夢のつづき

第30話 帰還 #1

 はっと目を開けたところで、俺は天井に照明がついていることに気づいた。


 ずいぶんと明るいな。


 厩舎が火事になったら困るからランプは使えねえって言っていたのに。こういう所では、チコは手を抜かなかったんだが……。


 だいたい白い光って何だよ。まるで蛍光灯……。


 そこで、俺は頭上に灯っていたのが、人口の光であることに気づいた。四本の蛍光灯が白い輝きを放っている。


 天井は白だ。木製の厩舎とはまるで違う。


 どうなっている。俺は、いったい、どうした。


 足を動かして、自分の前に持ってくる。いや、そのもつもりだったが、視界に飛び込んできたのは人間の腕だった。


 手の甲に、大きな傷がある。


 前に落馬した時に、踏まれたできた怪我の跡だ。


 間違いなく俺の腕だ。


 何があったのか。俺は馬だったのではないか。いや、違う。そもそも人か。だったら、これが正しいのか。


 いったい、どうなっている。俺はこの世にいるのか。


 ゆっくり首を動かすと、それを待っていたかのように丸顔の美人がのぞきこんできた。


 目がぱっちりで、実に俺好みだ。ピンクのナース服も似合っている。


「あ、目が醒めましたか」


 俺が口を開くよりも先に、丸顔美人は笑顔で言った。


「自分の名前、わかりますか」

「えっと、クロン……いや、武田|ルビを入力…《たけだ》、武田ゆう

「お仕事は?」

「中央競馬の騎手。そうだ。俺はレースに乗っていて……」


 記憶が一気に形になった。そうだ。あの日、四コーナーを回ったところで……


「そうです。あなたはレース中に落馬して、この病院に運び込まれたんです。目が醒めてよかった。先生を呼んできますね」

 看護士はさっと俺から離れた。なんでえ。まだ連絡先も聞いていねえのに。


 俺は白い天井を見あげる。


 まだ頭がぼうっとしている。


 落馬したことは間違いない。あの時の情景ははっきりと憶えている。


 だが、その一方で俺は馬になって異世界で走っていた。女の子といっしょにレースに出走した。懸命に走って、そして……。


 俺は手を顔の前に出して握りしめる。


 それは確実に動く。人の手として。


 大きく息を吐くと、自然と言葉が出る。


「俺は……帰ってきたのか」


 元の世界に。馬から離れて。





 気がついてからは、いろいろと慌ただしかった。


 まずは、医者が来て、状況を説明してくれた。


 俺は、未勝利戦で落馬して、意識不明になった。外傷は認められず、CTの検査でも異常は認められなかった。最低限の処置をして様子を見ていたら、三日で目が醒めたとのことだった。


 改めて検査してみたが、異常はなかった。意識はしっかりしているし、手足も動く。


 まったく普段どおりだったので、目が醒めた翌日には病院を歩き回っていたよ。


 口だって、しっかり回ったから、看護婦も口説いたりしてね。


 あまりにも順調な姿に呆れたのか、医者は五日で退院の許可を出した。


 というか、俺が美人ちゃんの尻をなでようとしたのがバレて、叩き出されたというのが本当のところだが。


 だいたい、あんな狭いところにいるのは嫌なんだよ。


 家に戻ると、一日だけのんびりして、準備を整えた。


 仕事に復帰したのは、退院した翌週の水曜日のことだった。



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