第32話
そう、美佳子は15年前のこの時間帯に死んだ。
「あの、なんであなたには美佳子が見えるんでしょうか……」
阿久津はコウに聞く。美佳子は
『……あっくんには見えないの?』
と悲しそうな顔をしていた。
コウは胸元のポッケから名刺入れを出して名刺を美佳子に見せた。
「霊媒師のコウと申します。なので美佳子さんの姿は見られるんです」
『……霊媒師?! 何、その冗談……あっくん、騙されてない? いかにも胡散臭い!』
胡散臭い、やはりそう思われたか……とコウは頭を掻く。美佳子は慌てて阿久津を触るが通り抜けてしまう。
『……なにこれ……』
「美佳子さん、よかったらもう一度作ってください。阿久津さんの、……あっくんのために親子丼を」
美佳子は自分が死んだ、そして彼に自分の姿が見えないことにショックを受けているのかさっきまでの元気さは無くなっている。
するとコウが阿久津に手を差し伸べた。阿久津は恐る恐る手を握る。
すると阿久津はびっくりした。目の前に美佳子がいたのだ。
「美佳子……」
『あっくん、みえるの? 私がみえるの?』
「ああ。……ほんとあの頃のまんまだ。僕だけこんなおじさんになって」
『おじさんだなんて、ごめん。私も15年経ったらおばさんよ』
2人はふふふっと笑ってるがコウはラブラブムードな2人を横目に咳払いした。
美佳子と阿久津はコウの存在を忘れていた。コウもそんなつもりもなかったつもりだったが、つい出てしまった。なので続きをどうぞ、と引っ込んだ。
「こっちこそごめん。仕事が遅くなってたのは養鶏場をやっている先輩から仕事帰りに色々教わってて」
『えっ……浮気とかじゃなくて』
阿久津は苦笑いした。
「ヤキモチ妬きの美佳子ちゃんらしいや……ちゃんと言えばよかったね。君は僕が遅くなっても料理を作って待っててくれた。本当にありがとう」
『……わたし、誤解してた。ごめんね。あっくん、なかなか自分から言うことできないのわかってるから……しょうがないか。あとね、ちゃんと美味しいものを食べさせたいなぁって。美味しいっていう顔見たいから』
「美佳子ちゃん……」
『今からいつもの親子丼、作るね』
「ああ……君も最後に親子丼を作って待ってた」
美佳子はよけておいた阿久津の分を煮出す。ぐつぐつ。一気に部屋に良い匂いが漂う。
「さっきまで匂いがしなかったのに、どういうことだっ」
『まだまだこれからなんだから、待っててよ』
「ああっ……」
阿久津は口に手を当てて目を潤ませた。
『なんであっくんは今会いにきたの……15年後に』
「……今度結婚するんだ」
『えっ!? 15年経っても結婚してなかったの?!』
美佳子は思わず大きな声を出す。阿久津は頷いた。
「君が死んでから……養鶏場を継いだ。大変だったけどやりがいのある仕事で、君の家族も優しくて気持ちも持ち直した。で、去年に研修でね、遠方から来ていた子と結婚することにしたんだ。その子も養鶏場の娘で即戦力になってくれた」
美佳子は阿久津が結婚、と聞いて少し複雑な顔をしたが微笑んだ。
『そうだったのね。養鶏場継いでくれてありがとう。みんな、元気?』
「うん、みんな元気だよ」
美佳子は卵を割ってかき混ぜ、煮込んだ鍋の中に卵を入れ数秒火を通して蓋を閉めた。これまた手際よく。
いい音と共に匂いも台所に立ち込める。阿久津はボロボロと泣く。
そして膝から崩れ落ちる。美佳子は彼に寄り添う。なんと不思議なことに触ることができた。それにも驚いていたが美佳子は背中をさすってやった。
『あっくん、まだ泣かないで』
「そ、そうだな。早く食べたい」
『わかったわ……ダイニングで座っていて』
阿久津とコウはダイニングに行き座って待つ。
『はい、お待たせ……美佳子特製のかさ増し親子丼!』
阿久津は目を輝かせながら、涙もボロボロ流しながらどんぶりを自分の前に引き寄せ、コウから渡されたスプーンでバクバクと食べ始める。泣きながら。
