第十章 疎い人、そうでない人
第38話
それから数ヶ月後。コウは一人で喫茶店へ。あれからいろんな心霊事件を由貴と二人で解決してきた。
今まで一人でも十分できたのだが由貴の心霊動画編集やSNSの拡散でコウはさらに名の知れる霊媒師になってきてた。
由貴は今一人もくもく動画編集中。一人の方が集中できるのだ、というのはコウが終始喋ってうるさいからというのもあるらしい。
「なんとなく所長に呼ばれる気はしてました」
「それは第六感かしら」
「そうではないんですけど……なんとなく、そろそろじゃないかと」
「ふふふ」
真津喫茶店に併設されている真津探偵事務所所長の真津美帆子は喫茶店内でロイヤルミルクティーをすすっている。喫茶店マスターでもあり美帆子の夫が彼女の好みの温度、濃さで用意したものである。
美帆子は40過ぎだがすごく整ったいわゆる美魔女といったところだろうか。かなりのやり手で元有名通信塾講師。オーラが違う。
実の所、コウは本名は廿原虹雨、虹雨と書いてコウなのだが、美帆子が活動するなら「コウ」がいいのでは、と。
上下黒のスーツを着て黒の革手袋、薄黒いサングラスをかけていかにも怪しい出立ちで、いかがわしいとも言われているがコウにとってはこの格好で気持ちの切り替えをしている。この格好も実は美帆子からのアドバイスであった。
美帆子はコウを格別に可愛がっているのだ。いろんな心霊事件も他の霊媒師よりもコウたちに割り振る。それもこれも人懐っこいコウ、というのもある。由貴にはない霊視以外の能力なのかもしれない。
「なんで呼ばれたかわかるかしら」
「うーん、いきなり呼ばれてそれですか」
「それはわからないのね……」
「流石にヒントなしでは分かりませんけども」
美帆子がコウの目をじっと見つめる。
「まさか……報告書の書き間違え」
「それは日常茶飯事」
と報告書を何枚か並べ、そこには赤いペンで修正がいくつかされている。
「まさか確定申告、全部税理士さんに投げたら経費と見なされなかった」
「それもある、毎年」
とファイルからたくさん領収書が出る。コウは慌ててかき集めてなんとかしてファイルに戻す。だめだったかとため息が出る。
「いや、これ半分くらい経費にしてもらわないと採算合わんですよ」
「ダメって言われたらダメらしいから。で、それ以外に思い浮かぶことは」
うーんとコウは顔を顰める。
「……」
「……」
ニコニコの美帆子。この笑顔が怖い、とコウ。常に可愛がられていて何かがあってもその笑顔の裏で何かがあったことはよくある。
しかし何かが違う、奥にいるマスターはコーヒーを古い昔ながらのサイフォン式のコーヒーメーカーで淹れていてコポコポという音がする。
隣ではマスターの弟がサンドイッチを作っている。お店には数人客がいて、そのオーダーを取るのはマスターの娘の渚。
いつもと変わらないはずなのに何かが違う……とコウは感じ取った瞬間だった。
「ほんともう、あなたったら……鈍感で、そんなのでいいのかしら」
「だから、俺がここに今日呼ばれたのは……」
コウはここにくる前、何か嫌な予感がしたのだ。霊ではない何か違うものを感じたのだ。頭痛がする、何か悪いことが起きそうだと。
美帆子はいつものようにふふふと笑った。
「絶対何か裏ある。めっちゃ目の前に喫茶店のメニューでめっちゃ美味しくて高いやつおかれてるから。何も注文してないのに」
確かにコウの目の間には厚みのあるハニートーストチョコがけ、ハンバーグとエビフライとピラフとポテトとサラダてんこ盛りのランチ特上セットがコーヒーとともに置かれている。渚が次々と置いていく。
何かあると思ってコウは手をつけていなかった。
「で、所長。今日は……」
美帆子は微笑んでスーツの内ポケットから封筒を出してコウに出した。
「報告書、経費のミス……まだこれいじょうになにか?」
コウは封筒を開けない。もう何かわかってしまったのだ。美帆子はニコニコして二杯目のロイヤルミルクティを注いで飲んだ。
しかしコウが心配したこととは違ったことを言おうとしたのだ。
それは渚がコウに惚れ込んでいた。そんな彼のためにたっぷりと食事を作り食べてもらおうとしたのだ。
内気だった渚は自分が作ったと言えず遠くからコウがたくさん食べている姿を見てドキドキしているのであった。
「あぁ、コウ様……いつになったら私の恋心気づいてくれるのかしら……」
美帆子の渡した封筒の中身は渚からコウへのラブレター。彼は開けることはなさそうだ。
第六感、霊感のあるコウだが女性からの恋心を察する能力は全くなさそうであった。
しかし一つ、コウは気づいていた。渚の後ろには一人、いるのだ。
霊視能力があるからと言って全てがみえる、というわけではない。みる、と意識すれば全てみれるのだがそれだと疲れてしまう、と倉田に教えてもらい子供の頃に楽な過ごし方を教えてもらい全てをみえないように訓練して今では意識しないとみえない幽霊はみえない。
みえたとしても気にはしない。それが一番楽だとコウは思っていた。由貴はどうしているかは彼自身はわからないのだが。
もちろん美帆子の後ろにもみえてはいるのだがそれよりも渚の後ろには服や体型からして女性の首無し幽霊がいるのだ。そっちの方がインパクト大である。
「あ。ちょっと電話だわ……」
美帆子は席を立つ。コウは渚を見ると彼女は恥ずかしがってカウンターの奥へ。
しかしその後ろにいたあの首無しだけは残っていた。コウはなぜ今日はここまで強くみえるのか、と。そして何か気を感じる。
そして構えるとその首無しが慌ててコウの元に来る。
『ああー! やめてください。成仏させないで』
「うわ!」
首がないのにしゃべったのだ。流石に普段冷静なコウは声が出てしまった。
「……渚さんの先祖、いや服が現代だから……本当のお母さん?」
『あら、そこは勘が鋭いわね、ええ。私は渚の母の実月です』
コウはゴクリ、と唾を飲み込んだ。首無し……実月は美帆子のいないソファーに座った。
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