴキ鳴らすとそれが合図かのように天狗様の部屋から2人を出して扉を閉められた。
「ここまででございます」
と合図をすると近藤はさらに楯突く。
「なんでだ! こないだもここに来た時にお前が受付をして。そうだ、名前は倉田……と言ったな、日を改めて一万払って天狗様に見てもらえると言ってたのに」
「あくまでも、みてもらう、ですから。この名刺に書いてある場所に。多分行っても大丈夫でしょう、営業時間内ですからそこのマスターに『僧侶からの紹介で』といえばオッケーでしょう」
近藤はさっき受け取った名刺を見るが老眼で見づらそうに目を細める。なんとか文字はわかった。
『真津珈琲店』
「寺の次は喫茶店か?! こんちきしょう……」
ブツブツと言いながら夫婦は寺を去る。妻らしき女は近藤の後ろをゆっくりついていく。
※※※
「で、今から来るってわけね。美帆子さんが受付してくれるみたいだから俺らはこうして遠くから見てればいい」
とコウは渚から出されたコーヒーと由貴よりも多めにサンドイッチを出された。いまだにまだ渚はコウが好きなのだが実月と美帆子にNGを出され、尚更勘弁……と思いながら由貴にサンドイッチをやる。
由貴はお腹をすかしていたのかラッキーとすぐ口に放り込んだ。食べっぷりが良すぎる。
近藤夫婦が乗った車が真津珈琲店横の駐車場に着いたようだ。
「塗装の剥がれた古い高級車……物持ちいいんだな」
「……見栄張りっぽそうだなぁ。あまりジロジロ見るな、由貴」
近藤老夫婦が入ってきた。顔からして普通の小洒落た喫茶店か、と落胆してるようだった。
「いらっしゃい」
とマスター。奥にも数人客はいる。コウと由貴は身を縮こませてあくまでも自然体で。
「朝から僕ら世代がモーニングっておかしいと思わないかなぁ」
「……んー、そこまで気にしないだろ。車でさえあんなんだからな。ほら見た目も……て、あくまでもナチュラルで客を装え」
「はいはい」
渚が近藤夫婦を誘導する。
「いらっしゃいませ、まずはあちらに」
探偵事務所に用がある客は事務所に通すものと喫茶店に通すものを分けている。今回は喫茶店に誘導パターンである。すこし訳あり案件は人目につくところで依頼を受けた方が良い、美帆子はそう考えている。
まだ美帆子は喫茶店内にはいない。渚は水とおしぼりを置き
「コーヒー、紅茶、烏龍茶、麦茶、各種ホットをご用意しております」
と伝える。依頼人はそれらのメニューから無料で一つたのめるシステムである。
「まだここで飲むとは決めてはいないのだが、あそこの山の寺にいる天狗様に言われてここに来たのだが」
近藤は他の客がいることを遠慮しつつも少し荒々しく渚に言うと彼女は微笑み
「はい、しばらくお待ちいただくのでお代はいただきません。お選びください」
と。近藤はすぐさま答えた。
「ホットと……妻は麦茶で、ああ温かいので頼む」
「かしこまりました」
渚が去る。由貴はつい見てしまう。入ってきた時からかなりドス黒いもの。コントロールしてもみえてしまうというのは相当なものだ。
「おまえ、尾行調査は絶対下手な方だろ」
コウが小声で言うが
「みえない人でも絶対あの夫婦のこと見ちゃうよ。ほら、あそこの親子連れの子供も見てるくらいだ……」
たしかに。子供たちが近藤夫婦を見ている。何を見ているのか。
「なんだあのガキは……ジロジロみやがって」
ブツブツと言っているとカウンターの奥からグツグツと音が聞こえてきた。この喫茶店の本格的なコーヒーの機械を見ていつもは安いインスタントコーヒーでコーヒーを飲んでいた近藤にとっては贅沢にしか思えなかったが、タダということもあって大人しく待つことにした。
また、人がジロジロ見てるのは理由は明確だ。近藤の隣にいる妻の髪からはふけが落ちる。肩はふけだらけ、わざと鼠色の服を着て誤魔化してはいる。風呂は3日に一回、シャンプーは一週間に一回、髪の毛は染めることもなく真っ白である。
その頭の一部には大きな傷がある。匂いもきついが他の客から離れてはいる。近藤はずっとそばにいるから慣れているのであろう。店は換気をするように言われており匂いは蔓延することはない。
しかし飲み物が来るのでさえ遅くて近藤はイライラいてきた。
そんな夫婦の元に渚がようやくやってきてコーヒー、温かい麦茶が置かれ豆がたくさん入った小袋を置く。サービスでつくようなものである。
「これがあの機械で淹れたコーヒー……確かに匂いが違う」
「はい、マスターがこだわり抜いたままを使用しております、機械も昔から使ってるもので日本では数台しかないモノなんです」
と解説をして去った渚とすれ違うかのように1人のネイビーのスーツを着た美帆子が夫婦の前に座った。コーヒーをすすった近藤はコーヒーの苦味に顔を歪めた。
かなり時間を待たされ、何がこだわりの豆、機械だ……と思いながらも、妻に出された麦茶でさえも疑ってしまう。
「初めまして、来てくださってありがとうございます。私、真津探偵事務所所長の菅原美帆子と申します。この度は天狗様からのご依頼、とのことですね」
「……はい、私たちは複数の病院、役所、寺とたらい回しにされてへとへとなんです。ここまで辿り着くまでに」
「それはそれはご足労おかけしました……まずはこちらの用紙に記入をお書きください」
と美帆子から書類を渡されて近藤はうんざりする。待たされた挙句に書類を書くのか、名前、住所、電話番号、症状、家族構成……どの場に行っても書かされた。そして話をした。もうそれの繰り返しである。
全部自分の話が伝わってないのかと憤りを通り越していると近藤は震えるが、目の前で優しく微笑む美人な美帆子を目の前にすると怒りを出すことはできなかった。
近藤が書き終わる頃にはコーヒーも冷めきっていた。美帆子はコーヒーを飲みながら手帳を開き何かを確認してるかのようであった。
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