あっという間に親子丼は無くなって空っぽのどんぶり。
「……本当は美佳子ちゃんと養鶏場をやって、近くに食堂作って……その親子丼をみんなに食べて欲しかったっ!」
『もう、それくらいいつも言ってくれればよかったのに』
阿久津は美佳子の手を握る。
「……美佳子ちゃん、ただいま。そしてご馳走様でした」
美佳子は微笑んだ。
『あっくん、おかえりなさい』
と同時に美佳子の体は透き通り、徐々に消えていった。どんぶりも消えて台所も元通りになった。
「美佳子ちゃん……」
ボロボロと涙を流して名前を呼んでも彼女は再び現れなかった。
阿久津は自分自身の結婚を前に美佳子に会いにきた。美佳子が台所で病死した後、この部屋は事故物件として扱われてしばらくなかなか入ることができなかったのだ。
今回このアパートの老朽化で解体されることを聞いた阿久津は霊媒師としてネット動画配信で活躍していたコウをたまたま見かけ、ウジウジとした彼を見かねた婚約者が気持ちを切り替えてきなさい! とのことで依頼したのである。
そして亡くなったとされる時間帯に2人は待機していたところ、美佳子の霊が現れたのだ。管理人さんも住居人の一部からその時間帯に美味しそうな匂いがすることがある、というのを聞いていたそうだが住居人は霊感がない者ばかりで特にクレームもなかったそうだ。
後日、コウの元に阿久津から卵がいくつか送られてきた。
無事結婚したという報告と、美佳子の親子丼レシピをぜひコウの実家の居酒屋でも作って欲しいという旨が手紙に書いてあり、ちゃっかり卵の定期販売のチラシも織り込まれているのを見て
「阿久津さんも『買ってください』って書けばいいのにねぇ、そこは変わらないなぁ」
と独り言を言う。
「さて、さっきの除霊動画の編集でもするかねー」
その時だった。なにかいい匂いがするのだ。ご飯は先程とある寿司屋に幽霊が出たと依頼があって除霊して褒美として寿司をたらふくたべてきたばかりである。
「えっ……」
コウは台所に向かう。だんだん臭いは近づいてきた。ニンニクの匂いも強くなる。
『よっす!』
台所に見覚えのある金髪の女性がフライパンで炒飯を炒めていた。
そう、美佳子だ。
「よっす! じゃない! って、しまった……勝手に消えたからちゃんと除霊してなかったんだ。で、なんで俺の家に?! 普通阿久津さんのところだろ!」
狼狽えるコウ。美佳子は笑っている。
『もうあっくんは他の女と結婚してるでしょ。過去の男には執着しないわ。それよりも、コウくんにまだまだ作ってあげたいのよ』
「えっ……そのために?」
『私、コウくんに惚れてしまったのよ、ふふふ』
「うそーっ!?」
『ほんとよ、わたし年上好みじゃん。あっくんも年上だったでしょ?』
「いや、実際美佳子さんがご存命だと……俺よりも年上になるんやけどなぁー」
『ん?』
「なんでもないです……」
美佳子はお皿にチャーハンを乗せる。熱々で湯気がボワッと出ている。
『ニンニクマシマシ納豆チャーハン!』
確かににニンニクと納豆の匂いが漂う。美佳子の笑顔にたじたじのコウ。
「いや、おいしそうだけども……」
『食べて食べてー』
美佳子は期待している。しかも生姜の匂いがする鶏ガラ卵スープもあるようだ。
『まだまだ色々作るから、あなたが素直に美味しいっていうから……また親子丼も作らせてね』
「……はぁい……あ、なんだかお腹空いてきた」
『あと食後のプリンも用意してあるわよー、カラメルはしそうだったから特別につけときました♪』
ということで美佳子はたびたびコウの台所に現れては料理を作り、コウは腹を満たされるのであった。
「こりゃ、阿久津さんちの卵買わないとなぁ……」
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