彼氏持ちの君と、運命の悪戯。

第11話

　トマトソースさえ完成すれば、後はパスタを茹でて混ぜるだけで簡単に出来上がる。

　それに合わせてサラダを少し作れば、栄養バランスとしてもそれなりにバランスが取れたものになる。

　主食がご飯の時と比べて、そんなにメイン以外の物を考えなくていいので、やはりパスタだと手早く簡単に作りやすい。

「よし、じゃあ飯にするか」

「うぇーい！」

　出来上がった夕食を、先ほどから妹が勉強しているテーブルに並べていく。

　璃奈も、そんな啓太の姿を見て急いで勉強道具を片付けると、配膳の手伝い始める。

「ねぇ、大量に粉チーズかけてもいい？　お母さんたちの前じゃ、いっぱいかけたら怒られるんだよね～」

「別にいいけど、お前がかける前に使わせてくれ。俺が使う前に全部使われちゃ堪らんぞ」

「あい、じゃあ残った分全部かけるわ」

「俺は別にいいけど、母さん戻ってからパスタ出た時はするなよ？　絶対にまた怒られるんだから」

「分かってるー！」

　冷蔵庫から粉チーズを取り出しながら、璃奈は意気揚々とそんなことを尋ねてきた。

　本当なら、言った通り親に怒られるようなことだが、粉チーズを大量にかけて食べるのももちろんおいしいし、背徳感があるので今回は良しとした。

「「いただきます」」

　配膳が終わると、早速二人そろってパスタに口を運んだ。

「うまっ！　何でこんなにうまく作れるの！？」

「今やサイトで動画を見て、材料があれば何でも出来るぞ」

「何だろ、おいしいご飯が食べられて幸せだけど、自分がこのままじゃダメなような気がしてきたぞ……」

「お前ってそんなに料理出来ないタイプだっけ？」

「いや、調理実習とかだと別に普通だけど……。ここまで兄ちゃんが万能なら、ちょっと自分も出来ないとなって、僅かに思う心がある」

　璃奈は、大量の粉チーズを纏ったパスタを頬張りながらそんな言葉を口にした。

「まぁ、受験が落ち着いて気が向いたら母さんと一緒に何か作ってみるのもありなんじゃないか？」

「確かに、それはいいかもね」

　父親や母親などがいると、啓太と璃奈がこういった食事の場で会話することはあまり無かったのだが、こうして二人でいると意外と話をすることが増えた。

　最初こそはどうなるかと思ったが、こうして話してみるとこの年になっても普通に話が出来るものなのだな、といつも思ってしまう。

　食事を終えると、妹が流し台にまで食器を持って行って皿洗いを始めた。

「それも俺がやるから、置いといていいぞ？」

「いや、これぐらいはさせて。流石にこれくらいなら出来るし。それに、食後すぐに勉強なんて出来ないからさ」

「そうか、ならお願いしようかな」

　本人がここまで言っている以上、止める理由もないの

　そのまま皿洗いは任せて、啓太はそのままの体勢でふぅっと息をついて休憩に入った。

「ねぇ、兄ちゃん」

「なんだ？」

「さっきと似たような話になるんだけどさ、兄ちゃんって彼女とか居ないの？」

「いきなりぶっこんできたな。居るわけねぇだろ」

「ふーん。サッカー上手いし、勉強出来るし、料理出来るし何でモテないの？」

「そんなことを俺に聞かれてもな……」

「顔は私が可愛くってモテモテだから、同じ家族の兄ちゃんならそんなに見てくれ悪いとは思わないんだけどなぁ？」

「いや、どういう理由よ。自分で可愛いとか引くわ」

「でも、実際に可愛いからしょうがない。モテモテだから仕方ない」

「あっそ……」

　自分で言うのはどうかと苦言を呈したが、本人の言う通り同じ家族かと思うくらいに顔は良いし、モテるのも容易に想像出来る。

　そのため、ハッキリと言い切られると何も言い返せない。

「ってか、お前は彼氏居るわけ？」

「うっわ、年ごろの女の子そんなこと平気で聞くんだ。きっもい」

「逆のパターンは許されて、こっちからはダメだとか理不尽過ぎん？」

　適当に会話を繋げようとしたことに加え、妹になら聞いても大丈夫かと思って気安く聞いたら普通に心が傷ついた。

「まぁ、最近は優しいことに免じて教えてあげようかな。流石に今はいないよ、今のタイミングでは邪魔にしかならない。高校で良い人いたら、付き合ってみたいとは思うけどね。だから、兄ちゃんに彼女出来たらどんな感じなのか聞いてみたかったのに～！」

