第2話
狭いリビングのガラステーブルを挟み、向かい合って座る俺と久遠あずさ。
何にもないんだけど、と差し出したペットボトルのミネラルウォーターを無言で受け取った久遠あずさはしばらくそれをギュッと握りしめるばかりだったが、そろそろ破裂するんじゃないかと心配になった辺りでようやく重い口を開いた。
「わたし、なんていったら良いのか」
「まぁ。そうだね。俺も驚いた。とりあえず、水、置いたら?」
「ああ、はい」
そっと置かれたペットボトルは強く握りしめられたせいで腹部分がひしゃげてしまっている。
「俺はてっきり陽介は久遠さんとこにいるもんだと思ってたから」
「ですよね。どこ、いっちゃったのかな」
まるで力のない弱りきった声。久遠あずさはそれ以上何も言わずに再び押し黙ってしまったので、仕方なく俺が口を開く。
「別れるとか、あいつ、何考えてんだ」
大袈裟なくらいに怒りを湛えて。
今日の正午、久遠あずさが職場で休憩していたところ陽介から着電があったらしい。珍しいと思いつつ応答したところ、突如別れ話を切り出されたという。理由を聞いてもはっきりしたことは言わず別れるの一点張り。
そろそろ昼休憩が終わるから後でちゃんと話し合おうと一旦話を切り上げ、夜に電話をかけ直したところ留守番電話になっていて応答せず、メッセージも送ったが反応がないとのことだった。
そう、陽介は久遠あずさに会いに行ったのではなかったのだ。久遠あずさは陽介が三日前に姿をくらましたことも知らなかった。
「いや、でも突然だね。なんだかんだうまく行ってると思ってたんだけど」
俺が伺い半分に言うと、久遠あずさは困ったように答える。
「でも、最近は全然会えてなかったんですよ。連絡もあまりしてなくて。ただ、元々マメな人じゃないし、長い付き合いだからそういう時期かなって思ってあんまり気にしないようにしてたんですけど」
なるほど。となると、ここ最近の度々の外泊も久遠あずさとの会瀬のためではなかったということか。他に女、と考えたところで久遠あずさの声が被る。
「他に女の人できたのかな、って。それで友達とルームシェアって言ってたここ疑って。本当は女の人と一瞬に住んでるんじゃないかって思ったらカッとなっちゃって。勢いで押し掛けちゃったんですけど、ごめんなさい」
「うん、まぁ、それはいいんだけど。うん」
久遠あずさはしばらく押し黙ったのち、自嘲気味に、かつ、観念したように口を開く。
「潮時、かな。結婚はなさそうだなって思ってたし」
「いやいや、待って!俺も連絡とってみるし。まだどういう状況かはっきりしないのにそんなこと言わないで。」
慌ててなだめると久遠あずさは虚をつかれたような顔をしたのち、そうですね、と言って柔く笑んだ。この家にやってきて、初めて見せた笑顔だった。
それからお互い連絡先を交換、陽介のことで進展があったら知らせようと誓いあってその場は解散。久遠あずさは早合点からの突然の訪問という無礼を詫びて深々頭を下げた後に帰っていった。
ピカピカの高校一年生、陽介の一目惚れから始まったった恋だと言っていた。長い長い付き合いがこんなあっさり終わっていいものか。ふざけるな。怒りに任せて陽介へのメッセージをスマートフォンに大量にぶちこむ。
風呂から上がってメッセージを確認するが返答はない。最後に、返事くらい寄越せ!あほが!と悪態をついて布団に潜り込んだ。
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