第6話 大奥は金欠です~絶望 参

 詮議せんぎに辺り、本の内容を頭に入れておかなければならないと、高遠の本は全員に回し読みされるという地獄のような決断も下され、布団のなかでもんどり打って悶えた。


 中身を読まれる羞恥もあるが、推敲すいこうして満足のいく形でないことが悔しい。

 しかし、一番迷惑なのは御中臈おちゅうろうの方々だろう。戦々恐々としながら詮議の場に着いてみれば、


『お主は男色本を書いているか?』


 などと問われれば、目が点になるに違いない。

 しかし、ここは逃げ切らなければならない。夢の老後のためにも知らぬ存ぜぬだ。



 ***



 八日後、取り調べが始まった。

 年若い順から年上、身分あるおはらさま、お部屋へやさまへと続く。

 高遠が諍いを止めた小夜や八重たち上様のお渡りが多い御中臈たちは、


『身に覚えはない』と首を振った。


 本などより新しい打掛うちかけなどが欲しいという主張はまっとうであり、動揺する素振りもなかった。御年寄ともなると一瞬の目の色や指先の震えひとつで嘘を見抜くことができる。

 それくらいできなければ出世など望めない。

 彼女たちではないと全員が納得し、次に移った。

 まだ、おしとねすべりではないものの、上様から捨て置かれている側室たち二十三名だ。ここが一番層が厚く扱いにくい。


 再びご寵愛のチャンスがあるかもしれないと足掻いている者がしのぎを削り、陰湿ないじめや、足の引っ張り合いが日常茶飯事だからだ。

 興味があるのはいかにして上様の気を引くかのみ。

 そのせいかこちらも反応は薄かった。しかし、なかには、


草双紙くさぞうし浄瑠璃本じょうるりぼんならともかく、衆道しゅうどうは範疇ではありませぬ。が、これはこれで興味が湧くものですな」


 と、答える者がいたり、


「上様に衆道のご趣味があるならば……」


 と、あらぬ決意を漲らせる者もいて、勘違いをするなと塩沢がたしなめるシーンも多々あった。


「中々見つかりませぬな」


 叶がふうと息を吐く。


「残りは誰であるか?」


 塩沢の問いに、金崎が答える。


「お須磨すまかたさまです」


 入室を促すと、須磨がビクビクとしながら入ってきた。

 俯いているので表情がわかりにくい。大奥総取締役と、御年寄四名が揃っているので緊張するのも致し方ないことだ。

 高遠は記憶にある須磨の情報をたぐり寄せた。


 ――確か、お須磨の方さまは二十五歳だったか? 昨年までは時折、上様のお渡りがあったが、それももう途絶えていたはず。いつも部屋にこもっておられて目立たないうえに、存在感が薄いお人だ。


 毎日の総触れでも『確かにいた』という記憶がない。

 目の前の須磨を見れば、それも仕方ないことだと頷ける。

 とにかく地味なのだ。


 化粧が薄く、結い上げた髪を飾るかんざしくし、着物も場にそぐわない程度に整えられているだけで、着飾ろうという気合いが欠けている。

 他の御中臈たちは半月ほど季節を先取りした、りんどう、菊、有職文様ゆうそくもんようを粋に着こなし、自分を飾り立てる術を知っているのに対し、須磨はあまりにも無難過ぎる、すすき柄。

 座った膝の上で手をぎゅっと握りしめて萎縮している。


 ――しかし、こうしてマジマジと眺めてみれば顔の輪郭は綺麗な卵形だし、造作自体は悪くない。ただ、第一印象を決める目が一重なのと、眉毛が薄いので全体的に幸薄い印象に映ってしまうのだな。

 

 他の御中臈おちゅうろうのように着飾りすぎるのも問題だが、埋没してしまう影の薄さも問題だ。

 須磨はご寵愛ちょうあいを賜りたいという気持ちなど、もう捨てているのかもしれない。


「では」


 と、塩沢が九冊のなかから一冊を畳に滑らせた。須磨は困惑しながら手に取った。


「この本に見覚えはないか?」

「いいえ……」

「この大奥で一番本を購入してるのは、そなただと知っておるぞ? そのなかには男色本もあると聞いておる。書いた覚えはないのだな?」

「た、確かに男色本は持っていますが……わたくしは読み専で……書くことはできません」

「よみせん?」


 聞いたことのない単語に塩沢は眉をひそめる。


「いっ、いえ……その」

「――読んでみよ」

「……拝見いたします」


 須磨は震える手で本を読み始めた。

 数ページは怖々といった感じで読んでいたが、次第にページをめくる速度が速くなり本に集中していった。目がキラキラと輝き始め、緊張で青白かった頬に赤味が差してくる。


「誠実な大名の『攻め』と、そこに仕える愛を知らない『受け』の忍者。……これは最の高……」

「せ? こ? ……なんじゃと?」


 塩沢が問いかけるが、須磨はトランス状態で呟き続ける。


「萌える……。これは神小説……」


 その状態に塩沢たちは不審げだ。

 しかし、高遠は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

 まさか大奥で同士が見つかるなど思ってもみなかったからだ。


 ――お須磨の方さまは、かなりの男色本好きとみた。『読み専』や『受け』『攻め』という単語が出てくるほどに男色本に通じている。しかし……あのように夢中になってもらえるとは書き手冥利に尽きるというものだ。


 ああ、神はいた。

 生の読者を目の前にした高遠は書いた労力が報われたと手を合わせたい気分だった。

 しかし、本の世界から一向に戻ってこない須磨に痺れを切らした金崎が、本を取り上げた。


「あ、待って。そこからがいいところ……」

「いい加減になさいませっ! そなたは詮議せんぎを受けている最中なのですぞ!」


 ピシャリと鞭のようなひと言を放つ。


「もっ……申し訳ございません! あまりに面白くてつい……」

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