「なんかナチュラルにまた俺が悪いみたいなところにたどり着いたけど？」

　自然な流れでまた非難されたが、それよりも女からすれば彼氏でも「タイミングによっては邪魔」という発言が何倍も怖かった。

　遊び相手とかならまだしも、中学や高校くらいの男子でちゃんと付き合っている彼女のことを、「邪魔扱い」する奴なんて、基本的に見たことが無い。

　だが、逆に女子にとってはそう思うタイミングがあるということが、この妹の何気ない発言から発覚してしまった。

「どんな感じも何も、中学と高校でそんな変わらんだろ」

「うっわ、童貞ってここまで思考死んでんの……？」

「おいこら、母さん帰る前に誰も居ないここで一回くらいデスマッチやるか？」

「いや、流石に高校だともうちょいディープになることぐらい、分かるでしょうよ！？」

「あのなぁ……。中学でもやんちゃなやつはやんちゃしてるだろうよ。そんなことが知りたくて俺に彼女がいるか聞いてきたなら、冷静に考えてみろって。そんな色々出来る彼女がいるなら、もっと帰りが遅くなるだろうよ……」

「それもそうか！」

「ったくよ……。ってか、高校で彼氏作ったら、基本的にそうなるって考えてんの？」

「いや、そりゃなるくない？　って何聞いてきてるわけ？　本気でキモイ！」

「……もう心が折れたわ」

　父親のフルパワーのげんこつよりも、母親が投げつけてきた金属製のコーヒーポッドが当たった時よりも、妹の「キモイ」という言葉が一番きつい。

　本人は軽い意味で使っているのかもしれないが、未だに慣れることなく連発されると心がボッキリと折れる。

「ご、ごめんってば……。本気でそう思ってたら、こんなに会話続けないって」

「そうだとしても、そのワードは控えめでよろしく……」

「わ、分かった。今度から気を付けるね」

　本気で啓太が萎えてきていることに気が付いたのか、割と慌てて璃奈は謝ってきた。

　どうやら、そこまで本気で言っていなかったらしい。

「まぁ、彼女が出来る気配はねぇよ。悲しいことにな」

「なのに、異性絡みで悩んでんの？　絶賛片想い中ってこと？」

「うーん、そう言うのでもないんだけどな」

「え、どういうこと？　全然見えてこないんだけど」

「それくらい問題が複雑ってことだよ。ってか、何でもうお前に話すみたいな流れで来てんの？　言うわけないから」

「ちっ、引っかからなかったか」

「お前なぁ……。もうこの後、勉強教えてやらんぞ？」

「ご、ごめんなさい！　もうこれ以上は詮索しないと思うので、それだけは勘弁してください……」

「しないと思うのでってどういうことよ」

「……私の意思とは裏腹に、また探ろうとする可能性は捨てきれないと言いますか」

「有罪人が取り調べの時に言いそうな発言止めてもらっていいか？」

　妹のあまりにも勝手すぎる言い分にため息しか出ないが、こんなことで喧嘩をしても仕方がないので、そこで話はそのまま終わった。

　その後、しばらく休憩した後、妹が分からないという問題の解説を行った。

「えっと、これはどうしたらいいの？」

「これはこれをこうすれば、答えが導き出せる」

「なるほどー！　じゃあこの問題も、同じようにすればできる？」

「うん」

「よしよし、把握した！　ありがと！」

　先ほどまでは畜生ムーブを繰り返していた妹だが、分からない問題が分かって無邪気に喜ぶ妹は、兄から見ても可愛らしく映る。

　妹の言動には今後も注意が必要であるにも関わらず、それなりにこうして関わるのも悪くないと啓太としては思ってしまうのであった。